終焉を足掻く者たち 其ノ六

 

 花梨は父の仇である粕谷宗次郎ただ一人を追い、遂に追い詰めることができた。

 しかし……。


(はぁ、はぁ……くっ!!)


「はっはっはっは! 藤枝の娘とて所詮女よ! 口ほどにも無いわっ!」


 そう言って刀の切っ先を向ける宗次郎は全くの無傷である。黒い鏡の破片によって肉体も感覚も常人のそれを遥かに上回っており、花梨の居合が全く通用しないのだ。斬り込めば柳のようにかわされてしまい、同時に撫でる様な刃が切り刻む。受け太刀すれば鉄槌のような衝撃に襲われ、容赦無くふっとばされた。


 至る箇所に刀傷を負い、泥だらけ姿で膝を付く花梨。もはや視界も定まらず、太刀を杖代わりに立ち上がろうとするも力が入らない。


「冥土への土産に教えてやろう。お前の父は姑息にも拙者に騙し討ちを仕掛け、返り討ちとなったのだ! 最後に命乞いをしてきたので切り刻みドブに捨ててやったわ! あの見苦しい姿をお前にも見せてやりたかったぞ、ひゃははははっ!」


「貴様……っ!!」


 あの真っ直ぐな父がそんな真似をする筈が無い! 恐らく逆だ、宗次郎が騙し討ちを仕掛け、返り討ちとなったのだろう。命乞いをする宗次郎に情けを掛けてしまった父は後ろから斬られたのだ!


「この外道めがっ!! 父への侮辱は許さん!!」

「そうだ、憎め憎め! 立ち上がってみせろ! ほれどしたっ!」


ガチンッ! ガツッ!


「がはっ!!」


 つっかえにしていた太刀を払われ、倒れそうになったところを蹴り上げられる。

 人形のように舞う花梨の体は酷く打ち付けられ、そのまま動かなくなった。


「ははは、何と無様な最後っ!刀を持たねばマシな死にざまを選べたものを」


 余程花梨の姿が滑稽こっけいに映ったのか、腹を抱えて笑う宗次郎。


 その時、宗次郎に異変が起こった。


「ひははははっ…………っ!? な、なんだ? ぐぁぁっ!?」


 額の黒石が突然白く光り出したのである!

 鋭い頭痛を覚え、思わず頭を抱えて両膝を付く!


「ぎぃっ!? あ、あ、た、ま 、が、 い゛だ い゛ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ い ──!!!」


『花梨──っ!!!』


 機を伺っていたカムイが花梨に駆け寄った。絶対に手出しをしないで欲しいと言われていたが、堪らず飛び出したのである。


「しっかり致せ! 奴を仕留める好機だ!」

「……」


 花梨は微動だにしない。


「お前の執念はそんなものか!? 憎い父の仇を討つのではなかったのか!? 陰より弟を支えてやるのではなかったのかっ!!? 」


 カムイの声が届いたのか、花梨はゆっくりと起き上がり始めた。その手には無意識のうちに小太刀が握りしめられている。


「ひぁぁぁ……ぐぎぎっ……っ!!! ……ひゃ」


 ひざまずき悶える相手に一瞬で間合いを詰め、すれ違い様に首が飛ぶ!

 そして首の無い体が倒れると、同時に花梨もその場で倒れ込んだ。


「花梨、しっかりしろっ!!」

「…………奴……は……」

「見事だったぞ! このカムイが、仇討をしかと見届けたっ!」


 もう既に見えぬであろう目を開く花梨。カムイにしっかりと抱きかかえられる中、笑みを浮かべると静かに目を閉じた。


「花梨! 目を開けぬかっ! 花梨!」


『花梨っ!』


 結界の外にいたあさぎが舞い降りてくる。


御前ごぜん殿! 花梨がっ!」

(花梨、よくやったわ。今はゆっくり休みなさい)


 花梨の身の上をよく知っていたあさぎは、何としても仇を討たせてやりたかった。それを今、成就じょうじゅさせてやることができたわけだがこれで安心してはいられない。


「この先にうろを作らせたわ。急いでドクター・アルトの屋敷へ連れて行って! 今ならまだ間に合うかもしれない!」

御意ぎょういっ!」



 後姿を見送るとあさぎは空を見上げる。内側から見た結界は多くの思念が集まって強固さを増しており、葦鹿あしかの町に真っ赤な天井を作り上げている。

 先程外から強い光が見えたが、恐らく志乃が黒い鏡と接触したのだろう。 


(さっきの光が志乃とすれば、黒い鏡は既に。でも何なの、悪寒がする……)


 目線を足元へ戻すと宗次郎の首が転がっている。見れば額についていた鏡の破片を点滅させ、何かわめいていた。


(これは!?)


「……さま………我が命を……糧に……」


「!?」


 鏡の破片から黒い思念体が飛び出し、黒い化け物の姿を形作り始める。慌てて焼き切ろうとしたあさぎだったが素早くかわされ、化け物は信じられない速さで飛び去ってゆく!


「…嘘でしょ…まさか……」


 家屋の屋根に飛び乗り、信じられないという顔をするあさぎ。先程の化け物が飛び去った方角に、同類と思わしき無数の黒い影が集まりつつある。


 それは巨大な姿を形作ろうとしていた。



・・・………


「にゃへぇっ! おっね!!」


 トラに向かって巨大な火の玉を幾つも飛ばす句瑠璃。それらが全て命中し、爆音とともに火柱が上がる!


「にゃへへ……ってやったにゃ……」


 御魂をも焼き尽くす煉獄れんごく轟火ごうか。流石にこれなら骨の一欠片ひとかけらすら残るまい。

 だが炎の中から立ち上がる影を見た瞬間、笑みを浮かべていた表情が一変する。


「ぐえぇっ!?」


 炎の中から出てきたのはトラ! うるさそうに付いていた火を振り払い、句瑠璃に向かって怒鳴りつける。


「こんなチョロ火など、子供の火遊びの方がマシだわいっ!!」


 幾度となく炎を浴び続けて来たトラ、いつしか火に対する恐怖が無くなっていた。しかも腹の中の『中和の破片』が感応し、火が全く通らない体へと作り変えていたのである。


 中和の破片は単に祈りを結界へ届けさせるための代物ではなく、本来持ち主の精神に感応し、その力を増幅させる物だった。当然こんなことは誰も知らず、トラ自身も「今日は本調子で力が真に発揮できている」としか考えていなかったのだ。


「ぐふふ、どうした? もう終いか?」


「ぎ に゛に゛!」


 本来ならばここで死体を操るところだが、事前に葦鹿の町人は逃げてしまっていたので、今は死人はおろか人っ子一人見当たらない。


 悔し食い縛る句瑠璃へ、更に追い打ちを掛ける声!


「トラっ! 無事けっ!?」


「イロハかっ!」

「にゃへっ!? 那須野なすの狛狗こまいぬ!?」


 漂う独特な妖気から、句瑠璃はすぐにイロハが何者であるか察する。句瑠璃は元々那須岳のふもとである緒原おはらに住んでいた、狛狗がどういう存在か誰よりも知っている。

 那須野の狛狗は火車にとって、天敵中の天敵なのだ!


「もう斬られるのは御免だにゃ!」


 あだを返すことなどすっかり忘れ、口から煙霧を吐くと立ち去って行った。


「おのれまた逃げおって!」

「トラ! 志乃はどこさいんだ? まさかさっきの妖怪に!?」

「この通り邪魔が入ったので先に行かせたのだ。ところでさっきの人間たちは追ってこぬのか?」

「それが、みんなしていきなし倒れ始めて……あっ! あれ!!」


 イロハの指さす方角、結界の天井付近に黒い塊が浮いているのが見える。更に目を凝らすと黒い塊に混じって人の姿が見えた。まさか……。


「志乃!? トラ! 志乃があんなとこさいるっ!!」

「急ぐぞイロハ!」


(あれが黒い鏡……志乃、無事で居どごれ!)


 封印に失敗し掴まってしまったのか? 嫌な予感がするがそれどころではない!

 二人は黒い塊の方角へ走り出した。



・・・………


 真っ黒な底なし沼。その中で志乃は浮き沈みを繰り返し、もがいていた。


(……こいつ……放せ……っ!)


 黒い鏡を捉え、負の思念を完全に消し去ったつもりだった。これで終わった、そう思った瞬間、頭上に黒い思念体が何処からともなく現れた。火やいかずちの術を放つも吸い込まれ、瞬く間に志乃は掴まってしまったのだ。


(……錫杖さえあれば……)


 持っていた錫杖も落としてしまったようで見当たらない。さくらに探して貰おうと呼びかけているのだが全く応じてくれないのだ。まさか先程の戦いで力を使い果たしてしまったのか? 試しに浄化の力を使おうともしたが、両手に光は現れない。


 もがいているうちに体は重くなっていく。


(苦しいっ……抜け出ないと!)


「ぶはっ!」


 黒い思念の沼から顔を出すと眼下に葦鹿の町が見える。偶然にもこちらへ近づいて来る二人の姿が目に映った。イロハとトラだ!


(二人とも駄目っ! 逃げてっ!)


 声に出そうとした瞬間、大きな黒い波がうねりを上げ志乃を攫う。

 再び沼の中へと引きずり込まれる志乃!


──ナカマガ来タカ……?


(──っ!)

  

 声が響く。黒い鏡に心を読まれたのだろうか!?

 息ができない、力が入らない、体へ押し潰されそうな程の圧がかかる!


──ソノ身ヲ捧ゲ、我ガ一部トナレ


(ぐっ! ……誰があんたなんかに……っ! あぁっ!)


──アクマデ拒ムカ、ナラ用ハ無イ


(いやぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!)


 志乃の体は負の思念体の中、恐ろしい速さで動き始めた!



 宙に浮く黒い塊へ近づこうとしていたあさぎ、もがく志乃の姿を垣間見た!


(志乃っ!!!)


 まさかもう掴まっていたのか!

 演技などではない、あさぎはこの時本当に焦っていた。


 あさぎの思惑では、能力を開花させた志乃は十分に黒い鏡を打ち破れる筈だった。それがなぜ黒い鏡は倒されず、志乃は捕まっているのか?


(まさか目に見える物はフェイクで本体を隠していたというの!?)


 それだけなら問題はない、再び現れた本物を倒せばよいだけの事だ。問題は志乃がどうしてこれほどまでに苦戦しているかという事だ。その原因が全くわからない。


(間に合って! もう少し!)


 かつて黒い鏡と対峙した事のあるあさぎ、手の内は読まれてしまっているだろうが、志乃を引き剥がすことくらいは自分にもできる筈!


 全速で飛び近づく間が酷く長く感じられた。



『────志乃っ!!!』



 あと一歩で黒い塊に辿り着く。


 しかし目に映ったのは、飛び出した志乃が地に落とされる瞬間だった。


 時間がゆっくりと流れる感覚にとらわれた。


 地面に叩きつけられ跳ねあがり、今一度人形のように叩きつけられる。


 そこに塊から飛び出した何本ものくいが降り注がれる。


 打ち込まれた杭は志乃を炎で包み始めた。



(……嘘………そんなこと……)


 ありえない、そう判断したことが目の前で起き、我を忘れて立ち尽くすあさぎ。

 志乃が死んだ……本当に死んだ? ……そんな筈は……。


「おい! 志乃はどうしたっ!?」

「……あ」


 追いついた二人の声に、我に返るあさぎ。

 杭の打ち込まれた志乃の体は焼き消され、殆ど残ってはいない。


 黒い燃え跡の中、白く光る石が落ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る