終焉を足掻く者たち 其ノ五


「はっ! はっ! はっ!」


 一人懸命に走り、黒い鏡の気配を辿たどって七宝業者を追う志乃。

 結界のせいなのか、星ノ宮神社から遠すぎるせいなのか、早駆けの符は効力を示さなかった。


 走ること暫く、プツリと気配は感じなくなってしまう。 


(一体どこに……?)


──こっちだ


「っ!」


 路地の影から金色に光る眼が近づいて来る。現れたのは白髪に白い肌、白い衣を纏った小柄な女性、七宝業者である。


 その顔を見るなり、志乃はあっと驚いた。


(──あさぎ!?)


 背は低くとも、顔はあさぎに瓜二つだったのだ!


「この顔を知っているようだな。成程、かの者の仕業であったか。あれからどれほど時が経ったかは知らぬが、流石に知恵がついたと見える」


「あんたよく見ると人相が良くないわね。悪いけど私、その顔嫌いなの」


 意味のわからない言葉を吐く辺りがますますあさぎに似ている。志乃は躊躇わずに錫杖の先を七宝業者へ向けた。


「ならばこれはどうだ?」


 そう言った途端、七宝業者の体は蝋燭ろうそくのように見る見るうちに溶け出した!

 やがて溶け出した体が再び人を形作る!


 その姿は志乃そのものだった!


「……見た者の姿に変えることが出来る、お前が『黒い鏡』なのね!」


 自分と同じ姿の相手に錫杖を突きつけ、そう言い放った。

 一方の錫杖を突きつけられたもう一人の志乃、にたりと笑うと静かに語り出す。


「……やはり我を同じ名で呼ぶ者たちがいた。いかにも、我が『黒い鏡』と呼ばれた存在そのものだ。して、お前が我をほうむろうというのか?」


「そうよ! 世界を崩壊させるなんてどうかしてる! 全ての元凶であるあんたの狂った野望ごと叩き割って、この国を正常に戻す!」


「野望…?」

「とぼけないで! 全てを破壊し、日ノ本を消し去るつもりなんでしょう!?」


 一体何のことだ、という顔をするもう一人の志乃。

 しかし「野望」の意味が解ると笑い出した。


「はははっ! そういうことか! 野望かどうかは知らぬが我にそのような物は備わっていない。全てはかの者が望んだこと、我はそれを叶えようとしたに過ぎぬ」


 そう言いつつ、再びあさぎの顔へと戻す!


「っ!?」


「何も知らぬのはお前の方だったようだ。やはりけがれし欠けた存在はただ利用されたに過ぎぬか……残念だ、そして哀れなり」


 黒い鏡はまた志乃の顔を作り上げ、片腕を横に伸ばした。

 すると志乃の姿が何体も並び現れたではないか!


「…………」

「最後に一つ聞いておこう。お前は何のために我を葬るのか? それともただ我にここで消されるのか?」


──かつてあさぎが世界の崩壊を願った?

──ではなぜ黒い鏡を割ることに執着する?


 自分が欠けた存在? 利用されたに過ぎない?


(志乃ちゃん……)

(……わかっているわ、今は考えても仕方が無いってことくらいはね。今の私は、今だけ自分自身のために戦うわ!)


 そうだ、自分はこの時のために全てを捨ててここに来た。いかな迷い言も今の自分には関係の無い事だ!


 緋色ひいろの目を光らせながら右手を広げ、己の分身を作り上げる。

 五人と五人、十人の志乃が向かい合う。


「ここで朽ちなさい。己の無力さを思い知るがいいわ」

「主を持たぬ哀れな鏡、朽ちるのはお前の方よ!」


 各々が錫杖を手に、正面の敵へ向かっていった!


ガチンッ!!!!!


 幾つのも錫杖が同時にぶつかり合い、凄まじい音を上げる!

 力押しの競り合い。これも互角で皆が皆硬直し、微動だにしない。


(まるで本当に鏡のよう…‥!でもこれはどう!?)


 後ろに大きく飛び、符を取り出すと印を切る!


『『──封魔焼炎陣ふうましょうえんじん!』』


 放った同じ術同士がぶつかり合い、志乃たちの間に炎の柱が立ち上る!


(術までも真似できるというの!?)


 これではいかなる攻撃も相殺され成す術がない。燃え上がる炎の柱を挟み、唖然とばかりに立ち尽くす志乃たち。


 こちらは何もできない。

 向こうも何も仕掛けてこない。


「……もう終わり? こちらはこのままでも構わないわよ」


 目の前にいる同じ姿の存在が自分と同じ声で挑発してくる。いや、相手は気の遠くなるような時間を過ごしてきた存在だ。挑発ではなく本気で言っているのだ。

 このままでは悪戯に時間と力を消耗させるだけ、無限地獄へおちいれば勝ち目はない。


「真似事がとてもお上手ね。でも私には誰も真似できないことができるのよ」


 正面の炎が消えるのを見計らい、懐から一本の長い針を取り出す。

 同じように他の志乃も針を取り出した。


 志乃が無限地獄に陥ることは無かった。戦いの中で簡単にその出口を見つけてしまったのである。


「──っ!」


 何を思ったか、志乃は針を自分の腕に突き立てた! 同じように他の志乃たちも針を突き立て、フッとその姿を消す!

 残ったのは本物の志乃と、同じ姿をした黒い鏡だけとなる!


(やはりこの程度では消えないわね、でも!!)


 二人の志乃はもう一人の自分に向かって走り出した!


…………


(──頃合いじゃな)


 無間界から様子を見ていた比紗瑚は立ち上がり、手に光で出来た刀を握る。


『……顕界けんかいを写すユウガオの大樹よ。役目は終わった、そのえにしを断ち切り永久とわに眠れ』


 そして枯れかけていた巨大な植物の根元を一閃!

 見る見るうちに枯れていた植物は生気を取り戻し、同時に根元から凍り付いていくと動かなくなった!


(これで全てが終わった……もう誰も世界の行く末を知ることはできない)


 比紗瑚の姿が闇に包まれ消えてゆく……。

 主を失った無限界は凍り付いた植物と共に崩壊を始め、やがて消滅した。


…………


『捕まえたっ!!』


 互いに両手を組みあう二人の志乃!


「これで終わりよ!」

「やってみなさいよ」


 志乃の両手が白く光り出すと、同時に黒い鏡から暗雲が噴出された!


「ぐっ!! 負けるもんですかっ!」


 噴出されるありとあらゆる災いの種に、志乃は圧倒されて気が遠くなりかける。

 全身全霊の力を使い、己の両手に意識を集中させた。


 その時、暗に包まれた世界の中で白い人影を見た。


(……さくら!)


──私も力を貸すわ

 

 志乃の中に封じ込まれていたさくらが己の意志で現れ、包み込むように手を回す。そして志乃の光る両手へ手を置いた。


「うああぁぁぁぁぁぁぁ────!!!」


 志乃の体が真っ白に光り出す。

 その強い光に飲まれるかのように暗雲は消え去っていった。

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