星ノ巫女番外編 交わりし二つの影 下
蔵は紗実の思惑通り武器蔵のようで、入ると何本もの槍が立て置かれていた。
できれば小回りが利く軽い物がいい、そう思いつつ奥へと進む。
「なんだ、金蔵かと思ったら……。質に流して銭に替えるしかないな」
「和尚様、いくらなんでもこれ以上罪を重ねるのは」
「仏の教えを説くにはまず生きることが先決。悪人正機、きっと許される」
物色するも刀、
(
型の古い火縄銃を手にし、
「この棚、何やら金目の匂いがしおる!」
「こんなもの盗んだら罰……じゃなくて祟りに遭いますよ!」
「何を恐れる、儂らは妖怪に襲われ生きておったではないか。正に天の導き!」
坊主は壁側の棚をあさっていた。札の張られた古い壺、角の生えたしゃれこうべ、干からびた腕のような物が所狭しと並べられている。いずれも妖怪の物のようだが本物かどうかわかず、とりあえず保管されているといったところか。
そして、棚の横には更に奥へと続く扉が。
(この扉……まさか!)
ガタガタッ!
「外が騒がしいぞ? まさか見張りが来たのか!?」
「お、和尚様、逃げましょう!」
手ごろな物を持って蔵を出る二人に構わず、紗実は更に奥へと踏み入れた。
(通りで蔵が外見より狭いと思ってたぜ!)
蔵の奥は更に広い部屋が待ち構えていた。松明で照らすと棺桶のような箱がずらりと並べられている。試しに一つを開けて見ると、全身毛むくじゃらの
(……思った通りだ! ここにあるのはみんな妖怪の死骸だ!)
松明を掲げると、かなりの数が置かれているようだ。
もしかすると鬼怒丸もここに……?
しかしこれを一つ一つ改めていては、役人が来て見つかってしまうだろう。
紗実は松明を放り捨てる。火はたちまち一つの棺桶に付き、床づたいに炎となり広がっていった。
(鬼怒丸、済まねえな……今の俺にできるのはこれで手一杯だ。いいだろう? 道連れが大勢できっと賑やかだぜ)
死出の旅、妖怪ばかりの同伴だが自分たちにとっては親戚みたいなものだ。
さて自分はどうしようか。このまま出て行っても奉行所の役人に出くわすだけだ。いっそこのまま自分もここで焼け死のうか。燃え広がる炎をじっと見つめながら、部屋の奥へと誘われるように歩き出す。
夢か幻か、燃える炎の中に青白い一筋の光が。
紗実はただぼーっとそれを眺めながら歩き、いつの間にか吸い込まれていた。
眩い光に包まれ、気が付くと紗実は見慣れぬ場所に立っていた。
(な、なんなんだここはっ!? ここが蔵の奥だってのか!?)
全てが青白い光で照らされており、部屋の広さは先程の蔵と比べ物にならないくらい巨大だった。中央の通路の両側に円筒状の何かが立ててあり、その下には大きな箱のような物がいくつも置かれている。床は先程の蔵とは違い石でできているようだ。
(なんだってんだこりゃ!? ハポンの……いや、人間の仕業じゃねぇ!)
巨大な円筒はビードロ(ガラス)でできているようで、中は水で満たされている。時折下から立ち込める泡の影に、何か浮いている物を見つけた。
「げっ!」
見るなり驚き後ずさる紗実。それは何者かの腕だったのだ!
他の円筒を見ると、同じように臓物や目玉が入れられているではないか!
(……読めてきたぜ。ここが研究に使う化け物の保管庫、その本命ってわけだ! しかし本当にここを奉行所の奴らが……?)
一つ一つ見回しながら歩いて行く紗実。円筒の中身が段々と大きな塊になっていくのがわかった。そして……。
(こ、こいつは地擦りだった奴じゃねぇか! ……まさか!?)
奥の円筒に見覚えある大きな影!
「──鬼怒丸っ!!」
円筒に張り付き覗くとやはり鬼怒丸だった。水の中で目を閉じている鬼怒丸、血の気が無くまるで別人のようにも見えた。
「待ってろ! こっから出してやる!」
ありったけの力を込め、ビードロでできた円筒を小太刀で斬り付けた。
しかし円筒は思ったよりも遥かに硬く、表面に傷が付いただけでビクともしない。一方の小太刀は折れてしまった。
(くそっ! 何か手はねぇのか!?)
円筒の横に置かれた光の点滅する箱に触れてみる。どういうカラクリなのかわからないが、手当たり次第に押してみるも反応は無い。
しかし諦める訳にはいかない。入れることが出来なのなら、出す方法もきっとある筈だ。辺りを調べ始めると書物の置かれた棚を見つけた。どこかに鬼怒丸を出す方法が書かれているかもしれないと、一冊取り出し目を通す。
(これは日ノ本の言葉じゃねぇな…… imma…ji…na……駄目だ、読めねぇ!)
昔、父から教わった南蛮の言葉にも似ているがよく分からない。
一冊取り出しては放り出していると、ようやく読めそうな書物を見つける。
(こっちは日ノ本の言葉だ……ケノ…国の……妖気とその…経緯……!?)
書物は大分古いようで、ところどころ霞んでいる。今は鬼怒丸をどうにかするのが先決な筈が、この書物に釘付けになってしまっていた。直感的に書いてある内容が自分にとって重要なものな気がしてならなかったのだ。
(こっちじゃない……もっと先……こいつか……?)
一冊取り出しては放り投げ、次の巻を手に取る。
そしてようやく見つけた。
四十年前、このケノ国で何が起きたか書かれている書物を……。
──黒い鏡の破片は邪気とともに妖気へも一定の反応を示す。
──この特性を利用して本体をおびき出せないだろうか。
(黒い鏡の破片……? シッポウの石のことか? 本体……?)
──長く待ち望んだ特異例を遂に発見、更にはその複製にまで成功した。
──これで目的へと躍進することができた。
──計画は第二段階、対鏡用の結界の作成である。
──ケノ国周囲に点在していた
──後は結界内の妖気を高めるだけである。ケノ国そのものを罠とするのだ。
……コツ……コツ……
こちらへ足音が近づいて来る。
だが今の紗実にはそんなことはどうでもよかった。
怒りで手が震え、気が狂いそうだった。
『誰だ? ここで何をしている?』
その男は
「聞こえないのか?
「……ようやくわかったぜ。パパとママが何で死んだのか」
本を閉じ、持っていた小太刀を掴む。
「てめぇらに殺されたってことをよぉぉぉぉ!!!!!!」
「……」
一気に妖の力を解放し大男へ斬り付けた!
しかし手ごたえは無く、いつの間にか男は真後ろへと回っている!
ガシャン!
振り返り、更に斬り付けようとしたところで小太刀を落としてしまう。腕の無い側から大男に首を掴まれ、軽々と持ち上げられてしまったのだ。
(畜生! ……畜生……っ!)
薄れゆく意識の中、もがこうとするも敵わずに力尽きる紗実。
男は紗実を床に置き、眼鏡を取り出しまじまじと見つめた。
(ふむ、まさかと思ったが同郷の者ではないようだ。随分と痛々しい姿だが女か? ここへ部外者は入ってこれぬ筈……となるとケノ国側から入り込んだのか)
金色の髪をよけると古傷にまみれた
(
やがて吸血鬼の男、Dr.アルトは紗実を抱き上げると歩きはじめる。
(新天地への扉も時期に開かれる。運が良ければお前も連れて行こう)
アルトが出て行くと、一面青白かった場所が漆黒の闇へと閉ざされた。
星ノ巫女番外編 ─交わりし二つの影 下─ 完
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