招かざる客人 其ノ十


 志乃とお千夏は梅吉に気付かれないよう、木の陰や水の枯れた堀に身を隠し、後をつけて行った。


 梅吉はどんどん町から離れ田畑のあぜを歩いて行く。暫くすると竹藪に差し掛かり、用心深く辺りを見回すと中へと入る。


(こんな薮に何の用が? まさか山賊の隠れ家じゃないだろうね)

(お千夏さん、足元に気を付けて。大分ぬかるんでいるみたい)


 志乃の言う通り、薮の中は日当たりが悪いので、先日降った雪でぐちゃぐちゃになっている。慎重に進むも、お千夏は竹の根っこに足を取られてつまづいた。


ドサッ!


(……って!)


『誰かいるのか!?』


 一陣の風がサーッと竹藪を通る。

 なんだ風か、と梅吉。


(……手、繋いで行きましょ。私は夜目が利くから)


 だがその必要は無かった。梅吉は歩こうとせず、その場で何かを待っている。二人も何が出てくるのか、獲物を狙う獣の様に待ち構えた。


 そして、少しするとそれは現れた。


『おう梅吉。随分早かったな、仕事はどうだった?』


権蔵ごんぞうさんか。中々の稼ぎだ、この『つぼ見聞みきき』のおかげでな。この手拭いも慣れると便利そうだな、売って欲しいくらいだ」


 梅吉は手拭いを取り出し顔を一拭い。するとどうだろう、賭場に居た目の鋭い男の顔に一瞬で変わったでは無いか! 月明かりで照らされていた梅吉の顔を見て、志乃とお千夏は思わず声を上げそうになった。


 ここで志乃は権蔵が「闇屋」であることに気づく。

 以前、志乃は那珂なかの里で闇屋を見たことがあった。


(あの手拭いも術具だったのね! でもあんなものを持っているあの男……最近どこかで…)


「欲しけりゃ売ってやるぞ。七百両でな」

「馬鹿言うな! 俺の欲しいのは南蛮の薬だ。さあ約束だ、売ってくれ!」


 顔を元に戻し、手拭いと壺見聞き、小判数枚を権蔵へ渡す。


「おう、よしよし売ってやる。売ってやるから今後ともがっぽり稼いでくれや」


 しかし梅吉は返事をせず、薬をひったくると後ずさり。


「欲しいもんは手に入った、今日で手切れだ」

「なんだと?」

「ここいらの賭場じゃもう稼げねえ。……それに俺は明日からマメに暮らすと決めたんだ! これ以上妹らに苦労や心配かけさせたくねぇ!」


「ああそうかい。ならおめぇは用済みだ」

「!?」


 梅吉はうめき声を上げながら、その場を転げまわった。

 一体何が起こったのかわからないが、只事ではない!


 お千夏と志乃は梅吉を庇うように飛び出した!


「そこのお前! 動くな!! ちゆり! 梅吉を連れて逃げろ!」


「んん? こいつの仲間か? 連れて逃げる必要はねぇぜ?」


 志乃は倒れて動かない梅吉の様子を見た。

 脇腹に刺さった毒針を見つける。

 既に脈が無く、事切れているではないか!


「……死んでる!」


 この言葉を聞いたお千夏は権蔵に斬りかかっていた!


「この外道がぁ──!!!」


「ひゃはははは!」


 権蔵が吹き矢を吹こうとしたその時、手に何かが絡みつく!

 志乃の錫杖に仕込まれた鋼縄だ!


「ちゆり! 絶対に離すな! こいつはあたしがぶっ殺す!!」


 賭場荒しをしていた梅吉だったが、お蜜にとっては実の兄。死んだと知ればお蜜はさぞかし悲しむだろう。病に伏せった親の為に薬を手に入れ、もう一度やり直そうとしていた兄妹の心。それを利用し、命まで奪った権蔵を絶対に許す訳にはいかない。


「破魔招雷!!」


「!!」


 電流が鋼縄を伝い、権蔵の動きが止まった!

 そこにお千夏の一振り!


ズバッ!


 しかし再び動いた権蔵は体をひねっており、頭から袈裟けさ斬りには至らず、右手を斬り落とすにとどまる!


「ちぃぃ!!」


 片腕を斬り落とされてもひるまず、権蔵は残った方の手で小袋を取り出すと地に叩きつけた。盛り上がった土が壁となり、志乃たちの前に立ち塞がる。


「逃がすかぁ!!」

「危ないっ!!」


 土の壁がお千夏目掛けて倒れてきた!

 倒れた土が再び起き上がり人の形を作る!


「な、なんだこいつら!? ああっ!」


 泥坊主だ!

 しかも一体だけと思いきや、地面から何体もの泥坊主が現れる!


「お千夏さん! こっちへ!」


 梅吉の亡骸の横で志乃が錫杖を手に呼ぶ。

 素早く印をきると結界を張った!


シャン!


「この中なら安全よ。この場を切り抜ける手立てを考えましょう」


 もう志乃は自分が星ノ宮の巫女であることを隠そうとはしていない。そんな場合ではないという事を、お千夏もまた悟った。


ピィ────……!


 結界の中、お千夏は笛を吹く。


「時期に屋敷の男どもが来る、妖怪慣れした連中さ。……それにしても梅吉、お前は大馬鹿野郎だ! あたしはお蜜に何て言えばいい!?」


 せめて南蛮の薬だけでも渡そうと、梅吉の手を開ける。独特の匂いがしてお千夏は気が付き、薬を放り投げた!


「これは薬じゃない! 阿片あへんだ! あいつどこまで腐ってやがる!!」


 怒りに任せ、結界の外に群がる泥坊主へ真一文字!

 斬られた傷はすぐ塞がり埒があかない!


ピィ──……


ピィ────……


 笛の音とともにいくつもの灯りと足音!

 屋敷の男たちが駆けつけたのだ!


『姐さん! 御無事で!?』


「ここだ! こいつら泥の化け物だ! 刀が通用しないから気を付けな!」


 大勢の人間の足音に反応し、泥坊主は移動し始めた。それを迎え撃つ男たちだが、やはり武器が通らず苦戦を強いられる。


『火だ! こいつら松明の火を嫌がるぞ!』


 男衆の一人が叫ぶ。見ると泥坊主が突きつけられた松明に物怖じし、後ずさりしているではないか! 志乃は咄嗟とっさに札を数枚取り出し、ばら撒いた。


(…星宮の御社様! どうかお助け下さいっ!!)


 八潮の星ノ宮は遠い地にあり、すでに志乃はかの神社の巫女ではない。最近自分が奉った星宮神社の助けを乞う。果たして社で一夜明かしただけの巫女の祈りが通じるのか?


パチッ…


パチパチパチッ!!


 するとどうだろう! ばら撒かれた札が一斉に竹に張り付き、炎を上げて燃え始めたではないか! 泥坊主は驚き、辺りを右往左往し始める。


「みんな逃げて! この竹藪を燃やすわ! お千夏さんは梅吉さんを! 私はあいつを追います!」

「派手にやってくれちゃって! こうなったらお前に任せたよ! 気を付けな!」


 志乃は頷くと、泥坊主の間を縫うように走り去っていく。


「誰か手貸してくれ! 急いでこっから撤収だ!!」


…………


(くっ、片腕が無いのがこれ程走りにくいとは!)


 何度も体勢を崩し、転びそうになりながら竹藪を抜ける権蔵。


(稼ぎ口が一つ無くなったがまぁいい。それよりあの女と一緒に居た娘……間違いない! 八潮の巫女だ!)


 権蔵はついこの間まで八潮に居た。志乃を亡き者とする実行犯に情報を与えていたのである。かと思えば典甚に重要な筈の芳賀家の情報を漏らしたりと、自分の欲の為なら平気で他人を裏切る外道な輩であった。


(死んだと聞いたが、まさか生きていやがったとは。だが芳賀家にこの話を売れば……くっくっく、稼ぎの種が増えたってわけだ!)


 先の無い片腕を押さえつつ、ようやく一本の木の前まで辿り着いた。この木のうろをくぐれば宵闇町だ、流石にそこまで追っては来れまい。


 だが権蔵は立ち止まってしまう。木の前で待っていた者が居たのだ。


 あさぎの側近、藤枝ふじえだ花梨かりんである!


「て、てめぇは!?」


「闇屋権蔵。人里での不正な取引、あさぎ様は全てお見通しだ……死んで貰おう」


 あさぎは宵闇町の住民へ二つの世界の往来に許可を出す反面、禁を犯した者へは追手を差し向け、容赦なく処罰していた。宵闇町で得た品物を自由に売れるのは妖怪の血を引く相手のみ、破れば死罪である。悪い噂が絶えず、他の闇屋より人里への行き来が激しかった権蔵は元から目を付けられていたのだ。


「きっと何かの間違いだ! 話せばわかる! こいつを見てくれ!」


 そう言いつつ、吹き矢を掴む!

 だが勢いよく吹こうとした吹き矢は手首ごと無くなっていた!


「あ?」

「下衆が。あの世で裁きを受けるがよい」


 素早い突きが心の臓と頭を貫き、権蔵はがくりと膝をつく。


「尤も貴様は地獄行きだろうが、な。……終わったぞ、後は頼む」


 そう言って花梨が刀を収めると、今度は洞の中から童子たちが出てきて権蔵をむしろで包み、担いで行く。近づいて来る人の気配を感じ、花梨と童子らは洞の中へと姿を消した。



 権蔵の残した血痕を追って来た志乃だったが、大木の前にあった血溜まり以外見つけられない。木の洞を調べたが特に変わった様子も無かった。


(遅かった! そう遠くへは行けない筈だけど)


 諦めて帰ろうとした時、何者かの視線を感じた!

 はっとして振り返るが遠くに山が見えるだけだ。


(気のせいかしら? 案外あさぎが覗いてただけなのかも……あぁそうか、あの闇屋はあいつが殺して連れてったのね)


 勝手に納得し、その場を後にした。



 志乃のいた場所から離れた山の中、大小二人の人影が燃える竹藪の様子を眺めている。


「火事だ。気にする必要も無い」


 鬼かと見まがえる程の大きな男がもう片方の小柄な連れ相手に呟いた。連れの方は破れた異国の帽子を被り、改良された異国の銃の目当めあて(筒の先にある照準)から様子を見ている。


「先を急ぐぞ紗実シャミィ。これから烏頭目宮うずめのみやを抜けねば」


「待てよ鬼怒丸きぬまる、誰か出てきたぜ。女みたいだがあいつが火をつけたのか? もしかすると火車の話にあった巫女かもな、一応殺っておくか?」


「今回の仕事に遅れると面倒だ。巫女の方はあいつの仕事だ」


「ちっ、柄に無く慎重だよなお前。ま、楽しみは後でってやつか」


 再び見当を覗き、女らしき人影に銃を撃つ真似をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る