名探偵アミメキリンと進まない原稿

ふくいちご

ろっじ

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 星々がいつもより輝いていた雨上がりの夜明け前。

 タイリクオオカミ先生の寝室から奇妙なうなり声が聞こえてきた。


 あまりにもうるさいものだから、ロッジで寝泊まりしている私とアリツカゲラは目を覚ましてしまい、先生の部屋の前に集まっていた。私は夜目があまり効かないのだけど、部屋を覗き込んでみると先生がベットの上でうなされている様子が見えた。

 先生はベットの木を噛んでいる。あのままでは歯を悪くしてしまうだろう。


「……タイリクオオカミさん?、オオカミさん? 大丈夫ですか?」


 アリツカゲラが揺さぶって起こしてみると、先生は部屋の隅までいって縮こまった。

 どうもおびえているらしい。


「あらら。どうしたんですか先生?」

「ヤツが……ヤツが、やってくる……」


 ガタガタと震えながら先生は呟いた。


「……もうすぐしめきりがやってくるんだ」


 どうも漫画家のタイリクオオカミ先生は次の月がまんまるになるまでに新しい漫画を完成させる、という約束を色々なフレンズたちとしているらしい。

 ジャパリパークには私のように先生の漫画を待ち望んでいるフレンズだけでなく、読み聞かせることを楽しみにしているフレンズもたくさんいて、そういうフレンズたちは決まった日に読み聞かせの集まりを開くのだ。でも、先生の漫画ができなければ読み聞かせることもできない。集まっても盛り上がらない。先生は責任重大なのだ。


「まあまあ先生。ジャパリまんでも食べて落ち着いてくださいよ」

「……うん」


 珍しくしおらしい先生はジャパリまんを受け取ると、また部屋の隅の方に戻り、モソモソと食べ始めた。

 窓から見上げた夜空の月はほとんどまんまるだ。期限はあと数日しかないのだろう。


「ああ、そうだっ。きっとなにか飲めば気分も落ち着きますよ。お水を持ってきますね」


 と言って、アリツカゲラは部屋を出たけれど、この暗闇の中じゃ水をコップに汲んでくるのにも一苦労だろう。


「……真っ白なんだ。本当は寝てる暇もないんだ。もうおしまいだ。私はダメなオオカミだ。もう遠くへ逃げたい。こんな私だけどついてきてくれるかい?」

「何を言ってるんですか先生」


 先生はひどく落ち込んでいるようなので、私はそばに座って背中をさすってあげた。


「大丈夫大丈夫。先生の漫画は『面白い』し、『みんな先生に期待』してるし、先生はいつもちゃんとしてるから〆切に間に合わない『はずがない』わ」

「ァ……ァ…ァ……」


 応援しながら撫でていると先生はいっそう衰弱しているようだった。どうしてかしら。


「違うそうじゃない。もっと、ひどい言葉で私を叱ってほしいんだ」

「えぇ? わ、わかりました。やってみますね」


 私は咳払いして、先生を怒る言葉を考えた。


「そういえばおとといも漫画を描かずにお散歩したり落書きしてましたよね。『間に合わなかった』とか『描けない』とか、『思いつかない』じゃなくて……ズバリ、『サボってた』わね」

「……ぐはッ⁉︎ ……なんて的確な推理ッ‼︎ こんな時だけ!」


 先生は雷に打たれたかのようにビクビクと痙攣した。

 あら。先生がちょっと面白いわ。


「ぐうの音も出ないほど正しいけれど、でもホントに描けないんだっ! こんな気持ちじゃ楽しいお話なんてできっこない! 私には無理だ!」

「じゃあまず楽しい気持ちになることからしてみましょうよ」


 すると先生は天啓を得たかのように顔を輝かせた。 


「そ、そうだな。いちど漫画のことを忘れてみるんだ。そうしよう。今から君は私のファンではなくて、単なる一人の友人だ。それでいこう。そして私は退屈に日々を過ごしているただのオオカミだ」

「わかりまし……わかったわっ!」


 先生……いや、オオカミはベットに横たわると、ぐいっと気持ちよさそうに伸びをした。


「ほらどうした。キリンも座りなよ」


 私にはベットで横になる習慣がないので、とりあえずベットに座ってみた。するとオオカミがじゃれついてきた。ひざまくらしたオオカミを撫でるみると、まぁとってもふわふわ。


「あー。今日もいっぱい遊んだなー。明日は何しようかなぁ」

「じゃあ、名探偵ごっこがしたいっ!」


 私が意気込んで言うと、さっきまで楽しそうに動いていたオオカミの尻尾がぺたりと伏せられた。


「と……思ったけど、別のがいいわ! えっと、ギロギロごっこ?」

「変わってないよね」


 いけない。オオカミが満身創痍だわ。


「じゃあ狩りごっこにしましょう」

「狩りごっこはずいぶんやってないなぁ」

「オオカミはいつも座ってたり日陰で涼んでたりするものね」

「そういう体質といえばそれまでかもしれないけれど……でも、やっぱりいつも絵を描いていたからかなぁ」


 自分で墓穴を掘ってしまったことに気づいたオオカミは、慌てて自分の口を押さえた。


「やっぱり先生は絵が好きなんですね」

「……どうもそうみたいだ」


 私の言葉に、オオカミ……いや、先生も納得してくれたようだ。


「ちょっとやる気が出てきたよ。今の私ならきちんと〆切に間に合いそうだ。頑張ってみるよ」

「その意気ですよ先生っ!」

「ありがとう。でも、ちょっと心配だな。明日の朝になったら忘れてるかもしれない。よし。私のことを縛ってくれないか?」

「縛る? どうしてですか?」

「明日の私がしめきりから逃げ出さないようにさ。どれ、ここにロープがあるから、これで椅子と私をぐるぐる巻きにしてくれ」


 先生はベットの下から細長い蔦のようなものを取り出すと、私に差し出した。道具なんて使ったことはないけれど、先生が丁寧に教えてくれた。先生は漫画も描けるし、道具の扱いには手慣れているのだ。


「んっ。ちょっとキツイが、まだいけるな。もっと強くしてくれ」

「えっ? でも痛いですよ?」


 言われた通り椅子と先生をぐるぐると巻いて強めに縛ってみると、先生はちょっと痛そうな顔になった。これでもう先生は両手しか動かすことができない。椅子から立ち上がることすらできないのだ。


「大丈夫だ。ぐっ……ハァハァ」


 先生は満足そうだけど、でもやっぱり苦しそうだった。


「どうかこの原稿を書き上げるまで、私の言うことは聞かないでほしい。もしもワガママを言ったら君のマフラーで叩くんだよ。いいね?」

「はい。任せてください。先生のためを思って厳しくしますね」


 先生は頷いて、椅子に座ったまま目を閉じた。


「そうか……。よかった……。これでしめきりに間に合うぞ。……ふふ」


 深夜まで悩んでいたから眠れていなかったのだろう。

 私も先生のベットに座って眠ることにした。

 これから〆切まで先生とずっと一緒だ。先生も大変なのだから、私も心を鬼にして頑張らなきゃ。


 +


 朝、目を覚ました瞬間から先生はもがいていた。


「……助けてくれアリツカゲラ! あの時の私はどうかしていたんだ。だってこれ、どこにも行けないじゃないかっ! 今すぐほどいてくれっ!」

「ジャパリまんもお水もありますから、大丈夫ですよ。応援してます」


 アリツカゲラがテーブルの上にコップとジャパリまんを置いて、部屋を出ていった。


「ま、待ってくれっ。死ぬっ! このままでは死んでしまうっ!」


 私はペシリペシリとマフラーを床に叩きつけて先生を威嚇した。


「先生。しめきりは?」

「……い、いやだ。楽しくない。こんなの違う。私の求めているものとは違うんだっ」

「しめきり」

「うん。頑張る」

「はい」

「……」

「……」

「うわぁぁん。もう無理だぁ」

「しめきり」

「うん。頑張る」

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