招かざる客人 其ノ八
例の男が勝負を始めて暫くのうちは何事も無かった。普通に勝ったり負けたりして今は端で酒を飲んでいる。内容は聞き取れないが、顔見知りと世間話をしている。
「どうだい? 何か見えたか?」
「……いえ、本当にあの人が?」
「前に馬鹿勝ちして帰って行ったからね、よく憶えてるさ。他の賭場でも、現れては必ず大勝ちしていくみたいだ」
同業者の噂によると男は普段町で見かけないらしく、地元の人間では無いようだ。例え見つけても騒ぎとなれば、賭場を黙認している役人も動かざるを得ないだろう。そうなればケノ国の賭場全体の存亡に関わる。
「…また場に入って来る……そろそろ奴が動くよ!」
再び二人は壁の節穴に目をやった。
酒を飲み終えた男は立ち上がると、再び丁半へと参加しようとする。これを見て、振り師のお竜も思わず意気込んだ。
(来たね! 今日は
「……入ります!」
一段と気合を入れ、お
「さあ! 張った!張った!」
「丁!」
「丁!」
「半!」
「半方無いか!?」
「……半だ!」
張りが丁に偏ったところへ、男が
「勝負!……一六、半!」
(……ちっ!)
お竜は舌打ちする、男の勝ちだ。丁に掛けていた客が多かったので、場は落胆の溜め息に包まれる。
「どうだい!? 何かわかったかい!?」
「……」
この時、壁越しに志乃はある異変に気が付いた。お竜が賽を振ろうとした時、男が手拭いで首を拭いたのだ。その手拭いから一瞬、何か白いものが出て再び戻るのが見えた。
「あの手拭い……わかりませんが、確かにあの人は何かしています!」
「次で必ず見つけな!」
一方、壁の向こうでは皆が
「御客人。その手拭い、見せておくんな」
「あ? ……どういうつもりか知らねえが、ほれ」
この寒い中、手拭いを持っているのが怪しいと踏んだのだろう。渡された手拭いを三下は調べるが、特に怪しいところは無い。
「熱い勝負になるとつい汗かいちまうんだよ、返してくれ」
仕方なく手拭いを返す三下。
男は手拭いを畳むと懐に入れる。
「さあ! 張った!張った!」
「……」
「張った! 張った!!」
「丁!」
中々客が張らない中、男が丁に張った。
そして、この時それは起こった!
「丁!」
「丁!」
「丁!」
「丁!」
(!?)
男に便乗する様に、客の殆どが丁に張ってしまったのだ!
これでは場が成立しない!
「御客人、札引っ込めておくんな」
「……」
「半方ないか! 半方ないか!」
「……」
「ないか半方!! ないか! ないか!!」
「……よし、一か八か! 半だ!」
ようやく客の一人が半へ大張り、丁半出揃う!
そして出た目は……。
「勝負!……ピンゾロの丁!」
「あぁ畜生っ!! 面白くねぇ!」
(……くっ!)
最後に半へ張った客はお竜に向かって吐き捨てる様に言うと、怒って賭場から出て行ってしまった。続けて数人の客が出て行く。
……恐れていた事態になってしまった。もう残った客は男に張る方にしか張らないだろう。中盆たちは互いに目を合わせると男に向かってこう言った。
「御客人、次の勝負で帰ってくれ」
「……何だと?」
場が騒がしくなる。客の中には男がサクラではないかと勘繰る者も出始めた。逆におかげでいい思いをした客は男の肩を持つ。
「おう、たまたま勝ってる客を捕まえて帰れたぁどういう了見だ? 皆もおかしいとは思わねぇか!?」
『そうだ! そうだ!』
「じゃあこうしよう。俺が何か怪しいってんなら差しで勝負といこうじゃねぇか! しかも俺は賽を振る前に札を張る、それでどうだい!?」
「…この餓鬼っ! いい気になるんじゃねぇ!!」
『待ちなっ!!!』
ピシャンッ!!
三下が男に掴みかかり、あわや大喧嘩となる寸前、部屋の戸が勢いよく開かれた!
「あっ!」
「胴元!」
「姐様……!」
(お千夏さん!?)
「……」
「……」
突然の胴元、お千夏の登場で場は大人しくなる。一同が落ち着いたところでお千夏は男の方を向いた。
「……御客人、相当ツキに自信があるご様子。このお千夏がその勝負、受けて立ちましょう。但し、差しの一発、大札三枚の勝負でお開きと頂きたく。返答や如何に?」
「分かった! その条件で呑もう!」
この瞬間、賭場は男とお千夏の真剣勝負場と化した。他の誰も間に入り込めない。皆、
「……」
男は一呼吸置くと、イカサマで無いことを証明するかのように、今まで使っていた手拭いを目の前に置いた。そして持っていた大札三枚を横向きに張る。
「丁!!」
「半!!」
丁へと張った男に応えるように、即座にお千夏は半へ張った。
双方もう後戻りはできない、後はお竜の出す賽の目次第!
(お竜、頼んだよ)
(……姐様に恥かかせる訳にはいかない!)
唇を噛み、男を睨むと振り壺と賽を掴む。
何としてもお千夏に勝たせねば!
(この勝負、しくじったら振り師お竜の名折れ! あたいの業をとくと見な!)
「…入ります!」
賽を見せ、気合いを入れると壺を振り逆さにする。
ゆっくりと開けられる壺……賽の目は……!!
六六……丁!
(そんな……あたいの業は……完璧だった筈……)
がくりと手を着くお竜。
歓声の上がる客らに対し、中盆や三下たちは黙って下を向く。
お千夏は怒りも悔しがりもせず、成り行きを見ていた。
そして、隣の部屋の志乃だけが全てを見抜いたのだ。
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