白昼蝶夢の章 急
──その日の朝方、イロハが珠妃に騙され神社から出てきたところまで遡る。
弁天入りの森の中、一人歩くイロハの前に、待ち構えていた珠妃が姿を現す。袖に隠していた子狐を放り出した。
「もうよい、お前たちよく気配を殺せた。あんな乞食坊主でもうまくやり過ごせるとは上出来じゃ」
褒めてやると子狐たちは嬉しそうに飛び跳ねる。
「うわ!? 珠妃いたんけ!?」
「妾はずっとお前と一緒であったぞ。呆れたものじゃ、気がつかなったのかえ」
「ぐ……それにしても典爺、あそこで何してんたんだべ」
「知らぬ。腹でも痛めて不浄でもしておったのだろ。さぁ那須野に帰るぞ、ここなら雲の上まで飛べよう」
「う……ん……」
名残惜しそうなイロハを急かし、自分も宙へ飛び上がる珠妃。
横目でチラリと星ノ宮の社を見た。
(あの乞食坊主、さくらの気配には気が付いて見張って居ったな。まぁ、どうなろうと妾の知ったことではないが)
もうこの神社に来ることは無いし、さくらに会う事も無い。いざこざが起き坊主一人死ぬのならそれはそれで結構。そうあっさり割り切り、珠妃は天へ昇って行った。
それから更に半刻後、志乃が準備をしていると
──志乃 神社 誰か来てた
いつもの声が頭に響いてくる。
(役立たず! 結界張ったってあんたがいないと意味ないでしょ!)
いつも肝心な時に居ない何者かに対し、憤りを覚える志乃。
──志乃 出かける 危ない
(どういうこと?)
──さくら 前より変 さくら 幽霊じゃない
(幽霊じゃなければ何だというのよ?)
──わからない
(……呆れた。結局何も分らないんじゃない)
そこにトラが帰ってきた。
「なんじゃ志乃、ぼーっとして。今からどこか行くのか?」
「さくらと一緒にその辺を散歩、かな」
「さくら?」
聞き慣れない名に首をかしげると、石段の下から志乃を呼ぶ声。
「あ、来たみたい。一人旅の名人だそうよ。じゃ、行ってくるわね」
「うむ?」
見送ろうと一緒に石段を下りるトラ。志乃は途中まで小走りしたかと思ったら、急に立ち止まりつっ立っている。そして急にこちらを向いたかと思うと、手を振って歩いて行ってしまった。
(……何しとるんじゃ志乃は)
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