第4話 解放端末=オルター
「我々【
自分が知らない自分のことを知り、司は唖然とせずにはいられなかった。鼓動が加速し、それに乗じて脈が速くなる。冷や汗までかいてきた。二の句が継げないとは実にこの場面の事を言うのであろう。
「まぁ驚くのも無理はない。でも、これが絶海の孤島オウスラクトが創設された大きな理由となる」
篤史は更に、冷ややかで、そして何かを思いつめたような面持ちで話を続ける。
「よく考えてほしい。我々のパズルを自由に操る能力が世界にはどう受け取られるのが一般的なのかを……」
司は目の前にいる会って数十分の先輩の突然の重たい質問にはっとさせられた。
その答えは当然のものでもあったが、同時に自分が何故に今を生きているのかが不思議になるようなものだった。
「……能力を使っての各国の過剰な資源生成」
「そうだ。そして次に取る各国の政策は……」
「……兵器の大量生産ですね……」
空気が一段と重くなった。燦々と照っている太陽がまるで沈んだかのように気にならない。まるで全てが止まってしまった時空にいるかのようなとてつもなく長い一瞬の無言状態だった。
「その通りだ。今でもパズルは万能元素とはいえ、ある程度のコストをかけて加工しなければその真価を発揮できないままだ。でもそれが人一人の力だけでできるのだとしたら……考えるだけでも震えが止まらなくなるよ」
ボサボサの蓬髪をかきながら世にも恐ろしい話のオチとは裏腹に篤史は少し穏やかな顔となり、尚も眼前で立ち固まっているいたいけな後輩の肩を叩き自分について歩くように促した。
司は震える脚をなんとか動かしてゆっくりと先輩の後を追いつつ混乱する頭で、できるだけ冷静に現状と先輩の話を整理すると、ある疑問にぶち当たった。
「先輩……何故そんなにも危険な存在である僕たちが今だに生きているのでしょうか? 」
ニヤリとイタズラな笑みを浮かべた篤史は即座にその疑問に答えた。
「その答えは大きく二つある」
篤史は黒い革手袋に覆われた右手をブイの字にして出した。
「一つは、単純に我々【新世代】の能力がそれほど完成されたものじゃなかった事だ。中にはその能力を扱いきれず内にあるパズルの力に取り込まれて植物状態になったという話もあるくらいにそれはそれは不安定なものだったんだよ」
篤史は両手を掲げ、首を振り、ガクンとしたコミカルな動きをした。「やれやれ」といったところなのだろう。
「二つ目は、レメゲトン大破災の震源に最も近く、最も多くの新世代を生んだ日本政府の対応にある。いち早くこの力の危うさに気づいた日本政府は世界会議でその事実を発表。新世代の全世界での能力の使用を禁止させ、我々の左手の甲にICチップを埋め込み、その制御……いや、封印に成功した事だね。それが理由で今、我々は左手に手袋を着ける決まりがある。もしもの事があってそのチップが壊れでもしたら大変だからね」
篤史は掲げていた両手を下ろし、これもまた、黒い革手袋をはめた左手をヒラヒラとさせた。
「でも、その話とこの島とはどう繋がるんですか? 」
話しながら随分と歩いてきた。港から見えていた街の高層ビルが既に自分たちを取り囲んでいる。そびえ立つそれはまるで白銀の雪の壁の様だった。
そんなビル群を抜け、三、四の角を折れ曲りながら街の中心部とは少し逸れた方向へと進みながら更に話は続く。
「実のところ、世界会議で決定されたICチップを埋め込む方法には色々と問題も多くてね。人種差別だの虐待だのという批判やその能力をもっと活かせという意見が相次いだんだよ。そこで世界が取った解決策がこの島という訳さ」
「……と、言うと? 」
「十年前にある新しい取り決めが世界会議でなされた。ある一定以上の年齢になり、自らの力でパズルを操る能力を制御できると判断されたものに限り、その能力を解放するための端末……オルターを渡され、この島の中だけでその能力を使い、それを人類に役立てるためにどう工夫できるのかを研究する事が許されるのさ」
篤史は左の黒い制服のズボンのポケットから銀色に鈍く光る薄いスマートフォンの様な端末を取り出し、司に投げる。
司は慌ててキャッチし、「ほっ」と一息つく。
「それが君の分だ。学生証や携帯電話の代わりにもなってるから取り扱いには注意してくれ給え。人には得て不得手がある様に我々が使える能力にも個人差がある。まぁそれは後から自分の目で確かめてもらうとして」
篤史は横長のガラス張りの重厚感のある建物の前で脚を止めた。
そこには二人が着ているブレザーにも描かれている開いた本に幾何学的な、強いて言うなら丸い模様の付いた校章が建物の壁面に堂々と描かれていた。
「ちょっと歩くには遠かったね」
と、苦笑いしながら建物の方を指差し、こう告げる。
「ようこそ、私立理成弦学園へ。この学園を代表して生徒会長である私が君の入学を改めて歓迎しよう」
ーーあんたが生徒会長なの⁉︎ーー
司は次々と流れ込んでくるとても信じ難い事実に頭を痛めたことはもはや言うまでもないだろう。
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