白昼蝶夢の章 其ノ九「尾裂」


 目の覚めたイロハは辺りの明るさに目が眩む。


『ようやくお目覚めかえ?』


「その声! 珠妃!?」

「妾の膝の上で寝るとは豪胆よのうイロハ」

「う、うわっ!」


 慌てて飛び起きると、ここが宮廷の中庭だったのがわかった。

「おかしな奴じゃ。妾の城に妾が居て何を驚く?」

(か、刀は?!)


 首切刃がどこにもない!


「あの忌々しい刀ならほれ、そこじゃ」


 見ると宮廷の廊下に首切刃は転がっていた。捨ててこようとした珠妃だが、触れること敵わずにそのまま放り出し諦めたのだろう。怒って取りに行くイロハを見ながら煙管を吹かすと、珠妃はころころと笑った。


「お瀧はどうした!」

「誰だえ?」

「しらばっくれるな! おめぇの体の持ち主だ!」


「……ふふっ! ひゃっはっはっは───っ!」

「な、何がおかしい!」


 刀を手に掛け怒るイロハを見て、珠妃は更に腹を抱えて笑い出す。

「……くっひひひっ! ……まだまだ青いのぅイロハ、こういうのはどうじゃ? 妾が『お瀧』という人間に化けて、お前を騙しここへ連れてきた。お前が妾を裏切り切り捨てるかどうか試した、としたら?」


「?! な、何言ってんだ!」

「イロハはこう言いたいのだろう? 妾の体の持ち主だった人間がまだ生きていて、助けを求めてここへ連れてきた、と。何か証拠はあるのかぇ?」


 証拠ならある! お瀧から預かった文!

 懐に手をやると確かにあった!


「これだ! これが証拠だ!」

「ほう……なんとある?」

 勿論、陰陽師に宛てたお瀧の文。確信して封書をあけると枯葉が数枚入っていた。


「ひゃはははっ!! だから始め申したであろう?『うちが珠妃なんよ』とな。ははははっ!!!」

「………」


 ……何という事だ!

 自分は始めから騙されていて、珠妃の手中だったのか?!


「ふふふ……そんな顔をするな。妾に見限られその首落とされるよりかは良しとせよ……さて、妾は冬眠せねば。もうここには来れぬ、今日のことは忘れよ」

「誰が来るもんか! おめぇなんか大嫌いだ!!」


 散々馬鹿にされたイロハは、格好がつかず斬りかかる気も起きない。きびすを返し、廊下をずかずかと帰って行った。


 イロハが戸を開けると、そこは人家の中ではなく見覚えのある山の中だった。


(オラの屋敷の近くだ……)


 振り向くともう何もない。辺りに人の気配は無く静かで、今まで珠妃に化かされていたことさえ嘘のように感じられる。

 いや、化かされるというのはこういうものなのかもしれないが……。


(オラは珠妃に化かされていただけなのか? お瀧なんていなかったのか……?)


 今となっては何の役にも立たない空の封書をじっと見る。


(いや、確かにお瀧には会った。珠妃はお瀧のことを隠したくて嘘言ってんだ!)


 幻のように消えてしまった出来事を確信するイロハ。そう、お瀧は実在して自分に救いを求めてきた。珠妃が身の危険を冒してまでイロハを試そうとするだろうか?


(もしあん時、オラがお瀧を斬っていたら……どうなったんだろう?)


 イロハの前に現れた謎の幻、お瀧を斬っていても決しておかしくはない状況だった。


 珠妃の息の根を止め、九尾の伝説に終止符が打てただろうか。裏切ったと見切り付けられ、珠妃に殺されていただろうか。罪なき人間の命を奪ったことにより、自分は狂ってしまっただろうか?


 今は全て過ぎ去った後、できることならもうあんな思いはしたくない……。


 首切刃の鯉口を抜き、その刃を見る。

 自分はまたこの刀と友に救われたのだ。


 イロハは目を細め八潮の方へ視線を送っていたが、やがて水倉屋敷の門をくぐり、長かった一日を終えるのであった。



 星ノ巫女 白昼蝶夢の章『尾裂おさき』  完

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