大いなる災い 星乃御子 其ノ七
──志乃の願い──それは目の前の女『あさぎ』を消し、自らも消えること
八潮の里、丑三つ時(午前二時頃)において、人であらざる者同士の戦いは続いていた。あさぎの張った巨大な結界の中で、互いに光の線や強固な杭を飛ばし合う。
志乃が矛から光の線を放つとあさぎはそれを読んでいたかの如く飛び回って避け、あさぎが無数の杭を飛ばすと志乃の前に見えない壁が現れ、全て撃ち落とされた。
今度は志乃が素早く矛を払う。すると志乃の目の前に多数の光の珠が現れる。珠は一つ残らず飛んでいき、あさぎを囲むようにして止まると線となって襲い掛かった。しかしこれをあさぎは目にも止まらぬ速さで飛び回り、かわし切ると大きく間合いを取る。
離れた距離から暫し両者はにらみ合う形となった。
──志乃 どうしてすぐ決めてしまわない?
(……)
理由はあさぎの不可解な行動にあった。あさぎはもう既に志乃が手の付けられない存在だと気付いている筈だ。それを態々自分ごと結界の中に閉じ込めて直接な戦いを挑んで来ている。何か意図があるのか? それとも……?
(あいつは何故こんな不利な状況をつくり戦いを挑んだ?)
──どんな状況下でもあいつが志乃より有利になることはありえない
──あいつの願い『黒い鏡消滅後に志乃の存在も消す』という願いは書き換えた
──だから直接何らかの方法で志乃を消す機会をうかがっている筈
それは本当だろうか?
──志乃っ!
次の瞬間、志乃はあさぎに向かって真っ直ぐ飛び掛かっていた。
志乃はどういう訳か、あさぎの考えだけは読むことが出来ない。本当に自分を消そうと戦っているのか確信が持てなかった。もしかしたらあさぎは態と負けようとしているのかも知れないと思ったのだ。
何故ならあさぎの目的は黒い鏡を消すこと。その願いが成就された今、死すら
(そんなことは許さない!!)
気に入らない……散々好き放題やってきて簡単に逃がすものか!
あいつには罰が必要だ。もっと悩み、苦しみ抜いて消えるべきだ。奥の手を持っているというなら見てやろうじゃないか。どうあがこうが自分を消すことなど出来やしない、
隙を見せるように矛を振り上げ、あさぎの前に躍り出た!
──いけない、志乃!
あさぎは表情一つ変えず、目の前に何本もの杭を出し、志乃目掛けて飛ばす。
無駄なあがきだとばかりに矛を振り下ろした時、思いもよらぬ事態が起きた。
杭が見えない壁をすり抜け、一本残らず志乃に刺さったのだ!
すぐに体勢を立て直そうとするも体の自由が利かない。そのまま結界の床へと叩きつけられ、次の瞬間爆発が起こる!
上から爆風をじっと見下ろすあさぎ。やがて視界が晴れると四肢のバラバラになった志乃の姿が見え始める。それを確認すると金色の杭を取り出し下へと降りていった。
──……志…乃……い…ない…志……
あさぎが金の杭を突き立てようとした一瞬、半壊した志乃と目が合った。
『そうか、またお前はそうして無慈悲にも杭を突き立てるのか』
罪悪からか、訴えかける様な目を逸らすように腕を振り上げる。
しかし、杭の掴まれたその腕が振り下ろされることはなかった。
「っ!──っ!!」
急に胸を抑え、その場から後ずさりするように離れていく。この隙に志乃は瞬時に自己再生すると立ち上がり、矛に向かって話し掛けた。
(あいつになにかしたの?)
──志乃の願いを妨げないよう、逃げられないよう
──代償の支払いを放棄しようとすれば、楔があいつの生命その物を苦しめる
(なぁんだ、そういうことは早く言ってよ)
だったらもう戦う必要なんてない。自分はどこかへ逃げ去り、あいつは永久に苦しみ続ければよいだけだ。となるとこの結界はそれを見越して張られていたという訳か。
瞬時に結界を破壊するために必要な力を計算する。どうやら結界は先程刺さった杭と同じ「中和の破片」からできているようだ。結界を破壊するために必要な力を出すと、この星までただでは済まないことがわかった。
一瞬志乃の頭を、今まで一緒に過ごしてきた仲間の顔が
今は余計な事を考えるな、あいつを消すことだけを考えればいい。
(その楔ってのを使ってあいつを操ることはできる?)
ゆっくりと歩みを進め、
──手足を動かすことくらいならできる
(そう。いいこと思いついた)
立ち上がれず小刻みに震えているあさぎから杭を奪う。細い金の杭を握った瞬間、その杭がどういったものであるか理解した。白い石より生まれた存在を再び元の石へと戻す術が仕込まれている。どこまでも小細工の好きな女だ。
「……殺しなさい……私が気に入らないのなら、その杭を打ち付ければいい……」
絞るような声を上げ、志乃を見上げるあさぎ。対する志乃は哀れんだ目であさぎを見下ろし、持っていた矛を消した。
「それじゃ私が面白くないじゃない」
驚くべき言葉が志乃の口から発せられる。あさぎは元より志乃自身も驚いたのかも知れない。
だが志乃は忌むべき言葉を発した自分をすんなり受け入れた。憎しみと狂気の塊となり、心が音を立てて壊れていくのを感じた。
「──っ!」
強引にあさぎを立たせ、何を思ったか杭を握らせる。
「今のあんたじゃ私に触れることすらできないわ。だから絶好の機会をあげる。その杭で私を刺してみなさいよ」
「……なんですって……」
「私を消したいんでしょ? 遠慮はいらないわよ?」
「……、……っ!」
杭を握り、一歩前に出ようとしたところで再び痛みが襲う。また倒れそうになったところを強引に掴んで起こされる。
「あぁそうか、私じゃ刺せないんだ。ならこんなのはどう?」
志乃はその金色に光る姿を消し、立ち待ち一人の女を構築させた。
「……! あ……」
あさぎは驚いて目を見開く。現れた女はかつての友「あさぎ」の姿だったからだ。かつて自分が作り出した「さくら」よりも、いや、本人と比べ全く
「さ、これでできるわね。刺しなさい」
「……できるわけないでしょう」
震えながら答えた声が、壊れた志乃の神経を逆なでさせた。
「どうして? 一度殺した相手をまた殺せばいいだけよ簡単じゃない! もう一度同じことをすればいいのよ! 今度は直接あんたの手で刺せばいいだけでしょ!? ねぇ!? どうしてできないのっ!? ねぇっ!? ねぇっ!!!」
「いい気にならな……っ!?」
杭を握った片腕が自分の意を反し、大きく振り上がったのだ。慌てて止めようとするも、徐々に杭は目の前の「あさぎ」の胸へとジリジリ振り下ろされていく。
「ほぅら見なさい、ちゃんとできるじゃない! それがあんたの本性なのよ!」
「ち…違……っ!」
嘲笑うかのような友の顔、その胸に杭が下ろされるのを必死に抵抗するあさぎ。
友人である「あさぎ」が死んだのはケノ国の妖気が強くなることで起こった事故、あさぎは今までそう割り切ってきた。彼女が強い妖気に対し、
今、間接的に殺した友を今一度、今度は直接自分の手で殺めようとしているのか。歯を食い縛って抵抗しながらも涙が溢れてくる。
こんな事になるならば、もう片方の腕も斬り落としておくべきだった……。
杭は友──つまり「あさぎ」の姿をした志乃の胸に当たるとそこで止まった。杭の先端がさほど鋭くなかったために、これ以上突き刺さらないのだ。
「……下手ね、本当に世話の焼ける女……じれったいから手伝ってあげる」
「やっ……」
志乃は片手であさぎの首元を掴み、もう片方の手で腕を掴むと勢いよく自分の胸へと振り下ろさせた。
今度はあさぎも抵抗できない、一瞬で杭が胸に突き刺さったのだ!
「……」
飛び散った鮮血が志乃の顔に掛かる。一方の杭を振り下ろしたあさぎの顔は安らぎを覚え、微笑んですら見える。
あさぎの杭を持った腕は途中から消え、杭はあさぎ自身の胸に刺さっていた。
胸に杭が突き刺さり、あさぎは自分の体を維持する器官が損傷したことを知る。
(やっぱり私は……不器用な女だったわね……)
これまで生きて来た気の遠くなるような時間の中で、自分ですら忘れていた過去が走馬燈となり蘇る。
そう、これでいい……これでよかったのだ……。
己を貫き通してきた生涯に悔いは無い。
悔いは無いが、心残りがあるとすれば……やはり……。
霞んだ目の前の友の姿が、見覚えある巫女へと変わる。
今はっきりとわかった。
黒い鏡を割る武具が、何故子供の姿をしていたかが……。
「……ごめんね……ちゆり……」
血の付いた顔に手を伸ばそうとするも、届かずにあさぎの体は消えていった。
結界は解かれ、元の暗い八潮の里が現れる。志乃は只呆然と立ち尽くし、あさぎの消えた辺りをじっと見下ろしたまま動かなかった。
「…………なによ……それ……」
金色の光が消え、元の姿へと戻る。
そして、「ちゆり」は「志乃」と呼ばれる以前の自分の名であることを知った。
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