終焉を足掻く者たち 其ノ三


 葦鹿の町に着いた志乃とイロハは、大勢の寺社や討伐職関係者を目の当たりにする。


(一体どういうことなの?)


『おい、八潮の巫女だ! 本当に生きていたぞ!』

『本当に化け物と戦うのか!?』


 志乃を見掛けた者が集まって来るも、刀を差した者たちが制する。


『集まるな! 皆、配置に付かれよ!』

『さ、今のうちに早く!』


「行きましょ!」

「なんなんだこれ……あっ志乃っ!」


 元々人目に付くのが嫌いな志乃はさっさと行ってしまう。後ろから大勢の人間たちの声援が聞こえた。


…………


「志乃待ってくろ! どこさ行く!?」

「……わからない! でもこっちから気配がするの!」


 人っ子一人見当たらない町の中をどんどん志乃は走って行く。天を見上げると赤く染まった空が更に色濃くなっている気がした。


(結界が狭まっているんだわ。黒い鏡を追い詰めるために!)


──キタカ……クックック……。


「──っ!?」


「志乃っ!」

「どうした!」


 突然、頭の中へ響く声に立ち止まる志乃。


「……黒い鏡に感付かれたみたいね。すぐ傍にいるわ!」


 見れば大きな屋敷が前に構えている。


「こん中さ居んのけ!?」

「ワシに任せろ!」


 駕篭から飛び出すと巻かれていた包帯を引き千切り、トラは巨体化を始めた。


「今日は一段と力がみなぎるわい!」


 そして固く閉ざされていた門へ体当たり!

 門は木っ端みじんに吹っ飛んだ!


「さあ出て来い!! 勝負だ黒い鏡とやら!」


 二人はトラに続いて屋敷に入るも、中はしんと静まっている。


「……気配がいっぱいする!」

「二人とも離れちゃ駄目よ」


 背中合わせとなり待ち伏せているであろう相手に警戒する。だがその均衡は意外な者によって破られた。


『……志乃……さん?』


「っ!?」


 三人は一斉に声のした母屋の方を向く。すると見知った女がこちらを向いて歩いて来るではないか!


 それは体に酷い怪我を負った佐夜香だった!


「佐夜……!?」

「えっ!? なしてここさ居んだ!?」


「志乃さんっ! ここは危険です、黒い鏡が……!」


「っ! い、いかん! 志乃っ!」


 近づいて来る佐夜香に志乃は走って駆け寄る。


 そして佐夜香を錫杖しゃくじょうの尖った先で突き刺した!


「えっ!? し、志乃!?」


 胸に錫杖を突き刺され、茫然ぼうぜんとする佐夜香。


「……志乃さ」

「趣味の悪いたわむれは止めなさい! そんなに私を怒らせたいのかしら!?」


「……ふふふっ、流石に見破られたか」


 再び錫杖を突き刺そうとする志乃をかわし、佐夜香は高く宙返りをすると、母屋の屋根の上に立つ。


 そして、その正体をあらわにした!

 七宝業者である!


けがれし身にしてはやりおる。何者かに手を加えられたか、それとも……。いずれにせよお前たちはちる運命さだめよ」


ザッ……!


 七宝業者の言葉を合図に屋敷を囲んでいた者たちが姿を現す。それは黒い鏡の破片を埋め込まれた人間たちで、各々おのおの弓や鉄砲を構えていた。


「はっはっは! 撃て! 撃ちまくれ──っ!」




 宗次郎の声を皮切りに三人目掛け、雨のように矢や鉄砲の玉が撃ち込まれた!


シャンッ!


「くっ……駄目! 抑えきれない!」

「諦めてはならん!」

「志乃っ!」


 結界の中、錫杖を握る志乃をイロハとトラが支える。

 するとどうだ、ヒビが入り砕けそうだった結界が強固となったではないか!


「んー? 効かんぞ? 対妖怪弾なら効くのではなかったのか?」


(……)


 自分の顔に手をやり、窓を作って志乃たちを覗く七宝業者。するとトラの腹の中に見慣れぬ石が入っているのを見つけた。あれが原因か!


「何者かは知らぬが小賢しい真似を」


『ぐあっ』

『ぎゃっ』


 屋敷の塀に登っていた人間たちが悲鳴を上げ、端からバタバタと倒れていく。

 見れば切り伏せながら塀の上を走って来る二つの姿!


「粕谷宗次郎っ!! 尋常に勝負致せっ!!」


 花梨とカムイだ! 他に忍装束をした者たちが数名見受けられる!


「何奴っ!?」

「邪魔が入ったか……任せましたよ、宗次郎殿」


 屋根から飛び降りると素早い身のこなしで屋敷を出る七宝業者!


「あっ!」

「待ちなさい!」


 慌てて追おうとするも、幾人もの人間が出口を防いだ。額に黒い石をはめ込まれている以外、一見どこにでもいるような町人たち。操られているだけだとしたら斬るに斬れない!


「ええい! 邪魔をするな!」


 トラが一斉に薙ぎ払うもすぐ立ち上がり、手にかまなたを持って襲い掛かってくる! このままではらちがあかない!


「参ったわね……」

「斬るしかねぇのか! くそっ!!」


 そうこうしているうちに矢が飛んで来る!

 立ち往生している訳にもいかない、志乃だけでも追わせねば!


『立ち止まるな!』


 横切る黒い影! カムイだ!

 鎌や鉈を持った手が舞い上がり、行く手を塞いでいた町人が次々と倒れた!


「もはや助からぬ者たち! 斬らねばならぬのだ!」

「で、でもっ!!」


 黒い鏡を倒せば戻る筈、そう言おうとしたイロハを黒面黒装束の男は叱咤しったする。


「斬ることで救われる者も居る! イロハよ、違うかっ!」

「な……!」


 何故自分の名を知っているのか? この男は何者か!?

 いや、今は斬られても立ち上がって来る町人たちを何とかせねば!


 斬るべきか、斬らざるべきか。以前のイロハならここで迷っていただろう。しかし幾度となく同じ状況を潜り抜けてきたイロハは刀を持ち替え、素早く町人たちへ斬り込んでいった!


(……みね打ちか!)


「おっちゃんもできるだけこうしろ! 志乃、オラに任して先に行け!」

「え、ええ!」

「行くぞ志乃よ!」


 トラは志乃を咥え、イロハが倒した町人たちの上を飛び越えて行った。

 それを追おうとする操られし者たちは、黒装束たちやイロハによってさえぎられる。


(恐るべき怪童よ! 八潮やしおの山で見た時と別人のようだ!)


 風のように、まるで人間たちの間を縫うように殴り伏せていくイロハ。暫し見とれるが我に返り、大声で叫ぶカムイ。


「皆できるだけ刃を使うな!巫女は行った! ある程度ねじ伏せ撤収する!」


 

「イロハ、大丈夫かしら」


 トラの背に乗り後ろを振り返る志乃。追っ手は来ない、あの黒装束たちやイロハが引き付けてくれているのだろう。


「あのイロハだ、心配いらん。それより奴はどっちだ?」

「このまま真っ直ぐよ、気配が続いてる!」

 

 どこまでも続く葦鹿の街道。相手を追っているのか、逆に誘い込まれているのか。ひとつ言えるのは絶対に戦わねばならぬ相手という事だけ。


「むぅあっ!!」


 前方に燃え上がる炎の壁! トラが急に止まり、志乃は投げ出されそうになるのを堪える。振り返ると来た道までもが炎に包まれていた!


『にへへ……お急ぎでどちらまで? 邪々虎の旦那ぁ?』


「また貴様か句瑠璃くるり!!」


 燃え盛る民家の屋根を見ると、赤黒い炎に包まれた句瑠璃の姿があった!


「あれは火車!? 黒い鏡の仲間なの!?」


「にへへへへ、やっぱりお前が八潮の巫女だったにゃ。那珂の邪々虎は嘘つきだにゃ!」

「黙れ外道! 今度こそ引導を渡してくれるわっ!!」


 トラは志乃を隠すように立ち塞がると、小声で囁く。


(お主、高いところから落ちても着地できるか?)

(え? 状況次第だけど…?)


 言うや否や、トラは太い腕で志乃を掴み、炎の壁の向こうへと放り投げた!

 

「ト、トラーッ!?」

「志乃よ行け! お前さんには成すべきことがあるのだろう!!」


 そしてトラは身を屈めると句瑠璃を睨みつけ、うなる。


「にへへへぇ……強力な巫女を逃がしてしまってよかったんですかにゃ?」

「ぬかせ! 貴様こそ、こんな真似をしようが一銭の得にもならぬぞ!」


「今はこの傷の借りが返せればそれでいいんだにゃーっ!!」


 炎の玉が一斉にトラへと襲い掛かった!



 遥か高い、葦鹿の町に張られた結界よりもさらに上。

 この場所であさぎは町の様子をじっと見ていた。


(始まったわね……予定通りだわ)


 赤く丸い結界の周りを見下ろすと、人間たちが囲むように集まっている。

 ケノ国中の寺社中や討伐者を忠真ただざねに集めさせた。各々が一人一つ『中和の破片』を持っている。後は大勢で念じ、結界から黒い鏡が出ないように抑え込み、志乃が鏡を割るだけ……。


(こちらも来たのね。大天狗がよく動いてくれたわ)


 目線を空へやると遠方から大勢の何かが飛来してくる。それも東西南北全ての方角から。

 それは天狗だった。やはり中和の破片を持たせ、地上の人間同様に結界強化の役割を担ってもらうのだ。

 人間や天狗だけではない。葦鹿の町に入れない妖怪たちも近隣の山にこもり、同じように念じさせている。


 元々ケノ国に張られていた『黒い鏡を封じるための』結界。それを狭め、皆で念を込めることにより完全に黒い鏡を隔離する。余りにも回りくどく、余りにも大袈裟に見える作戦だが、太古に現れた鏡の力を身を持って知るあさぎにとって、むしろ不安が残るくらいだった。


(さあ始めましょう……鏡割りの儀を!) 

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