星ノ巫女番外編 交わりし二つの影 上


 地擦り組が芳賀家に雇われず、ケノ国やその周辺で仕事をしていた時期があった。仕事の内容は勿論『殺し』、その依頼主は人間の武家がほとんどどだ。

 宵闇町を行き来する闇屋によって仲介ちゅうかいが行われ、依頼をこなす。成功すれば時に莫大な金が手に入ったが、依頼主の中には報酬を支払ずに済まそうとする者もいた。無論、そういった輩は地擦り組にとっての次標的となるのだ。


 今、まさに紗実シャミィ鬼怒丸きぬまるは、報酬を支払わず騙し討ちしようとした依頼主を始末した帰りだった。


「馬鹿な野郎だぜ。素直に払ってりゃずっと安く済んだってのによ」


 当人だけでなく身内を巻き込み、屋敷から目ぼしいものを奪い、火を付けてきた。少し派手にやるくらいが丁度良い、抑止力になるからだ。


「騙し騙され、奪い奪われる世の中だ。大方俺たちが裏切る前に始末しようと考えたのだろう」

「考えは間違っちゃいないが相手が悪かった、ってな。ヒヒヒ…」


 待ち合わせた竹林の中、仕事が早く終わったためか闇屋はまだ来ていなかった。

 二人は奪って来た物を置き、空を見上げる。竹笹の間から眩いばかりの光を放つ、夏の夜月が拝めた。


 する事が無く月明かりに銃をかざし、使った得物に不具合が無いか確かめる紗実。銀色に鈍く光る南蛮銃は父の形見、紗実はこの銃を最も大切にしていた。

 半妖人であるため銃など使わなくとも強かったが、妖の力を使うと理性が飛び見境が付かなくなる時が多々あった。この銃は紗実にとって只の武器ではなく、己を抑制させるためのお守りのようなものでもあったのだ。


「ところで紗実、お前はいつまでこの仕事を続ける気だ?」


 熱心に銃の手入れを始める紗実に、鬼怒丸はふと声を掛ける。


「何だ急に? そんなのずっとに決まってるだろ。俺たちができることなんか他にある訳がねぇ」


「まぁそうだろうな。だが俺は食い扶持ぶちのためだけに仕事をしてる事を、たまに疑問に思う事がある。お前はないか?」


「……ねぇな、考えたことをもねぇ。俺は殺しが楽しいからな、お前だってそうだろ? それとも飽きが来ちまったのか?」


「そうじゃないが……たまにふと、ふらっと何処かへ行っちまいたいような、そんな気分になるんだ」

「何処かって何処だよ?」


 今宵こよいはまた一段と妙な事を言い出すな、と紗実は思った。鬼怒丸は相変わらず空を見上げたままだ。


「そうだな……笑うなよ、一度海ってやつを見に行ってみてぇんだ」


(はぁ!?)


 紗実吹き出しそうになるのを堪え、口へ手をやる。


「俺は山生まれの山育ちだ、一度でいいから海を見てみたい。かと言ってこの図体ではどこへ行っても目に付くから無理だろうがな。それに俺たちはいつ死ぬかわからん身だ。明日にでも俺より強い奴が現れ、命を落とすかもしれん」


「お前を殺せるほどの使い手だと? 考えたくもねぇな」

「恐らくいるだろう、日ノ本のどこかにはな。もし俺が先に死んだら、焼いて川に流してくれ。川を流れればいつか海へたどり着く」


「へぇ……ま、その時はそうしてやるよ」


 巨体にも関わらず、普段生真面目で細かい鬼怒丸は、ときたま妙なことを言い出す時があることを紗実は知っていた。地擦り組には墓もとむらいも無い、死ねば焼かれるのかからすの餌になるかはその時次第だ。なのに呑気な話だと、半場呆れながら聞いていた。


 そして目線を戻すと、奪って来た物が無い。


「おい! 戦利品がねぇぞ!?」


 盗られたか? しかし他に人の気配はしなかった。


「おい! 鬼怒丸!?」


 それだけではない、鬼怒丸の姿まで無くなっていたのだ。


「おい! ふざけんな! どこ行きやがった!?」


──おい


「おい! 鬼怒丸! どこだっ!?」


──おい


「だからどこにいんだよっ!?」


──おい


…………



『おい、起きやがれっ!』


「…………っ」


 何者かに棒で小突かれ、紗実は目を覚ました。寝惚けて当りを見回すと、自分は猿ぐつわをされて狭い駕篭かごの中にいた。

 あぁ、そうだ。役人に引き渡された自分は唐丸とうまる駕籠かご(罪人を輸送するための大きな籠笊かござるを逆さまにしたような駕篭)に入れられ、二原の寺社事変奉行へと向かっているのだ。


『むやみに刺激するな! 入っているのは人に非ず! 』

『も、申し訳ありません!』


 外はよく見えないが、先程紗実を小突いた男が叱咤しったされているようだ。

 駕篭にはベタベタと魔除けの札が貼られている。


(ケッ、あくまで化け物扱いってわけだ)


 妖怪が退治されむくろが残った場合、最終的に二原の寺社事変奉行へと運ばれる。以前聞いた話によると、一旦保管され対妖怪術の研究に使われるらしい。

 生きた半妖人が役人に捕まった前例を聞いたことは無いが、恐らく術の研究対象となり最後は殺されるだろう。

 それでも紗実が大人しくしているのは、すぐ逃げれば志乃へ疑いがかかるだろうと考えての事だった。これだけなら馬鹿馬鹿しい話だが、他にも色々訳あっての事だ。



 二日が過ぎ、一行は寺社事変奉行所へと着く。やはり半妖怪が生きたまま連れるのは稀な部類だったのだろう。暫く駕篭に取り残された後、特に取り調べもされずにそのまま投獄された。


「さてと……」


 入れられた牢屋はお千夏屋敷にあったものとあまり変わらない。壁が石でできていた他は同じで、やはり格子にはベタベタと札らしき物が貼られている。他の人間とのいざこざを防ぐためか、他の牢には誰も入っていないようだ。


(…よっと……よし、解けた。やれやれ、体が固まっちまうとこだったぜ)


 関節を外し縛っていた縄を解く。もし見回りが来たらまた縛られている振りをすればいい。そう思いつつ、奉行所に人が少なくなるであろう夜を待った。


 五つ(午後8時頃)の鐘が遠くで鳴り響くのが聞こえてから大分時が経った。

 そろそろ頃合いだ。紗実は服に隠していた針金を抜き取ると、錠前を外しにかかる。簡単に鍵は外れ、身を低くしながら外へ出た。


 案の定、外は松明が焚かれているが人は少ない。素早く隣の家屋へと入り込む。

 すると、その家屋もやはり牢屋で、今度は多くの人間が捕らえられていた。


「おい、こっから出ていいぜ! 今なら見張りも少ないから走れ!」


 片っ端から錠前を外し、次々と罪人を逃がし始める紗実。喜び勇んで飛び出す者、驚き信じられずその場から動かぬ者など様々だ。


『脱獄だ──っ!! おい! 貴様ら牢へ戻れっ!!』


 騒ぎを聞きつけた見回りたちがすぐさま入り口を塞ぐも、妖の力を持つ紗実に片っ端から倒されてしまう。六尺棒など簡単に折られ、成す術なく倒れた男たちは生きているか死んだのかはわからない。ここぞとばかりに男たちを踏みつけ、罪人たちは一目散に出て行った。


「おい、この屋敷で一番厳重な蔵はどこだ?」


 逃げていく老人を捕まえそう尋ねる。紗実を見るなりギョッとするも、そんなこと聞いても一日中ここにいる自分たちにわかる訳ないだろう、と怪訝けげんそうな顔をする。


「和尚様、ここへ来る時に見えたあの蔵では無いでしょうか」


 一緒に居た小僧が口を挟む。


「ん、あの蔵か! よし案内しよう!」


 どうやら二人は同じ寺に住んでいた坊主と小僧だったようだ。罪人たちは、皆同じように小汚く、職業も身の上もわからない。身分が全ての日ノ本において、皮肉な事に一番平等な場所が牢屋であることに違いなかった。


 騒ぎの大きくなった奉行所内の目をかいくぐり、三人は目当ての蔵の前までやって来た。


「あれじゃ。宝物蔵かも知れんと思い、目を付けとったのじゃ」

「宝物蔵だと? ……クックック」


 馬鹿な事を言う、奉行所に宝物蔵などあるものか。紗実の狙いは蔵に仕舞ってある武器だった。ここは妖怪に関する事象を専門に扱っている場所だ。それなりに強力な武器が保管してあると紗実は踏んでいたのだ。

 それと紗実は人間の中でも役人が大嫌いだった。幼少期に父と町へ出かけ、その時呼び止められた役人に南蛮人だという理由で酷い扱いを受けたのだ。

「逆らえばもっと酷い目に合う」

 そう言う泥だらけの父を見て、幼かった紗実はただ泣いているしかなかった。


 地擦り組となってからは、役人が標的となると必要以上に残虐な殺し方をした。

 そう、わざと逃げ出さなかったのも、役人たちへ一泡吹かせようとしたからだ。


 蔵の前を見ると、松明たいまつを持った男たちが蔵を開けようとしている所だった。思うにやはり武器が仕舞ってあるのだろうか。先程同様、男たちの中へ飛び出し片っ端から息の根を止めてしまった。


「ひえええ……! なんまんだぶ、なんまんだぶ……」

「これ! はよう中に来い!」


 三人は松明を拾うと、魔除け札が貼られた扉の奥へと踏み入れた。


星ノ巫女番外編 交わりし二つの影 下 へ続く

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