書きかけのレポート(途中から斜め読み推奨)


 宵闇町に聳える塔の私室で書き物に没頭するあさぎ。今まで自作のタイプライターを使用していたが、片腕となった今では主に羽ペンを使用している。


 と、部屋を叩く音と声がした。


『あさぎ様、例の件で報告があります。アザミもお話があると』


 一旦羽ペンを置いたあさぎが部屋を出ると、待っていたのはやはり花梨だった。


 敵討ちを果たしたあの日、花梨は一度命を落とした。しかしカムイがすぐ宵闇町の科学研究医「アルト」の元へ運んだことが功を奏し、息を吹き返す。今ではすっかり元気になり刀を振ることができるまでに回復している。治療費代わりに研究用の血を大分抜き取られたと後で笑っていた。花梨は祖先が妖の血を引いている人間という事で、それなりに貴重な存在なのだろう。


「──という事で北部の天狗、及び那須野の妖怪からの返答は以上です。返答の無い山村や集落につきましては、今まで通り強制執行する他ありません」


「そう、ご苦労様。……ところで最近の貴女は休んでいるの? 暫く暇をあげるから気晴らしに弟の顔でも見てらっしゃいな」


「え、あ、はい……」


 唐突な話に花梨は戸惑う。あれから……黒い鏡が消し去られてから、あさぎは大分態度が変わった。考え方や行動に隙の無かった以前と比べ、余裕が生まれて冗談を言ったりもするようになったのだ。これは花梨も良い傾向だとは考えている。

 問題はあさぎの体だ、依然として片腕のままで生活をしている。ドクターアルトに頼めばすぐ再生できるだろうにそれをしない。「欠けている事に見い出す美もある」などとほのめかし、何故か元に戻すことを拒むのだ。


 そして何より……。


「──っ!!」

「あさぎ様!」

「……大丈夫よ、大丈夫だから」


 時折身を屈めては苦痛の表情を浮かべる。心配に思った花梨がアルトに病名を問いただそうとするも、首を横に振るだけで何も教えてはくれなかった。ただ命に別状はないから心配はするなとは言っていた。


「あさぎ様こそお休みに…」

「それでは貴女が休めないでしょう? 後の事はアザミたちに任せるから気兼ねなく行ってらっしゃい」


 エレベーターの所まで花梨を見送る。下降したのを確認するとあさぎは壁にもたれ掛かった。


(日に日に痛みが増すようだわ……代償? くさび? 随分と無粋ぶすいで舐めた真似をしてくれたものね……私はもうこのまま朽ちても一向に構わないというのに……)


「あさぎ様……!?」


 再び上がって来たエレベーターにアザミが乗っていた。すぐさま駆け寄りあさぎに肩を貸すと寝室へと運ぶ。


「……それより……は……」

「いえ、まだ…………。今から予定通り、八潮へ……」


 二、三言葉を交わすと寝室の扉は閉められた。


…………


 あさぎの私室の机の上には書きかけの文章が残されていた。

 どの国にも属さない言葉でしかも書きかけではあるが、日ノ本の言葉に翻訳すると以下の通りである。



──計画は成功し、黒い鏡を完全に葬り去ることができた。ようやくこの星は神話の時代から続く脅威に対し、杞憂きゆうすることが無くなった。実に喜ばしき事である。

 これから残す文章を誰が読むのかはわからない。しかし解読し、理解できるのなら相応の知識や情報を持ち合わせていることだろう。それを前提に書き残そうと思う。


 黒い鏡──正確には「黒い鏡と呼ばれた物」は太陽系周期約46億年前のあの日、初めてこの星に落下し「黒い鏡」となって脅威を振りまいた。

 異世界に送り飛ばしたその後、私は日ノ本を彷徨っている間に偶然黒い鏡の残した欠片を発見する事となる。これが「黒い鏡の欠片」だ。始め私はこれを黒い鏡の種だと思っていたが、採取し研究を進めるにつれてそうで無い事が明らかとなる。黒い鏡とその欠片の関係は本体と手足の関係にあり、欠片が本体へと成長することが無いと判明する。そして欠片が日ノ本中に散らばっていることもわかった。

 黒い鏡本体が人知れず欠片を日ノ本に残していった理由、それは再び現れこの星を消滅させるために他ならない。更なる詳しい研究が必要と判断した私は、世界中から人妖を問わず優秀な人材を集めた。しかし妖に比べ人間はもろく、研究中に精神異常をきたし、顕界けんかいへ戻すも死に至る者が後を絶たなかった。惜しいことながらこの中には……


(─中略─)


 研究に行き詰まりを感じた私は再び初めて黒い鏡と遭遇したあの場所を訪れ、周辺をくまなく探索した。そして遂に奇妙な金属片を発掘することとなる。内部構造まで詳しく調べ上げると、単なる金属片でなく精巧に作られたオーバーテクノロジーであることが判明する。

 私の予想通りこの機械は黒い鏡と関連性の強いものであることが確認された。構造解析をしたところ、驚くべきことに黒い鏡の設計図らしきものが発見されたのだ。更に詳しく解析したところ巨大なメモリー・バンクの役割を果たすことも判明したが、一部解析不能な箇所も存在した。恐らくは黒い鏡を増強させるためのデーターパックであると思われ、危険視した私はリミッターを施した上で運用し、後に黒い鏡破壊のため利用する計画を練り始めた。これを月夜見つくよみ作戦と呼称する。

 

(─中略─)


 欠片の研究は順調に進み、鏡のほぼ全体像を把握するにまで至る。そして黒い鏡に関する一つの仮説へと行きつく。それは黒い鏡自体何者かが作り出した存在であり、欠陥品だったのではないかという事だ。現に黒い鏡の欠片は特定の状況下においてでしか成長や活動を行わず、負の思念しか吸収できないからである。

 ここで例え話をしたい。植物を見ると葉に色が付いていない場合があるがこれには後天的要因と先天的要因があるのを知っているだろうか。この場合の後天的要因とは何らかの理由で光が遮られ、葉に着色させる機能が低下することを指す。それに対し先天的要因とは元々葉に色を付ける機能が備わっていなかった事象を意味するのだ。

 もし黒い鏡が動植物同様に成長や活動を行うならば、必ず先天的欠陥の生じる例が現れれる筈だ。人海戦術を用いそれこそ日ノ本中掘り返すつもりで特異例を捜した。

 そして数十年の後、一部が黒色に変化しない欠片を発見する。これをサンプルとし複製、培養につとめたが困難を極め、時間は更に数十年を費やすこととなる。

 

 ようやく試作が完成した。起動時には危険を伴うため、宵闇町本土から離れた孤島にて実験を行う。

 実験は失敗に終わり、暴走した試作によって大勢の犠牲者が出た。前もって彼らには遺書を書かせていたので特に問題はない。今後の実験に影響が出ることを懸念し、関係者には情報規制として口封じを行った。


(─中略─)


 ようやく実験は成功の兆しを見せた。僅かな時間であるが、負以外の思念を吸った石が姿を変化させたのである。後は安定化させることだけが課題だ。


 黒い鏡をおびき出す地として下野ノ国を選んだ。これは下野が日ノ本の中心付近に位置している事が理由だ。黒い鏡が破片を用いてこちらの様子を伺っているならば、必ず餌に誘き寄せられ影を送って来る筈である。鏡を閉じ込めるため下野に巨大な結界を張るのだ。強力な妖気が餌となる事も判明している、計画は順調だ。


(─中略─)


 ある日ケノ国で友人と久しぶりに出会った。顕界で長い間暮らしていた彼女なら石に思念を送る人材として的確と判断し、協力を申し出るも断られた。あろうことか異人と暮らしており子も儲けたのだという。

 この時私は彼女に嫉妬めいた感情を抱いたのだと思う。無理には頼まなかった。


 彼女が私の計画の被害者となり、この世を去っていたことがわかった。その事実を知ったのは大分後になってからのことである。

 


(─中略─)


 ついに計画の要となる石の試作がほぼ完成した。見た目は完全に白くないが、安定し機能している。疑似的な思念と記憶を送り込んだところ順調に変化を見せ、一人の女性の姿を作り上げた。私の思念も混ざっていたせいか、その姿は旧友に酷似していたので笑ってしまった。同じ名で呼びたいが支障があるといけないので、この女性を「さくら」と名付け、引き続き対黒い鏡用能力の付加を試みる。

 しかしここで問題が起こった。いきなり強力な能力を付加させたためか、彼女自身のキャパシティが瞬く間に限界へと達し、これ以上能力を付加させることが出来なくなったのである。原因として媒体となる石が完全に白色で無かった事も挙げられる。


 ここに来て失敗作である鏡の完全開発を我々の手で行うことになるとは……。


(ここからは書き途中であり、次のページとなる)


 私の前に現れ、この星に災厄をもたらした「鏡」とは一体何だったのか。

 それを私なりに考察し、纏めてみた。


 白い鏡が黒い鏡を破壊した際に、この星から離れた小隕石群も破壊していたことが後日の天体観測により確認された。私が白い鏡に望んだのは「自身以外の鏡の破壊」である。このことから言えるのは小隕石群に鏡が複数存在していて偶然この星に飛来した一つが黒い鏡となったということだ。

 恐らくこの星へと飛来した鏡は一つではなかっただろう。何故なら活性化する前の鏡は本来熱に弱いのだ。(これは黒い鏡の破片が火に弱いことから推測される)

 何らかの偶然、例えばこの星に飛来する他の隕石のように、宇宙空間において付着した氷など……


(─中略─)


 恐らく鏡はここではない外宇宙、もしくは宇宙や世界などとかけ離れた場所から(正確には場所と言えるのかも疑わしい)流れ着いた物なのだろう。何かしらの意図があり作られたが失敗し、計画そのものが流れたため「月夜見の簪」と共に破棄された。つまりはゴミだったのである。

 遺憾ではあるが、我々はそのゴミに翻弄ほんろうされ、長きに渡り苦しんで来たのだ。私は彼らを許すことはできない、だが彼らと争うつもりも無い。なぜならゴミ如きで苦戦しているような我々が彼らに敵う筈が無いのだから。今後彼らを知ることがあれば、決して関わらないことを強く推奨する。

 

 そして私は


(以下は完全に白紙となっている)


星ノ巫女 書きかけのレポート  完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る