招かざる客人 其ノ九


 客が賭場から出て行った後、おりゅうは放心状態だった。絶対の自信があった業に失敗したばかりか、大勢の客の目の前でお千夏の顔に泥を塗ってしまったのだ……。


「あたしの長物を持ってきな」


(……)


 渡され刀を手に取るお千夏、周囲に焦りと動揺が走る。まさかこの場でお竜の腕を切り落とすつもりではあるまいか?


「姐さん、そいつぁいくら何でも……」

「何勘違いしてんだい馬鹿! ……ちゆり、出て来な」


 隣の部屋から出て来た新米の娘に、一同騒然となる。集まる視線に圧倒されるも、志乃は落ち着いて話し始めた。


「始めのうち、あの男は小さく勝負をしていました。でも後から手拭いを首に当て、大札での勝負を始めてから負けなくなった……だから最初は手拭いに何かあると思ってたんです」


「そ、そうだ! だが調べたら只の小汚ねぇ手拭いだったぜ」


 手拭いを調べた三下に言われ、志乃は頷く。


「ええ。でも最後の大勝負で手拭いを持たず勝負をして来た。その時手拭いを持っていた方の手は袖の中にあったのです。…袖の中から何か強い力を感じました。恐らく呪術具の一種を握っていたのでしょう」


「呪術具? 諏訪すわ神社(信州しんしゅう諏訪大社のこと。勝負事の神様としても有名)のお守りでも持ってたってのか?」


「もっと危険で禍々まがまがしい物です。 陰陽師が使う式神の様な物で、勝負の都度つど、賽の目を教えて貰っていたのでしょう。その時出る音を消す為に手拭いで包んでいたとすれば筋が通ります。最後の勝負で手拭いに包まなかったのは式神に賽の目自体を変えさせた為……お竜さんが振り壺を開けた時、一瞬だけ賽が動くのが見えました」


「な、なんだって!?」


 声を張り上げるお竜。男衆も口々に騒ぎ始めた。


「俺も傍にいて一瞬見えたが、あれはお竜の業じゃなかったってのか!?」

「そんなすぐ見破られるような真似しないよ! でも、確かにあたいは半が出るように振ったんだ!あの男は祈祷師か妖怪なのか!?」


「いえ、普通の人間だと思います。でも本当に恐ろしいのは、あんな危険な代物を使った代償……。普通の人間が使い続ければ只では済まない筈」


「つまり男に呪術具を貸して手引きしてる黒幕が居る、そう言いたいんだね」


 その時、外を見回っていた三下の一人が慌てて入って来た。


「胴元! 例の奴が寺から出て行きますぜ! 用心深い野郎で客数人から離れようとしねぇんです! このままだとみすみす逃しちまいますぜ!」


「ようし、大勢じゃ目立つからあたし一人で後を付けるよ! 何人かは離れて付いてきな! 合図あるまで手出しすんじゃないよ!」


「おぅ!!」


 志乃も後に付いて行こうとして止められた。


「ちゆりはご苦労だった、帰って休んでな。高名な星ノ宮の巫女ならまだしも、只の巫女のあんたじゃあねぇ……」


「えっ…そ……!」


 意地悪っぽく言うお千夏に志乃は顔を真っ赤にする。一体何の為に錫杖まで持ってこさせたのかと石突いしつきで床を叩き、怒りをあらわにした。


「……なーんて冗談さ! 勿論あたしと来な!」

(素直じゃないのはどっちよ!)


「胴元、お気を付けて。おちゆ、よくわかんないけどあたいの無念、晴らしておくれよ!」


 外に出ると客が数人、寺の門をくぐって外へ出るところだった。空は月がよく出ていて雲一つ無い。細心の注意を払い、女二人は男の後を追う。



 ゆっくりと談笑しながら、男と客は町へと向かって行く。肌寒い晩だが月明かりが強く、薄っすらと黒い影が伸びる。五本の影が妖怪となり襲っては来ないかと思いつつ、志乃とお千夏は出来るだけ距離をとって後を付けて行った。


「おー寒みぃ! どうだ? 戦勝祝いに一杯おごっちゃくれねぇか?」

「そうしてぇが今日中に金返さなきゃならなくてよ。そん代わり今度たらふく飲ましてやるよ」


 やがて男は客たちとは別の方向へと別れる。

 しめた! これなら男だけ捕まえることもできる!


 そう思った矢先、男は急に駆け出した!


「くそっ! つけてたの知っていやがった!」


 慌てて後を追うものの、男も家屋の間を縫うように走って行く。その足の速い事、あっという間に見えなくなった。


(甘いね! その先は行き止まりさ!)


 角を曲がった先で男を追い詰めた!

 そう思っていたが袋小路ふくろこうじで思わぬ事態が起こったのだ。


 男の姿が何処にも無かったのだ……。


「この塀をよじ登ったってのか!? くっ、やっぱりむじなか幽霊だったんだ!」


「そうでも無いみたいね」


 志乃が塀を手で押すと、まるで戸があるかのように開く。


「いつの間にこんなもんが?」


 喜び勇んで塀の向こう側に出たところ、またもや問題が起こった。そこは飲み屋と宿場が立ち並ぶ通りで何人もの人間が出歩いていたのだ。辺りを見渡すも逃げていた男の姿は何処にも無い。


 だが、またしても志乃は瞬く間に男を見つける!


「あの人! 着物が同じ!」

「ほんとに頼りになるよっ!」


 志乃が見つけた男は逃げる様子も無く、周りの人間に溶け込み歩いて行く。飲み屋の傍を通った時、赤提灯の明かりが男の顔を照らした。


(ん? ありゃ別人じゃないかい?)

(……いえ? そんな筈はないわ)


 別人だと疑うお千夏に対し志乃は本人だと確信している。何故なら男の袖の下から感じる禍々しい気配が消えなかったからだ。

 暫く歩くと突然家屋かおくから出てきた女に驚き、男は足を止めた。二人は思わず物陰に隠れる。


『兄ぃ? 梅吉兄ぃだろ!?』


(この声……おみつ!?)


 聞き慣れた声に反応し、首を出すとそこに居たのは確かにお蜜だったのだ。みるとお蜜と男は何やら言い合いを始めたのだ。



「どこさ行ってたんだ! おとっちゃんやおっかちゃんが病で寝てるってのに!」

「るせぇ! おめぇこそ、ここで何してんだ?」

「薬買ってたに決まってんだろ! 金が手に入ったんだ、みんなにうめぇもん食わしてあげられる。おとっちゃんとおっかちゃんをお医者に診せることできるよ!」


「…なんだと? おめぇどこでそんな金……」

「……」


 そんな金が簡単に手に入る筈が無い、と梅吉は妹を疑う。

 だがすぐ吐き捨てる様にこう言った。


「…ふん、あんなやぶ医者に診せたところで治るもんか! それにな、金ならここにもあるぜ」


 先程博打で儲けた金をお蜜に見せびらかす。


「そ、そんな大金!? 兄ぃ、一体どこからそんな!?」

「そいつはお互い様だ。俺は今からこの金で南蛮の薬を買う。どんな病も一発で治るらしい」

「え!? そんな物どこで!? ……あっ! 待って!」


 梅吉はお蜜を突き離し走り去ってしまう。

 後を追おうとしたお蜜だったが、結局諦め別の方向へと歩いて行った。



(お蜜どうして……どうして一言話してくれなかったんだい? 親が病気なら金くらい工面してやれたのに……)


「お千夏さん、お蜜さんのお兄さんを追いましょう。何かとても嫌な予感がするの」


 お千夏をなだめながら立たせ、二人は梅吉を追い町の外へと後を付けるのだった。

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