篭め 篭め 下章 其ノ五
次の日の朝早く、小幡神社の一室で志乃と小幡の宮司が話をしていた。志乃は
今日限りで星ノ宮神社の巫女を止めるのだ。
「……よくぞ決意した。今までよく八潮の為に働いてくれたな」
「……お世話になりました。この御恩、志乃は一生忘れません」
志乃は八潮の里を離れ、母を探しに旅に出ることを告げる。
「私や典甚が方々手を尽くしたが、それらしき手掛かりは見つからなかった…。だが志乃、希望を捨ててはいかん。きっと
「ありがとうございます」
「後の事は心配無用。全て私と典甚に任せておきなさい」
「……」
志乃は頭を下げつつ涙をこぼしていた。そんな志乃に優しく言葉をかける小幡。ずっと八潮に残り、このまま星ノ宮神社を任せたかったのかもしれない。まるで娘を嫁に出す様な心境を受け、いつしか小幡も涙を流すのだった…。
挨拶を終え、部屋を後にすると廊下できくと出会った。頭を下げすれ違おうとした志乃は呼び止められる。
「…待ちな!」
きくは小さな袋を取り出し、志乃に握らせる。
「……
「あ…ありがとう…ございます…」
「達者でやりなよ」
軽く志乃の肩を叩くとそのまま行ってしまった。どこからか話を聞いていたのだろう。志乃が振り返ると廊下の角から巫女が数名こちらを覗いていた。そっちにも頭を下げると本堂の入口へと向かう。後からきくの大声が聞こえたような気がした。
履物を履いていると、頭の中に声が響く……。
──志乃 遠く行くの?
(あんたは元々この神社にあったものだもの、当然でしょ。もう私は星ノ宮の巫女じゃない。別れが寂しいなんて言う筈ないわよね?)
突き放すつもりで言った志乃は、半分は冗談のつもりだった。
──寂しい? 違う。まだ完全ではないから心残りだっただけ。でもこれで良かったのかもしれない。いづれ役目を果たす時が来るかもしれないし来ない事を願っている。その時までさようなら、志乃。
(!?)
驚いた志乃だったが、それきり何も聞こえなかった。
石段を降りると典甚が待っていた。そしていつもの様に星ノ宮神社へと帰る。普段と違うのは、志乃が巫女装束も簪も身に着けていないことだ。
代わりに着ていたのはちょっとした晴れ着の様な着物。行き交う百姓が必ず志乃へ振り返る程に目立っていた。
「はぁー綺麗にめかして。正月だからけ?」
「友人から文が届いて明日遊びに来るの」
「馬子にも衣装、だな。カッカッカ!」
それが功を奏したのか、いつもの気配は感じられない。暫く歩くも、結局神社まで誰の気配も無かった。
しかし二人が石段を上がり切ると、複数の影が神社の回りを囲んだ。
──五つ半(午後九時頃)の出来事……。
神社から少し離れた林の中、数人の男が集まっていた。
(どうだ? 巫女以外だれもいねぇか?)
(あぁ、いつもの坊主は居ねぇ。百姓も付近には居ねぇようだ)
(坊主と言えば昨日の坊さんみてぇな奴はこねぇのか?)
(あいつは沙汰を俺たちにくれただけ、そういう役目なんだと)
(神社の明かりも消えたようだ。ちと早いがおっぱじめるか?)
男たちは手に得物を隠し持つと、一人、また一人と星ノ宮神社の石段を上がっていく。辺りには猫の子一匹見当たらない。月は雲に隠れ、彼らの姿を消した。
一人が離れを覗くと、中で巫女が寝ていると合図する。
(やれ)
もう一人が戸の薄い
暗闇の中
……シュ───ッ!!
「っ!?」
立ち待ち志乃の布団に火が付き、大量の煙が噴き出す!
バターン!!
本殿の扉が勢いよく開かれ、境内に松明が投げ込まれた。
同時に槍や鉄砲を持った男たちが飛び出す!
典甚の姿も現れ、声を張り上げる!
「おめぇら動くんじゃねぇ!!!」
『ズラかれっ!!』
ズダ──ンッ!!
逃げようとしたが一人が足を撃たれる。
それと同時に石段から上がって来るいくつもの提灯!
「観念しやがれ! 裏山は鉄線だらけだ! おめぇら全員袋の鼠だ!!」
社の裏から逃げようとした見張りを、ここぞとばかりに立ち塞ぐ虎丸。
典甚に文をよこされ応援に来ていたのだ。
『ちっ!』
見張りは煙の出ている離れへと入った!
志乃を人質に
この時、何かに気づいた典甚が叫ぶ!!
「伏せろーっ!!!」
バアァァァァ───────────ン!!!!!
「ぎゃ!!」
「うぉぉ!?」
離れが大爆発を起こしたのだ!
爆風で破片が飛び、境内に白い煙が広がる!!
「ぐ……皆無事かっ!?」
「ごほっ……下手に動くなっ!」
(……ぐぅ! ……派手にやってくれやがって!)
立ち上ろうとした虎丸に、正面から火の塊が近づいてくる。
(なんだ…?)
それは段々と大きくなっていき、目の前にはっきり現れた!
「ヒヒヒヒヒ……ヒュー」
それは体が崩れ異形となり、炎に包まれた半妖人だったのだ。
恐れから硬直した虎丸へ抱き付かんばかりに襲い掛かる!
「……ひっ!」
「馬鹿野郎っ!!」
慌てて典甚は虎丸を庇う! 境内に再び爆音が鳴り響いた!
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