白面九尾の復活 下章 其ノ四


 九尾の狐「珠妃」が去って間もなく、剣岳に大勢の天狗が押し寄せた。春華が呼びに行ってから大分時間が経ってからの到着である。

 天狗たちは付近の妖怪と協力し珠妃追跡を試みる。しかし手掛かりはまるで無く、殺生石の付近で人間の死体を発見したのみに止まった。

 それよりも問題視されたのは珠妃を逃がしたあさぎのことである。天狗たちは以前からあさぎの存在を知っていたかのようだったが、月光らから詳しい話を聞くと発見しても絶対に近づかないことなどを確認しあった。天狗のみに非ず、ケノ国の妖怪は皆あさぎを危険視しているらしい。


 那須野の妖怪はその日のうちに緊急会議を開き、九尾の狐復活の件について会議を開いた。出席したのは那須野の名だたる妖の長、山の主、珠妃と直接関わった蒼牙、月光、そしてトラも出席した。余りにも急だったので集まらない者もおり、最重要参考人であるイロハは全身傷だらけということもあり呼び出されることは無かった。

 今後のケノ国を左右する事態でもあり議論は白熱を極めた。様々な声が上がる中、結局は最初に那須野の妖怪が決めた「監視に徹し、見つけても事を荒立てぬこと」ということで落ち着いた。


 次に水倉家、イロハの処罰について議論された。蒼牙は己が償おうと切腹を申し出たが、誰一人賛成する者は出なかった。蒼牙の堅物ぶりは誰もがよく知っており、「早まるな」というより誰にも相手にされなかったのだ。

 蒼牙はそれに気が付き、自らを恥じて何も言えなくなってしまう。


 そんな蒼牙を見てか、鶴の一声を上げたのは議長の大天狗光丸坊である。


「今回の水倉への処遇だが、まず新たに当主となった水倉イロハ。情けをかけ勝手に九尾の狐と和解した件は誠に大事おおごとである。しかしながら大妖怪相手に犠牲を出さず、那須野の蛮族「邪頭衆」を壊滅状態にした功績は極めて大きい。いくつか条件はつけるものの不問とするというのはいかがか?」


 当人不在の中、ほぼ満場一致でイロハの行動は不問となった。


 そして蒼牙についてだが、あっけなく九尾に捕らえられイロハの行動を止めることができなかったことを問われる。殺生石の監視役として不心得であるという声が出、暫く屋敷で謹慎処分とされた。

 ……まぁそれは表向きで、本当は病弱な蒼牙を思ってのことだったのだろう。

 こうして行われた緊急会議は後日また開かれることを確認し、一時閉鎖となったのだった。



 那須野の黄昏時、赤とんぼが飛び交う屋敷へと蒼牙たちは帰還した。寝ていた筈の御館様が、何故か外から帰ってきたので不思議そうな顔で出迎える部下の山狗たち。その顔が更に蒼牙を落ち込ませた。


 自室に戻ると座布団に座り、大きなため息を漏らす。


「まるで良いところが無かったな蒼牙よ。こういう日もある、そう落ち込むな」

「……処分を言い渡された時『堅物の病人はふらふらせず大人しくしてろ』そう皆から言われているような気がした……。正直、みじめな気持ちで一杯だ」


 折角数十年ぶりに再会した盟友が目の前でしょげており、どうしたものかと思いながらもトラは酒を勧めた。


「その堅物のおかげでワシの里は救われ、今こうして酒を酌み交わせる」

「……もう大分昔の話だ、私も若かった。わざわざ危険をおかしてまで恩を返しに来て頂いた事、逆に申し訳ない気持ちで居る」


 そう言いつつ恥ずかしそうに頭をかいた。


「大分昔……いや、違うだろう。お主は二度も那珂の里を救ったではないか」

「……え?」


 ここで蒼牙は改めてイロハが里を下り、何をしてきたか聞かされることとなる。


 始めは驚き、そんな馬鹿なと聞いていたが、成長していた娘に素直に喜び、自分がいかにイロハを見ていなかったかを思い知らされた。


「……そうか、イロハが……」

「立派な娘を持ったな蒼牙、正直お主がうらやましい。きっとイロハの母もあの世で満足しているだろう」

「それについてだがトラ殿、是非知って貰いたい事がある」



「立派なお屋敷ね……」


 一人客間で待たされていた志乃はそう呟いた。

 あれから志乃はすぐ山を降り麓の里へ向かおうとしたが、蒼牙の勧めもあり水倉家で一泊することとなったのだ。


(人間のたたずまいと変わらない……もしかして以前人間が?)


 木の匂いがする部屋を見渡しそんなことを考える志乃。出されたお茶に口をつけると廊下から足音が聞こえた。


ドタドタドタッ! ガラッ!


「志乃っ!」

「……なにその格好?!」


 イロハを見るなりお茶を吹きそうになる。麻でできた衣を着たイロハは、ほぼ全身包帯だらけだった。


「おかよは心配性なんだよなぁ。大したことねぇっていってんのに」

「ほだごど言っても早ぐ治してもらわねど。イロハさんは今日から水倉家の御当主様なんですから」


 イロハに続いて恰幅かっぷくのいい人間の女性が現れた。

 一目おかよの格好を見るなり驚く志乃。


「その巫女装束……!」


 最初おかよを見た時は普通の着物を着ていた筈だった。しかし今は志乃もよく見覚えのある衣装を身に着けている。


「ほです。この装束は小幡様から頂いたものです」

「まさか…おかよさんが先代の巫女……?」


「ほんじゃ、順に話さして貰いますかね」


 そう言うと志乃の前に正座する。

 イロハも志乃の隣にちょこんと座った。


「まずはイロハさん……よぐぞ、よぐぞ儀式を乗り越えでくださいました。オラ九尾の狐が出たとか聞いだ時はもう駄目がど……」

「その話はもういいってば!」


 涙ぐむおかよにイロハはうんざり気味である。屋敷の前に着いた時、イロハへ真っ先に抱きつきわんわん泣いていたっけ。


(まるで親子みたい。きっとこの人にイロハは育てられたのね)


 山狗の中に人間が居たことに驚いた志乃だが、それよりここまで心配してくれる者が居るということが羨ましかった。


「ほんでもこうして帰ってきて……この日が来るのをどんなに待ったが………イロハさん、今からオラの話すことはイロハさんが当主になられてから話すべと思ってだこどです。そしてこれは志乃さん、貴女にも関係のあるごどです」


「え?」

「私に?」


 思わず二人は顔を見合わせた。志乃にも関係のある話とは一体?


 背筋を伸ばし、改めて姿勢を正すとおかよは真剣な顔でこう言った。


「イロハさんの母上様……莉緒りお様は元星ノ宮神社の巫女で、今もどこかで生きてらっしゃいます!」

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