篭め 篭め 下章 其ノ六


 長い川を越え烏頭目宮うずめのみやへと続く白河しらかわの街道。かつて昔、戦場となったこの道も今はのどかな風景が広がっている。人通りが多い奥州おうしゅう街道とは違い、この時期は人気がまばらだ。夜明け前に小雨が降ったが今は止んでおり、土手の枯れ草が真っ白く化粧している。


 その中にかごを背負って杖を突き歩く娘が一人。身なりは粗末で深く笠を被っていた。

 林に入り誰も居ないのを確認すると、籠の中から猫が飛び出し背伸びをする。


「うわぁ~……ふう、籠の中ではよく眠れぬ」

「ごめんね」


 そう。


 この娘は志乃であり、生きて逃げ延びていたのである。


「なに、後でゆっくり休ませてもらう」

「そうじゃなくて、折角八潮が慣れてきたところだったのに…」


 トラは志乃と並んで歩く。


「構わん、余り馴染みも居なかったしな。お主こそイロハに別れが言えずに辛いのではないか?」


「いいの、私の旅は戦の旅でもあるから。どんな相手かもわからないのに、巻き込むわけにはいかない」


「あやつは言い出したら聞かなそうだからな……おっと、来たか」


 人の気配がしたので、トラは素早く駕篭へと戻る。見ると正面に三味線を背負った女がしゃがみ込んでいた。草履ぞうりひもでも解けたのであろうか。


 通り過ぎようとすると。女は立ち上り並んで歩き始めたではないか!


「貴女のその恰好、なかなかお似合いよ」

「貴女もすれば? 私より似合うかもね」


 一体誰だ? トラはひょいと首を出すと女を見る。

 見かけぬ顔だが只ならぬ気を感じ、察しがついた!


「ごきげんよう、猫又さん」


 その声にトラは歯をむき出し、シャーと威嚇する。


「そう邪険にしないで頂戴。今はお仲間よ」


 すると志乃は迷惑そうに笠を上げ女を見た。


「協力関係、の間違いでしょ? 早く八潮がどうなったか言いなさい、あさぎ」


「せっかちね、結果を言えばおおむねね成功。神社はほぼ全壊、御神木が倒れてしまって本殿はめちゃめちゃ。怪我数名、死人無し、そして貴女は死んだことになった。残念なのは、生きた犯人が捕まえられなかったことかしら。まぁ人間にしては鮮やかな手際だったわ」


「一々棘のある言い方ね。……でもよかった」


 ほっと胸を撫で下ろす志乃。自分が八潮に居続ければ刺客との戦いでいずれ他人を巻き込んでしまう。そう考えた志乃は己を消し、八潮を去ることにしたのだ。

 始めは反対していた典甚てんじんも刺客の待ち伏せを提案。小幡は最後まで何も口を挟まなかった。


「大胆な策を練ったものね。でも志乃、分からないことがあるから教えて下さらない?」

「なに?」

「何故刺客が襲ってくる日時がわかったの? 相手の出方次第では神社を襲わなかったかも知れないわ」


 あさぎの言う通りだ。それがわからなければ刺客を待ち伏せなど出来なかった。


「簡単よ。あんなに毎日神社に来られたら下調べに来てるとしか思えないじゃない。典甚から芳賀家の刺客だと聞いていたし、確実に私を仕留めるならこんな手を使うんじゃないかって」


 そう言ってあさぎに紙を手渡す。ふみの様だったが中身には何も書かれていない。しかしあさぎは妖術で何が書かれていたかを見抜いた。


「芳賀家の娘からの手紙? ……お忍びで八潮に来たい?」


「偽物よ。予め佐夜に本人以外の書いた字を消す術を教えて貰っていた、お互い自分の髪の毛を渡しあってね。最近届いた文はみんな偽物だった……ちょっと考えれば変な内容よね、忙しい正月に佐夜が遊びに来るわけないじゃない。確実に私を油断させて神社に留めさせたかったのね」


「でもそれだけで日時を特定するのは危険では無くて?」


 少し眉間にしわを寄せ、志乃に手紙を返すあさぎ。


「そう。だから刺客の隠れ家に霧になって忍び込んだわ」


(まさか志乃、あの時の……)


 トラは「自分が寝ている間見張れ」と言われた晩を思い出す。あの時、志乃は刺客の隠れ家へ行っていたのだ。


「隠れ家の特定はどうやって?」


「よく来る半妖怪の草履ぞうりに地霊を仕込ませたわ。石段に術を施せば、踏むと地霊がついて草履は小さな付喪神つくもがみになる。流石にこれならバレないわ。後は付喪神の残した足跡を追いかければ場所を絞れるのよ」


(魂宿しの術……地霊を操ってしまうなんて)


 この時、あさぎは内心驚いた。人間がほいそれと使えぬ術をも容易く使ってしまうとは…。


「何を驚いているの? よく使ってる術じゃない。貴女が私を見張るのにね」


「…恐ろしい子。ところでこれからどこへ向かう気?」


「……」


 すると志乃は足を止めてあさぎを見る。


「何の為に死んだ真似までしたと思っているの? まず 葦鹿あしかまで行って佐夜に会うわ、黒い鏡とかいうのはその後、止めても無駄よ」


「今は駄目。慎重に事を運ばないと」


 あさぎは志乃が焦っていることを見抜いた。原因は佐夜香の安否が気になるからだろう。偽の文が届いた状況からするに、もう手遅れなのかもしれない。だからこそ逸早いちはやく確かめたいのだ。


 無事なのか、どこかへ連れて行かれたのか、自分の敵となってしまったのか…。


「このままあんたの術で葦鹿まで送って頂戴! 今すぐ!!」

「……」

「かあさんの友達だったんでしょ!?」


 錫杖しゃくじょうを両手で持ち、脅さんばかりに詰め寄る志乃。

 あさぎは軽くため息をつくと脇道へと逸れる。


「…ついてらっしゃい」


 次第に辺りが暗くなると、志乃とあさぎの姿は街道から完全に消えた。

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