狙われた里 下章
狙われた里 下章 其ノ一
冬の
しかし、飛び出したイロハによって人間同士の争いに巻き込まれ、事態は思わぬ展開を見せる。
そこへ星ノ宮の志乃が現れたのだ!
本来ならば歓迎される筈が、非常にまずい状況で出くわした。
激しい競り合いの傷痕。
傷つき横たわっている虎丸。
赤の他人が見れば、どう見てもイロハたちが虎丸を襲ったようにしか見えない。
(やべー! 逃げた方がいいかも!)
(……この子が神社の……偶然? だってあの顔……)
浮足立つ春華に対して茜は一瞬驚いた後で、何故かぼーっと突っ立っている。
状況を知ってか知らずか、イロハの方は志乃を見るなり駆け寄った。
「志乃! きっと来ると思ってたべ! もう神社から出てダイジなんか?」
「イロハ、これはどういうこと? あの二人は? 何故一緒にいるの?」
「昔馴染みのあかねぇと春華。春華は知ってるべ? 三人でオンツァマァ退治に来たんだきと……えっと……」
どう説明していいかわからないイロハ。
志乃は倒れている虎丸を見つけると駆け寄り、手をかざす。傷の具合が分かったのか、服を脱がせると素早く処置を施した。その鮮やかな手際と不思議な光景に、皆は釘付けとなる。
「命には至らないわね……で、これは貴女たちがしたの?」
「な、何言ってんだ! オラたちはそんなことしねぇべ! さっき逃げてった人間がやったんだ!」
「人間? 誰も見なかったけれど?」
「!? そだわげねぇ!………志乃?」
立ち上りこちらを向く志乃、その表情には疑いも怒りも感じ取れない。
全くの無表情なのだ。
(志乃……だよな?)
いつもの志乃とは違い、魂の抜けた人形の様な印象を受け、戸惑うイロハ。
ここで今まで黙っていた茜が前に出た!
「あぁそうさ! これはあたしらがやったに決まってんだろ!」
「あ、あかねぇ!? なに言ってんだ!?」
「うわーん、馬鹿次郎! もう知らねー!!」
先程からイロハの影に隠れていた春華、どこかへ飛んで行って姿を消してしまった。構わずイロハを制止して狂言を続ける茜。
「お前、八潮の星ノ宮神社の巫女だな? 九尾の狐追っ払ったそうじゃん、何もかも全てお見通しだ!」
「私もよ。貴女天狗ね。だからと言って人間に危害を加えていい道理は無いわ」
「文句あんならかかってきなよ。天狗を他の妖怪と一緒に考えてんなら大間違いさ」
茜のこの一言で、一瞬志乃の表情が変わる。
「少しお仕置きが必要みたいね」
シャン!
「おい! 二人とも何やってんだよ! やめろ!!」
「止めても無駄、邪魔だよ」
慌ててイロハは二人の間に割って入ったが、既に両者臨戦態勢である。
「イロハ、下がってて。すぐ終わるわ」
「そうだね、すぐ終わらせてやるよ」
「やめろって言ってるだろ! 二人ともどうしちまったんだよ!?」
言い終わらないうちに、辺りは舞い上がった雪に覆われる。
ガキンッ! ガキンッ!
白い闇の中、金属同士激しくぶつかり合う音が鳴り響いた。こうなってしまっては決着がつくまで止まらない!
(二人とも一体何だってんだよ!?)
暫く音が鳴り響いた後、ぴたりと止んだ。
決着がついたのだろうか?
茜が雪煙から宙を舞って姿を現す……どうも様子がおかしい。苦虫を潰したような顔で静かに雪煙を仰ぐと、そこには平然と立っている志乃の姿が現れた。
「どうしたの? もう降参とか?」
「ちょっと待った!……本当に人間の巫女、だよな?」
「少なくとも天狗ではないわね」
「そう。それなら結構」
安堵の表情を浮かべた茜はひょいと間合いを取り、イロハの方へ近づくと寝ていた虎丸の槍を奪おうとした。
間髪入れずイロハが槍を掴む!
「あかねぇいい加減にしろ! これ以上戦うならオラが相手になるぞ!」
思わず言い返そうとして茜は口を
「やれやれ……わかったよ」
怒れるイロハの頭を軽く叩くと槍を奪って宙返り!
そのまま志乃の持っている錫杖の先端へ乗ってしまった!
(わかってねぇだろ!?)
自分の得物の先に乗られ、槍を突きつけられた志乃。
それでも尚、平然としている。
「大抵の人間はこれだけで腰ぬかすのに……この闇の中で人間がこれだけ動ける筈が無い。もう一度聞く、おまえ何者だ?」
「降参すれば教えてあげてもいいわ」
挑発を受けて、茜は槍を真上に投げた!
槍に気を取られた志乃に不意打ちをかける!
また始まってしまった。
志乃は咄嗟に錫杖を離し、茜の蹴りをかわすと後ろに回り込んだ。人間とは思えない、余りにもの素早い動きに茜は肝を冷やす。まるで自分をすり抜けていったような感覚に囚われた。
「前にも言ったでしょ? 相手をよく観察しながら手を打たないと」
「!?」
ヒュッ!
バサッ! バキバキッ!
鉄扇で作ったかまいたちが志乃を襲うもかわされ、後ろにあった木の枝が切り落とされる。
茜の後ろから再び声が!
「今の状況もよく考えないと。ここで大技を出したら近くで雪崩が起こるわ」
(何なんだこいつ!? あたしを知った風な口ききやがって!?)
ガキン! ガキン!
ジャッ!
ここで茜は鉄扇を全開に広げ、自分の姿を相手から隠す。数歩下がると真上から降ってきた槍に持ち替え、素早い渾身の突き!
視界を
(とったっ!!)
絶対に届くと確信した一撃!
しかし手ごたえがまるで無い!
槍の矛先は志乃の顔のすぐ横を抜けていた。
(!! こいつまさかっ!!)
「……今のはちょっと驚いたわ」
志乃は言葉とは裏腹に、まだまだ余裕そうな笑みを浮かべた。
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