第5話


「松木…無理…もう無理…。」


どうやら奈菜は他校の気になっていた男の子に彼女がいることが発覚し、一晩中泣いていたようだ。

奈菜が一方的に連絡を取り猛アタックをしていたというだけなら「ドンマイ」で終わる話だが、その男の子は奈菜をデートに誘ったりハートの絵文字を簡単に使ったり『思わせぶり』な行為をしていたという。

純粋に男の子のことを好きだった奈菜は心底ショックを受けたらしい。

そりゃそうだろうけど。


「奈菜、今日カラオケ行こう?」


「え?いいの…?塾は?」


「1日くらいサボったって平気!」


奈菜は赤く腫らした目をさらに赤くして私に抱きついた。

友達ってこういうものだよね。


塾の最寄駅から二駅先の奈菜の自宅の最寄駅に降り、そこから数分歩いたカラオケボックスに入った。


「見て!?このライン!〔奈菜〜、会いたい〜♡〕なんなの?!彼女いるんだよ?もうさいってー!」


「これはないわ、女好きだったんだよ。奈菜可愛いし、キープだったんだと思う。」


奈菜はいつの間にか悲しみの感情よりも怒りの感情が勝っていて、すっかり切り替えているようだった。


「だよね、もう気を付ける。こんなのに捕まらないように頑張らなきゃだよね〜。」


カルピスを一口飲んで奈菜は続けた。


「松木は!好きな人いるんでしょ!前なんかそんなこと言ってたじゃん!」


「あ、あ〜、ね。」


誤魔化すなと私の頭を軽く叩いた。


「塾の先生なんだよね、脈は完全にないけどね。」


奈菜は大きな目をさらに大きくして驚いた。


「先生…!松木、やるね。」


「好きな人っていうか、ファンって感じ。見るだけでいいって言うか、しかも先生指輪してるし。」


「え〜、そうなの?松木可愛いしちょっとアピールでもしたらいいのに」


奈菜が口を尖らせて言った。

完全に面白がってる、この子。


「好きなだけじゃだめなのかな…?」


「松木が幸せならいいと思う。」


「…幸せじゃない。」


「じゃあだめじゃん。」


ああ、そうか。

私毎日、先生のこと考えて、塾の帰りに話したいなとか夢のまた夢だけどデートなんかしてみたいなって思ってる。

今の現状に満足してるフリして全然していなかった。


「先生とプライベートで会話したい!!」


「松木、私のぶんまで幸せになってくれ!」


奈菜はそう言ってHYの「NAO」を感情込めて半分ふざけながら歌った。


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