終焉を足掻く者たち 其ノ四

 

 ケノ国中から集まった天狗たち。その中には大天狗光丸坊こうまるぼう一派の姿もあった。まだ光丸坊は姿を見せないが、部下の烏天狗が取り仕切っている。


「皆打ち合わせ通り、石を握り念じるのだ! 間も無くお頭も到着する!」


「まさかこんな場に立ち会えるとはな……身が引き締まる思いだぜ!」


 中和の破片を握り、精神を集中させる五郎天狗。いささか緊張しているのか、肩に力が籠る。

 一方の女天狗はそれを見て笑いを堪えているのだった。 


「ぷっ、あーやだやだ。お堅いゴローちゃんがまーた熱くなってら」

「アネ―シャ! コレ、ドウスル?」


「えーと……『ニギル!』『イノル!』『ネンジロ!』OK!?」

「……? ……オッケーッ!」

「よしよし、お前は見込みあるからこの大天狗徳次郎とくじらあかね様の一番弟子にしてやろう! だから早くこっちの言葉を覚えなよ」


 茜はそう言ってガネシャの頭を撫でてやった。

 途端に空がかげり出し、天に雷鳴がとどろく!


『誰が大天狗だとおぉぉぉ──!!!!!!』


「こ、光丸坊様!!」

「ひ、ひええぇぇぇ!?!?」


 響く木霊こだまと共に現れた巨体。

 紛れも無い光丸坊大天狗、その姿だ!


「山一つ貰えたくらいで大天狗とはな! その上もう弟子を取る気でいるとは片腹痛いわ!! この馬鹿弟子がぁー!!」


「あわわ……お、お師様! こ、これはそのっ新米を奮い立たせるのにですねっ!」

「お、おい! 俺の後ろに隠れるなっ!」


 光丸坊に睨みつけられ、真っ青になって縮こまる茜。

 そこへ見慣れぬ姿の女が近づいて来た。新米天狗だろうか?


『遅れて申し訳ありません』


「うむ、来たか」


「え!? あ、あんた何でここにいんのっ!?」


 茜が驚いたのも無理はない、その女は……


『佐夜香と申します。お見知り置きを』


 極めて苦い思い出のあった茜は、天地がひっくり返るほどに驚いた。芳賀家の娘は親に殺され死んだというではないか。それが生きて、しかも自分と同じ天狗となって目の前に現れるとは!

 修験者の服を纏い、髪は短く切られていても、忘れられぬ顔はあの時のままだ。


「お、お師様! なんでこいつがっ!?」

「儂の弟子じゃ!」

「えっ!? ええ~~~~~~~っ!?」


 衝撃でへたり込む茜に構わず、佐夜香はガネシャに近づいた。

  

「新米天狗同士、一緒に頑張りましょうね」

「ガネシャ頑張ル! マタ『シショー』ニ字オソワッテ、天狗ニナル!」

「シショーって……だれ?」


…………


『へくしょ──いっ! 畜生めっ! ……おーさぶさぶ……』


 地上では人間たちが集まり、空の出来事には気付かず結界を伺っていた。ここに居る虎丸もその一人だ。


「はぁーっはぁー……こんな寒くなるならもっと着込んでくればよかったぜ」


「よろしければご一緒にどうです?」


 声を掛けられ虎丸が見ると、男二人が焚火の前に腰を下ろしている。


「おぉ、ありがてえ! ……ってあんたら確か八潮やしおの山で一緒にいた……」

「なんでえ、あん時倒れてた男かよ」

「我々も同じ用向きですよ。しかし随分とまた軽装ですがすぐお帰りに?」

「……は? どういう意味だよ?」


 面食らう虎丸に、五郎佐は大柄な体を震わせ笑い出した。


「おいおい、何も聞いて居ねぇのか? 俺たちゃ一晩中、下手すりゃ二、三日ここに居なきゃならねぇんだぜ? まさか飯も持って来てねぇってか?」


(マジかよ!? 典甚てんじんの糞ジジイ! 何も言わねぇで俺を寄越しやがって!)


 怪我で動けない典甚に代わり来た虎丸。肝心な事を何も聞いてこなかったことに、腹が立つやら情けないやら……。


「カーッ駄目だこりゃ。火に当たるくらいは構わねぇが小便くらいは済まして来いよ。飯は他所から分けて貰いな」

「やれやれ……まぁ風邪でもひかれたら困りますし薬を差し上げますよ。先程通りかかった人の貰い物で良ければね」


 そう言って手渡された妙な薬。試しに嗅ぐと覚えのある匂いがしたが、それが何であったかは思い出せないのであった。


…………


 一方こちらは術師の男二人。元霊媒師の道山とインチキ占い師の道兼どうけん。かつて兄弟弟子の間柄であった二人は、久し振りに顔を合わせたのであった。


ジャラジャラジャラ……


「むむむむ……はっ! ……でましたっ! これこそ凶事の前触れっ!!」


 筮竹ぜいちくで占いの真似事をする道兼を見て、こいつはまだこんなことをしていたのかと呆れる兄弟子。


「全くお前は……あぁ寒気が……。霊媒をしていた反動か……」

「兄者っ! おぉなんたることよ! この三嶋道兼が払ってしんぜましょうぞ!」


 この騒ぎを傍で見ていた者が薬を差し出す。


『はい、寒気を治す薬です』

「お、おぉ…これはありがたい」


「ん? 兄者、誰と話してるのです?」

「今しがたこの方から薬を……」


 そう言いつつ振り向くが、誰もいない。

 完全に血の気が引いた道山はその場にぶっ倒れた。


……


「姉さん、いいんですか? こんなことしてて」


 白蛇姉妹の妹は、姉の手を引きながら人間の中を歩いて行く。普段人間に見えない筈だが、今日ここへ集まっているのは坊主や術師たち。流石に何人かには見られるも危害を加える者は一人としておらず、中には二人に手を合わせる者までいた。


「今は人妖へだてず互いに協力すべき時。私たちも今できることをするだけ」

「いやそうじゃなくて。この薬、人間に与えるのはまずいんじゃ……」


 薬の原料には大麻が混じっていたのだ。


「分量を間違えなければ大丈夫。もう一回りしたら山を巡回しましょう」

「はぁい」


…………


 また一方では僧兵が大勢集まり、その一番前に僧侶二人がむしろを敷き、物を並べては口上をのたまっているのだった。


「これこそは我が寺に伝わる、南方呂宋ルソンより渡来した封魔の壺!」

「なんの! この刀こそあの『蜥蜴丸とかげまる』に勝るとも劣らぬ神刀蜘蛛切刃くもきりはよ! 」

 

 法願寺和尚と輪宗寺和尚である。態々遠方から足を運んだというのに、両者結界などそっちの気で自前の宝を見せあっている。周りにいる僧兵らは「いつものことだ」と割り切って眺めていた。

 しかし二人の付き添いとして来た若き僧侶、法願の息子だけは黙って結界を見据え案じていたのだ。


(この向こうにあの人が……こんな近くに来て祈る事しかできないのか!)


 できることなら飛び出し今すぐにでも助けに行きたいが、それができない自分への歯がゆさが身に染みる。せめて無事であってくれ、と想い願って天を仰いだ。


(あ、あれは……!?)


 夢か幻か、結界の上方に浮かぶ複数の人影。

 その一人と偶然にも目が合った。



「…………佐夜香……殿…?」


──哲寛てっかん様……


 上空の暗雲が光り、それとともに人影は消えた。哲寛は目をこすり今一度見ようとするも、再び人影が見えることは無かった。


(間違いない、今のは佐夜香殿だ! しかし一体どうして!?)


 どんなに離れていても、服装や髪を変えていても、見間違える筈が無い。

 しかし何故佐夜香の姿をあんな場所に見たのか?

 考え、やがて哲寛は自分が天に試されたのだという結論に達する。


(いけないな、こんなことではまた佐夜香殿に笑われてしまう)


 頬を叩き気合いを入れると、中和の破片を握って座禅ざぜんする。


(見ていてください。私は必ず最後までやり遂げてみせる!!)

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