狙われた里 下章 其ノ二
二人の戦いを、ただ
(すげぇ……天狗のあかねぇが手も足も出ない……本当に志乃なのか?)
「何だあいつら? 何で遊んでんだ?」
そこへ春華が戻ってきた。
「遊んでる?」
「遊んでんだろー。全然殺気ないし」
言われてみれば確かに殺気が感じられない。必死に鉄扇を振る茜はともかく、志乃の方は殆ど手を出していないのだ。そして両者とも術や法力を使えばよいものを、錫杖と鉄扇で戦っていた。
見方によっては二人で演舞を行っているようにも感じられ、遊びの様にも見えなくもない。
「ぜぃ……ぜぃ……このぉ……」
遂に茜に疲れが見え始め、その場に腕を組んで座り込んでしまう。
「あーもうもうもうっ! 降参だ、こうさんっ!」
「うわっ、茜の奴負けちゃったぞ」
「ふふっ、茜ちゃんもまだまだね」
そう言って志乃はくるりと回るとたちまち姿を変える。
被り物をとると、そこには見知った顔が現れたではないか!
「はい、私でした~♪」
「さ、さくら姐さんっ!?」
「え───っ!?」
志乃の正体は旅の幽霊、さくらだったのだ。
「ひどいよ姐さん! 幽体殴っても当たるわけないじゃん!」
「茜ちゃんとっても必死だったし、それと相変わらず悪戯してたでしょ? 嘘ついてまで喧嘩吹っ掛けるなんて、そのお仕置きよ」
「さくら今までどこにいたんだ? 探してもどこにも居ないし!」
「ねぇちゃんどうして志乃に化けてたんだ!?」
春華とイロハも駆け寄り、さくらを問答攻めにする。
皆、さくらとは顔見知りだった。
「えと、大切な用事があってね。今日はそう、志乃ちゃんに頼まれて来たの。山の方が騒がしいけど行けないから代わりに、ってね。それで、山の主の噂を流したのは誰なのかしら?」
イロハと茜は春華の方を向く。
「あ、あちしじゃないぞ! 嘘こいたのに態々探しに来るわけないだろっ!!」
「そう。じゃあ一体誰が……」
『あ、あ──────っ!!!』
叫び声にその場の全員が振り向く。
見ると目を覚ました虎丸が天を指さし仰天していた。
そして皆、『それ』を見た。
「……嘘……み、見ちゃった……」
(みんな静かに! 絶対に向こうに勘付かれないで!)
(これが……山のオンツァマァ……)
(で……で………でか……)
「あ……ああ……あ…………」
皆が天を見上げる中、茜は我に返ると素早く虎丸に粉をかける。
「ここでの記憶も消させて貰うよ。人間が見ちゃいけない世界もあるんだよ」
再び静かになった虎丸は、また眠ってしまった。
闇夜に天へと伸びる二本の真っ白な柱。それは、とてつもなく巨大な何者かの足だとわかった。
やがて黒い雲が二つに割れ、中から巨大な顔らしき物が現れた。
「ひぎぃっ!」
慌てて春華の口を覆うイロハも血の気を変え、震えている。茜は冷や汗を垂らしながらじっと天を睨んでいた。
地上をじろりと見渡した巨大な顔は、再び雲へと隠れる。
すると空を覆っていた黒い雲が、徐々に散れてゆくではないか。やがて星空が見え始めると、天へと伸びる白い影はすぅっと姿を消した……。
「行ってしまったようね……」
「はぁ~~~~……」
緊張が解かれ、一同どっとその場に座り込んだ。
「でっかかったなぁ! あんなの初めてみたぞ!」
「……いやぁ眼福眼福! まさかこの目で見れる日が来るなんてさ!」
「どうすんだよ……あんなのにどうやって勝つんだよ!?」
不安げにうろたえるイロハに茜は笑って答えた。
「違う違う、あれ妖怪じゃないから。『天と地の間に住まう者』ってやつ」
「
さくらが答えると茜は頷いた。
「あっちの人らは普段こっちに何の興味もない筈だからね。たまたまこっちの様子がおかしい事に気が付いて姿現したってとこじゃないかな。しかし高ヶ原に異界の門があったなんて……やっぱり山って不思議だよなぁ……」
「オンツァマァの騒ぎもあれの見間違いってことけ?」
「大気も不安定だし、他に見ていた人間がいたかもしれないな」
「何だオンツァマァは嘘っぱちかよ! ぶっとばしたかったけど居ないんじゃしょうがないな!」
「じゃあ春ちゃん、さっきの天下人また出て来たら挑んでみる?」
「……可哀想だからぶっとばさない! いい奴っぽかったしな!」
春華の言葉に皆、大声で笑うのだった。
「よし、これで志乃ちゃんに報告できるわ。この人間は茜ちゃん、お願いね」
「まぁ姐さんの頼みなら……」
麓へ虎丸を送り届けようというのだ。
「そこの貴方も御一緒にいかが?」
不意にさくらが誰も居ない方を向く。
一瞬何かが動く気配、すぐに消えた。
「こいつを襲った坊主だ! まだ居たのか!」
「今まで気配無かったのに!? ずっとこっちさ見てたんか!?」
すぐに後を追おうとするも、さくらが止める。
触らぬ神に、ということだろう。
「そうだ! 思い出してよかった! 姐さん、例の物渡すの忘れてたよ! 今持ってないしさ、渡すついでにこれから一杯飲まない?」
「ごめんね、すぐ戻らないと。後で星ノ宮神社に持ってきて、志乃ちゃんに預けてくれないかしら? 私、また旅に出ないといけないの」
「そんな! ちょっとくらいいいじゃん!」
「やだっ! さくらどこへも行くなよ!!」
手を引っ張って引き留める春華は頭を撫でられた。
「いい子にしてればまた会えるわ。春ちゃんも神社にいらっしゃいよ。はい、イロハちゃんにはこれ」
イロハは錫杖を渡された。志乃の錫杖だ。
「これで神社へ行く口実ができるでしょ?」
「あ、そっか! うん!」
「志乃ちゃんごっこ、楽しかったわ。みんな元気でね」
さくらの姿が段々と消えてゆく……。
「姐さん! また会えるよね!?」
「やだやだやだーさくらの馬鹿ー! 巫女んとこなんか行かねー! うわーん!」
「さくらねぇちゃん……」
三人に惜しまれながら、さくらはその姿を完全に消した。
「うわーん! さくらー!!」
「あ、おい ……まったくあいつときたら。さて一仕事終わして帰りますか、と」
「待てよあかねぇ」
茜の前にイロハが立ちふさがる。きっと志乃に無理矢理戦いを挑んだことを怒っているのだ。
「本物の志乃だったらどうしたんだ! なんであだこどした!」
「星ノ宮の巫女がどれだけ強いか知りたかっただけさ」
「嘘だ! それだけじゃねえべ!?」
これは適当にはぐらかしても無駄だと悟った茜。少し物思いにふけると正直に話す。
「……だってさ、なんか悔しいじゃん。あたしなんか態々人間やめて故郷も離れて、何百年も修業したんだよ? それがポッと出てきた人間の娘の噂で持ちきりになってみなよ………あたしの立場が無いじゃん」
「いやそれは……志乃が悪い訳じゃなかんべよ」
「そういう問題じゃないっての!」
(何でオラが怒られてんだ?)
ぶつぶつと文句を言いながら茜は虎丸の槍を拾い上げる。虎丸は薬が効いていて暫く寝ていることだろう。天狗御用達である忘却藥の効能で、山での出来事は全てさっぱりと忘れる筈だ。
しかし、怪我を負った虎丸をこっそり麓に帰しても、本人も他の人間も不審に思うだろう。下手に騒がれると他の天狗や妖怪から
「そうだな……よし、いいこと思いついたぞ!」
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