合せ鏡 其ノ四
イロハと
「できないってどういうこと!? ちゃんと説明して!」
頼んでいたことが手の平返され、あさぎの顔に焦りが見える。
ホコラサマが言うには白い石と志乃の
(石の亀裂が原因? 石は光を失っていない……となると、志乃自身が?)
まさか白い石に志乃の意識が残っていて……いや、その可能性もない。石に戻れば意識も魂も無かった事になるのだ。
長考のあさぎにホコラサマは「簪が石を拒んでいる可能性が高い」と付け加えた。
「
志乃の簪──「月夜見の簪」は厳密に言えば簪ではない。遥か太古の昔、あさぎが偶然手に入れた物を簪に見立てているのだ。始めはそれが何なのかわからなかったが、研究しているうちに微弱な信号を送る機械だという事がわかった。更に研究を続けると「生命の記憶」を読み取り「生命に記憶を与える」機能が備わっていることもわかった。
それからあさぎは機械に手を加え、月夜見の簪として世に放つ。様々な人間や妖怪の手に渡り、多種多様な記憶を読み取り続けた。志乃の手に渡るその日まで……。
いわば月夜見の簪は巨大な記憶の倉庫であり、他の機能は持ち合わせていない筈。しかしホコラサマは、簪が記憶信号の伝達を止めてしまっていると言うのだ。
(……仕方ないわね。気は進まないけれど……)
原因がわからない以上成す術がない。あさぎは浮いていた簪を直に手に取り、意識を簪の内部へ集中させた。
…………
簪を手にし、
(これは!? 一体何が起こっているの!?)
わからない、これは何かの記憶が作り上げた世界なのか?
憤怒のように炎はうねり、巨大な火柱を巻き起こす。
そして火柱は炎の龍となり、あさぎを飲み込まんと向かってきた!
「──っ!!」
龍に飲み込まれ、思わずあさぎは視界を覆った!
(ここは……? まだ簪の内部なの?)
次に目を覚ますとあさぎは真っ暗な世界に浮いていた。
空を見上げると遠く星々が瞬いており、先日訪れた無間界に酷似している。
ふいに何者かの気配!
「誰!? 誰か居るの!?」
目の前に金色の炎が灯り、ゆらゆらと動きながら語り掛けて来たのだ!
──私は武具 かつて未完成な命の種たちと共に虚空の彼方へ捨てられた存在
──お前たちに『月夜見の簪』と呼ばれているモノ
「嘘ね、簪に自我は備わっていないわ。邪魔をしていたのはお前ね!」
こいつが元凶か! こいつを消せば簪は正常に作動し、志乃は蘇る筈だ!
──無駄だ ここは私の世界 かつて私を縛り付けたお前でも 何もすることはできない
そう言うと金色の炎は人の形となり、鎖に縛られた姿を見せる。
「ふぅん……例えお前が簪だとしても、主の言う事はちゃんと聞くべきだわ」
挑発的なあさぎの言葉に金色の炎は燃え上がり、怒りを露にした。
──私の主はお前ではない! 志乃だ!!
「な、なんですって!?」
自らを月夜見の簪と名乗る炎、今度は幼い少女の姿に変わった。
──志乃は存在しない運命の
──たった一人の愚者の望みを叶え 再び消え去るために……
「……」
──私はこの星から多くの記憶を得て それに触れてきた
──己のため 大切な誰かのため 僅かでもある希望を見据え 皆が必至で生きていた
少女の姿は崩れ去り、こんどは巫女装束の姿が現れる。
──だが志乃は違った どんなに必死に生きても 志乃には希望も未来も無い
──
──可哀想な志乃 始めからお前の欲望のために生まれ ただ消えていく哀れな志乃!
「違うっ! 私は!」
──違わない! 用が済めば お前は志乃が邪魔となり消そうとするだろう!
──必要ならば利用され 不要となれば消される! さくらがそうだったように!!
「──っ!」
あさぎは確信した。
こいつは簪そのものだと。
自分の記憶を読み取った上で物を言っているのだと。
──志乃にさくらと同じ道は歩ませない!
──お前に志乃は渡さない!!
非常にまずいことになった。このままでは志乃を蘇らせることは難しい。
もしこの場で何か
半場打つ手なしとなった状況で、あさぎは落ち着くことだけを考えた。
「利用……確かにその通りかもしれないわね。さくらにも申し訳ない事をしたと思っているわ……」
──認めるか? お前一人の身勝手さが いかに残酷な悲劇を招いたかを!
──これは志乃やさくらだけの事では無い
──前のせいで死んだ幾多の者たちも含めての事だ!
命を持たぬ「モノ」
ここで
「認めるわ……でも一つだけ言わせて貰えば、志乃は自分が蘇ることを望んでいる筈よ。僅かな間でも同じ時を過ごした友のためにも、黒い鏡を割りケノ国を救うためにもね」
──私がそうさせない 志乃は蘇らせない
「それが志乃の望みに反すると言っているのよ。志乃のためを思うなら、再び志乃を蘇らせ、黒い鏡に挑ませるべきでは無くて?」
……勝った。
志乃の事を考えているなら黒い鏡は決して避けて通れぬ道だ。黒い鏡は志乃でないと打ち破ることが出来ない。
短い時間だったとはいえ、この国で志乃は様々な者と出会い、大事な思い出を育んできた。その志乃が、ケノ国を見捨てる筈が無い。
暫し炎は動くのを止めた後、静かに話し出した。
──いいだろう 志乃は蘇らせる どうするかは志乃に決めさせる
ほっと胸を撫で下ろすあさぎ。
──ただし条件が二つある
──私を束縛から解放し 必要な記憶を全て志乃に与えさせることだ
──その中にはお前の記憶も含まれている 全て志乃に与える
「そ……!」
そんなことをしたら志乃は……。
──今すぐ私を
──私にとって志乃とこの星の運命は等価
──志乃が蘇らなければ 滅んだ星を嘆くことも 友を失い悲しむことも無い
「…………わかったわ」
苦渋の決断であった。簪を自分の制御化から手放すということは、今まで封印していた記憶まで志乃に与えることが可能になるということだからだ。
そしてあさぎが最も恐れているのは自分が今まで志乃を騙し、利用していたという事実を志乃に知られてしまう事だ。
もしそうなれば、志乃は決して自分を許してはくれないだろう。
「……さあ、これで
──もう一つの条件 それはお前が志乃に代償を差し出すことだ
「それなら問題ないわ。志乃が黒い鏡を割れたなら、私は志乃に」
そう言いかけると、炎は燃え広がりあさぎを包んだ!
──志乃へ
──償いなどで済ませられるか! それだけお前の罪は重い!
「なら私にどうしろと!? あっ!」
燃え広がった金色の炎はたちまちあさぎを捉えた!
逃げられない! 体に炎が纏わり付き、鎖となってあさぎを縛りあげた!
「どういうつもりっ!?」
──お前に
──許しを乞うことも許さない
──志乃に代償を全て差し出すまで 永久に
「ふざけないでっ! 私は逃げるなんて……ぐあっ!」
鎖が締め上げられ、あさぎの顔は苦痛に歪んだ!
これは…… 痛み? 苦しみ?
そんなものはとうの昔に捨て去った筈なのに。
夢か? それとも現実なのか?
暗黒の世界であさぎは一人激痛の中、その意識が遠のいていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます