八溝、動乱 其ノ七
──時は戻って次の日の夜、
暗雲立ち込め強い風の吹く中、
(な、なんだありゃ……)
大鷲の足にしがみ付きながら、イロハは頂上に目を凝らす。
やがてそれが見た事も無いくらい巨大な
「
『岩嶽丸』大昔周辺を荒らしまわっていた山賊の名である。ケノ国の武将に八溝へと追い詰められて打ち取られるも、その怨念は凄まじく巨大な化け物となったらしい。最後は
イロハは岩嶽丸の周りを飛び回っている者に気が付いた。
「天狗……まさか、あかねぇたちじゃ!?」
「天狗だと? よし、このまま真っ直ぐ行くよ!」
一方、八溝岳の頂上では五郎天狗が岩嶽丸相手に奮戦していた。だがどんなに強風を起こしても岩嶽丸はびくともせず、大岩を持ち上げ叩きつけても堅い甲羅に阻まれ傷一つ付かない。火術で焼こうも泡を吹いて身を包み、火を消してしまうのだ。
「なにあれ、一体どうやったら
五郎天狗に加勢したい茜だが、この場に新米たちを置いて離れる訳にはいかない。すぐ近くに騒ぎを聞きつけた妖怪たちが結集しつつあったからだ。五郎天狗も自分もあの化け物にやられてしまったら、
『あかねぇーっ!』
「この声、まさかイロハ!?」
「イロハッ!」
茜とガネシャ同様に、皆が聞き覚えのある声に振り向くと、那珂の里へと向かった筈のイロハがこっちへやって来るではないか!
「ぶっ! 何その
「え、あーこれは……ってそれよりなんでこうだ事になってんだ!?」
『そんなの決まってっペ! この天狗共が封印を解いちまったんだ!』
そう言って現れた山姥、言い掛かりを付けられ天狗たちは騒然となる。
「違う! あたしらじゃない! 鬼みたいな図体した人間がやったんだ!」
「嘘こくでねぇ! 人間がそんなことできっか! もしほうだとしても、おめぇらは一体ここで何を遊んどるんだ!?」
「遊んでるだと!? 今ゴローちゃんが化け物と戦ってるだろ!」
「このデレスケ共めがっ!!! そだごとしてる暇あっか!!!」
大声を張り上げる山姥、辺りの空気がビリビリと
持っていた太刀で八溝の麓を指す。見ると麓の山林から火の手が上がっていた!
「昔ダイタラボッチが現れた時、それをダシに物の怪共が那珂の里を襲った! そん時とおんなしだ、物の怪共はまた人里を襲うぞ! それだけでねぇ、ここらは
見ず知らずの者に知った風なことを言われ、ムッする茜。
「そんなの人間の勝手だろ! 人間同士で戦が起きようがあたしらには関係ない!」
「戦に人間も物の怪もあっか!! 近頃の餓鬼はそんなこともわからんのかっ!! とっとと常陸へ使いをやれっつってんだっ!!!」
『ぐあぁっ!!』
その時、五郎天狗の悲痛な叫び声が聞こえた。甲羅の薄い腹を狙いに正面へ回ったところ、岩嶽丸の
「言い争ってる場合じゃなかんべ! 何とかしねぇとこのままじゃ!」
「アネージャ! ガネシャ、使イ、行ク!」
「……くっ!」
茜は懐から紙を取り出し、急いで書をたしなめた。
「これを天狗岩にいる常陸の大天狗様に渡すんだ、わかるな?」
「テングイワ、ワカッタ!」
書を受け取ったガネシャは飛び上がり、東の空へ風より
「オラも行く!」
そう言って駆け出そうとするイロハ、しかしその腕を掴まれてしまった。
「おめぇは行ぐな!」
「離せ! なして止める!?」
「余計なごど首突っ込まんでええ! あの天狗共の二の舞いだど! ほっとげ!」
信じられない言葉を聞き、遂にイロハの中で何かが弾けた。必死になって化け物を鎮めようとする茜たちに冷たい言葉を浴びせ、山を監視する立場でありながら自分は動こうともしない山姥に対し、激しい
「ならば
毛を逆立て、目を
「あっりゃぁ…」
左手に残された浴衣の切れ端、右手に掴んでいた太刀を見比べ、軽いため息を吐く山姥。だが突然恐ろしい顔へと
「天狗の端っくれならおめえらも行げっ!!!」
五郎天狗の無事を確認すると、茜は岩嶽丸の背中目掛けて
「いつつっ! こいつ岩より硬いじゃん!」
大蟹の背中の上で膝を
「駄目だ! 背中はビクともしない! こいつは腹を狙うしかない!」
下を見ると五郎天狗が大蟹の小足を
「があぁっ!!」
「ゴローちゃん! 一人じゃ無理だ!」
何とか気を逸らさせようと茜は蟹の正面に回り込み、鉄扇からかまいたちを出す! 五月蝿そうに大鋏でかまいたちを防ぐ大蟹、だが奇跡が起きた。
かまいたちが丁度腕の関節に当たり、大鋏が切り落とされたのだ!
「や、やった!?」
ズズズズ……!
片方の大鋏を失い、体勢を崩し山の斜面を
「くらえ! 千本針の術っ!」
正面に回った茜はすかさず鉄扇を振い、幾本もの針を腹目掛けて叩き込む!
ブシュ──ッ!!
「!?」
突如、岩嶽丸の腹から勢いよく水が噴出された。水は千本針を弾き飛ばし、飛んでいた茜を飲み込み吹き飛ばす。
「駄目か…! ……はっ!」
小足を掴んでいた五郎天狗は
「ぐ…‥がが……!」
「嘘…ゴローちゃ…」
吹き飛ばされて何とか戻ってきた茜。見えたのは増えた大蟹の鋏によって、切断されようとしている五郎天狗の姿だったのだ。
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