予期せぬ邂逅 其ノ十


 幻の火に紛れて舞い散る雪に溶け込むように、二つの影が踊り舞う。


『ぎゃぁ!』

『ぐえっ!!』


 黒装束たちは太刀で斬られ、動きを封じられ、術の前に引き裂かれた。


「──疾風刃っ!」

「うらぁっ!」


 戦いの中で二人の心はまたひとつになった。もうどんな相手が何人来ようが、今の自分たちに敵う相手などいないのではないか、そんな気さえ起こった。


キンッ!


 背後からイロハを狙い手裏剣が飛んで来るも、即座に結界が張られてこれを防ぐ。


「後ろ、ガラ空きよ」

「志乃が弾くと思ったさ」

「ふふっ」


 背中合わせとなった二人へと注がれる刃と炎の吐息。無論、志乃の張った結界によって弾かれるが、四方をすっかり囲まれてしまっている。


(こいつら斬ってもまた立ち上がって来る!)

(完全に息の根を止めないと駄目ね。いける?)

(ああ!)


 今まで自分の斬って来たのは野狗のいぬや妖怪たちだった。それが今は自分と同じ半妖怪が相手。命を奪う事に抵抗が無いとは言い切れないが、ここで躊躇ためらえば二人とも殺されてしまう。


(──今は志乃を助けてえ! おかぁ、力を貸してくろ!)


 ゲンを担ぐように脇差を仕舞い、太刀へと持ち替えた。



バチンッ!!


「──っ!?」


 その直後、結界に高速の何かがぶつかり砕け散る! たった二人に手こずっている同胞たちへ煮えを切らし、遠方から紗実シャミィが対妖怪弾を放ったのだ!

 紗実は対妖怪弾で結界が消せる事実を知らなかった。全くの偶然から起こった事である。しかし例えまぐれであっても戦況を動かす機会が生まれたことに変わりなく、この好機を見逃す程に半妖人たちも甘くは無かった。


『今だ! やっちまえっ!!』


 二人に注がれる無数の手裏剣と炎の吐息、仕舞いには爆薬まで投げ込まれた。その爆風の威力は凄まじく、志乃を庇おうとしたイロハの姿を最後に何も見えなくなる。勢い余って前に出た黒装束も巻き込まれ、その悲鳴が聞こえた。


 風に吹かれて煙はすぐに晴れ、爆発の衝撃を物語る爪痕と惨劇が伺える。えぐれた地面、四散した血と肉片。中央にイロハの持っていた太刀だけが無傷で突き刺さっており、それが戦いの日々を送って来た二人の墓標であるかのようだった……。


(たった二人相手に散々手こずりやがって!)


 仕事は終わった、しかし誰もが喜びの声など上げずに立ち尽くしている。当然だ、失った物が余りにも多すぎた。

 爆音は轟くほどに大きかった。今回は念を入れて里人を欺くため、句瑠璃に火事を起こさせたが、間もなくこちらにも見回りがやってくるだろう。急いでこの場を離れなくてはならない。


 死体は四散したようだが、せめて巫女を葬った証にと、刺さった太刀へ手を伸ばす紗実。

 他に何か目ぼしいものは残っていないかと黒装束たちがウロウロする中で、一人じっと立ち尽くしている黒装束がいた。狐面の鈴音すずねだ。


(なんだ? )


 心を失い、鏡の破片を埋め込まれた鈴音。元より挙動はおかしかったものの、紗実はこの時何故か気になり、同じように曇った天を見上げる。


 そして……。


「くそったれがぁぁぁぁ────っ!!!」



「あたんながったげ?」

「イロハこそ大丈夫なの!?」

「ダイジだ! 南蛮の着物ってのは凄えんだな!」


 結界が破られた直後、イロハは素早く太刀を地に突き立て、志乃を庇いながら掴むと天高く飛び上がっていたのだ。南蛮簔なんばんみのは手裏剣に当り所々破れてしまったが、中に着ていた南蛮服が防ぎ傷一つ負わなかった。志乃に至っては全くの無傷である。


「志乃、こっからオラの太刀に雷様らいさま落とせっけ?」

「え? ええ。でもそんなことしたら……」

「ダイジだ! おかぁが言ってた、あの刀は何しても刃毀はこぼれ一つしねえって」

「わかったわ! 危ないから離れてて!」


 志乃を放すと南蛮簔に風を受け離れていくイロハ。それを見送った志乃は錫杖を両手に構えた。体がかなりの高さから落下を始めるも恐怖は無い。ありったけの気を使い果たすつもりで念を込めると、全身からバチバチと閃光が走り出す。


『──天魔召雷閃てんましょうらいせん!』


 自身に蓄えていたいなずまを霊力で更に強化、集中して一気に放出する最強術だ!

 威力は広範囲にまで及び、かなり力を消耗するので使い所が難しい術だった。


 錫杖から放たれた紫電は龍に姿を変え、乾いた咆哮ほうこうとどろかせ下天げてんする!

 龍が地に生えた太刀へと噛みつき、広範囲にわたり網目の閃光がめぐらされた!


 一瞬の出来事だった。集まっていた黒装束たちは皆、何が起こったかもわからないまま感電し、その場に倒れ動かなくなる。多少は耐性のある者もいたが、落雷よりも遥かに強力なこの術の前には無意味だったのだ。


「志乃っ!」

「駄目っ! 来ないで!」


 空中で離れていたイロハが再び近づき、落下していく志乃を捕まえようとするも、これを拒否される。まだ体内の電気が完全に逃げて行かず、近づくと感電する恐れがあるためだ。

 しかし思いのほかイロハが触れても何事もなく、掴まれた志乃はそのまま地面へと比較的ゆっくり着地できた。これも山姥から貰った南蛮服の効果なのだろう。

 放され自力で立とうとする志乃。力を使い果たしてよろめき、支えられる。


「ダイジけ? ……プッ、あはははっ! なんだその頭!」

「ああもう! だから使いたくなかったのに!」


 逆立ったおかっぱ頭が大きく広がり大変な事になっている。本来傍にいたイロハもこうなる筈なのだが、帽子をかぶっているのでわからない。


『随分と派手にやってくれたじゃねぇか!』


 声にすぐさま反応すると、離れた木の陰から紗実が現れる。半妖人は全員倒したと思っていたが、危険を察知していち早く隠れていたのだ。


(イロハと同じような格好をしてるわね。さっき結界を破ったのもあいつ?)


「志乃には指一本触れさせねぇ!」


 立っていられるのがやっとという志乃を見抜き、引き抜いた太刀を構えるイロハ。辺りに他の半妖人の気配は感じない。志乃が動けない今、自分が仕留めねば!


「おもしれえ! やってみろよ!」


 腰に下げられていた短剣を素早く抜くと、その場から走り出す。


「志乃、ここさ居てくれろ! 待てっ!」

「あ、待って!」


 立ち膝でやり取りを見ていた志乃は我に返り、イロハを止めようとするも間に合わない。

 

(イロハと離されてしまった! やられたわね…)


 大勢いた黒装束たちは始末したので、今二人が離れても大した問題にはならない。例え何人か黒装束が潜んでいたとしても、イロハならまず負けることは無いだろう。


 問題は残された自分だ。


「いるんでしょう? 出て来なさいよ」


 大勢の黒装束の死体、残り火の燃える音の中、くまなく見えない相手を探す。

 近くに必ずいる筈だ。イロハと離れた隙を待ち、弱った自分へと止めを刺しに来る最後の刺客が!


 特に背後や真上からの急襲に警戒し、辺りを見渡しているとそれを見つけた!

 木の影と思われていたものが形を変え、武器を構えてこちらを見ている!


 狐面の黒装束、鈴音だ! 紗実同様生きていたのである!


(まさか本当にいたなんて……気配が感じられなかった)


 黒装束の中に一つ抜けて手練れがいたことには気が付いていた志乃。他の半妖人とは違い、妖とは別の異様な気が感じられる。

 弱った志乃を見て確実に殺せると思ったのか、ただ真っ直ぐに、苦無を握り一気に詰めてきた!


「くっ!」


ガチンッ!


 重い一撃を受け、錫杖を手放しそうになるが何とか耐える。脇差よりも更に小さい苦無からは想像も付かない、何度も受けられない程の強い衝撃。

 次の攻撃が来る、そう察した志乃は咄嗟に後ろへと大きくかわした。


「──!」


 相手の意表を突いた大振りの一撃、それを読まれた鈴音に一瞬躊躇いが生じる。


(今のは危なかった! でもこの戦い方……嘘でしょ……まさか!?)


 暗い山林、苦無を持った相手、重い一撃。そして何より相手は芳賀の手の者……!

 志乃の記憶が呼び覚まされる! 目の前の狐面は佐夜香なのか!?


「佐夜なの!? 私よ! 志乃よ!」


「……」


「武器を収めて! 貴女とは話し合える仲な筈よ!」


 鈴音を佐夜香と思い込み、呼びかける志乃。しかし今度の鈴音は以前の様な反応はしなかった。


ガチンッ!


(佐夜じゃないの!? それとも本当に私がわからないの!?)


 鈴音の一撃を受けた時、以前佐夜香から聞いた何気ない一言を思い出す。


──私には姉がいまして……。


(佐夜のお姉さん……?)


 よく見れば佐夜香より背格好が少し低く、髪も短い。もし本当に佐夜香の姉ならば自分を知らなくて当然かもしれないが、佐夜香の名前に反応してもよさそうである。それをしないというのは何か理由があるのか……?


「きゃっ!」


 何かに蹴躓けつまづき、後ろに倒れて山林の斜面を転げ落ちる志乃。それを見た鈴音は木の間を飛び移り、落ちた志乃を追う。


(くっ……しまった!)


 起き上がると手に錫杖が握られていないことに気が付く。転げ落ちる際に手放してしまったようだ。追いついた鈴音は途中で志乃の錫杖を見つけると拾い上げ、遠くへと投げ捨ててしまう。


 絶体絶命、万事休す!

 木の上から志乃に刃を突き立てるべく、飛び降りてきた!


(……私は卑怯者ね。でも今はこれしかないの!) 


 鈴音よりさらに上。状況を打開すべく希望を見つけると、志乃は懐へと手を伸ばし何かを掴んだ。

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