星ノ巫女番外編 白狗二匹


「正直驚いたぞ、お前がそこまで考えていたとはな。……そして一族の仕来りを嫌っていたことも、な」


「……」


「ずっと俺に付いてきたお前だったが中々腹の内を見せなんだ。フフッ、いつかお前に闇討ちでもされる日が来るのでは、と思っていたぞ」


「冗談は止せ、俺は真面目だ」

「分っている……そろそろ頃合いだな。お前とおかよに話そうと思っていた」



 蒼牙、月光の狛狗二匹は、真っ白く塗られた斜面を駆け下っていく。目の前に深い渓谷が現れ、蒼牙は立ち止まるとこう言い放った。


「俺はもう時期死ぬだろう。だが俺は今の考えを死ぬまで曲げるつもりは無い。狛狗として生き、狛狗として死ぬ」


 途端、蒼牙は斜面を走り出し、渓谷を飛び越えていた!


 月光と蒼牙は深い溝に隔てられる。

 まるで二匹の心を暗示しているかのように……。


 だが月光はすかさず飛び越えるべく、体勢を低くすると思い切り地を蹴る!


ヒョォォォ──ッ!!!


 突風だ!!

 容赦なく月光の体を強風が吹き付ける!



 ザサッ!


 だが月光はこれをうまく利用し更に高く飛ぶと、体をひねり蒼牙が立っている場所より奥へと着地した。



「叔父御! それで満足か!? 後悔は無いのか!?」


「無い訳では無い。だが俺が選んだ運命、俺の選んだ生き方だ。お前やイロハに生き方があるように、これが不器用な俺の選んだ意地だ」


 自分の選んだ意地。


 蒼牙は月光が生まれた頃、既に一族の長であった。当初から皆の信頼も厚く、申し分ない実力の持ち主だった。

 だが、思えばそれだけ辛く苦しい境遇に立たされてきた結果からの事だったのだろう。一族の仕来りに潰されず、今日の蒼牙があるのは、蒼牙自身の「意地」によるものなのだ。


 時代も境遇も違えど、歴代の長に恥じぬ生き方を貫く意地。



「……俺は自分の意地をお前たちに付き合わせるつもりは無い。俺はもう時期死ぬ。死者が生ある者に口出しする道理など無い。俺が俺の生き方を貫くように、お前たちはお前たちの生き方を貫けばいい」


「勝手な! 皆、路頭に迷うだけだ! 何故叔父御の口からそれを言わぬ!?」



「甘ったれるなっ!!」




 蒼牙の咆哮に空気がビリビリと振動し、一瞬風が止まった気すらした。

 一喝に圧倒された月光は吹き飛ばされそうな勢いに堪える。


 暫く対峙していた両者。

 辺りが再び風に包まれると、くるりと向きを変え蒼牙は歩き出した。


「これはお前たちに残す試練だ。恐らく最も過酷で残酷なものやもしれぬ」


「……」


「……許せ」


ビュオォォォォ─────……


 一陣の吹雪に包まれ、蒼牙は去っていった。月光はその場に止まり、じっと前を向いて立ち尽くしていた。



(……試練だと? 俺やイロハや皆に対する暴挙でしかない!)


 向きを変え、蒼牙とは反対側へと歩き出す。


(そこまで言い切るなら俺も勝手にやらせて貰うだけだ! 死人に口無しだと?誰であろうが何も言わせるものか! 地獄へ行っても、例え何者であろうともな!)



星ノ巫女番外編  ─白狗はっく二匹にひき─  完

化ノ国物語  ─蒼牙と月光─ より

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