白面九尾の復活 中章 其ノ七


 珠妃は左手で志乃の投げた小刀を掴んだのだった。しかし、現れた乱入者とは別の方向を見ている珠妃。先程から何者かに見られているような気がしてならないのだ。


「イロハ!」

(志乃!? それにトラ!! どうしてここに!?)


 数ヶ月ぶりの友との再会。しかし今はそれを喜んでいるわけにはいかない。このままでは志乃たちまで巻き込まれてしまう。

 一瞬躊躇ためらったが珠妃を放って志乃たちの方へ駆け寄る。だが側へは寄らず再び珠妃に刀を構え、片手で志乃たちを制止した。


「どうしたのイロハ?!」

「イロハ! 今は逃げろ!」

(来ちゃ駄目だ! コイツは恐ろしく危険なんだ!!)


 声を大にして叫びたかった。だがイロハは叫ばない、叫んでは全てが終わってしまう気がした。ここで叫んでも何もならないことに気がついた。

 どういう経緯かわからないが二人は自分を助けに来たのだろう。


 でも、でもこいつは!

 目の前の妖怪は……!


 ようやく珠妃がこちらを向いた。


「ん? 仲間が来たか? ほう、風の精の次は化け猫に、人間?… …随分と仲間がいるではないかイロハよ」


 そう言って、なんと掴んでいた小刀を片手で握りつぶした。

 まるで木の枝のように折れ、粉々になる志乃の小刀。


「……何という力だ! イロハ、ここはワシに任せて志乃と逃げるのだ!」

「そうはさせぬ。 こっちにはこれがあるんだからねぇ」


 蒼牙の入った丸い球体を呼び寄せる。結界の中で蒼牙は死んだように狛狗の姿で横たわっていた。


「蒼牙!? ……貴様ぁぁぁぁ!!」

「安心おし、今は寝ておるだけじゃ。お前たちが逃げなければのぅ」

「外道が!」


(まずいわ……けど逃げられないなら時間を稼がないと!)


 志乃は一歩前に出ると珠妃に喋りかけた。


「貴女、九尾の狐『玉藻前たまものまえ』ね?」

「よう知っとるのう人間の娘。いかにも妾は九尾。大陸でいくつもの国をむさぼり尽した妖狐也」

「眠りに着いた筈の妖が何故こうしてここにいる?! 貴女の目的は何!?」


 錫杖を珠妃に向けて問い詰める志乃!


「それはまだ妾にもわからぬ」

「……はぁ?」

「呼び起こした者共は、この通り死んでしまったからのぅ」


 瀬吐せとの死骸を指差しそう答えた。見るとあたりに他の野狗の死骸もたくさんあり、トラは思わず顔をしかめた。


「狗共がお前を呼び起こしたというのか?!」

「大方妾の力を利用し、縄張りを増やす目論みでもあったのじゃろ。詰まらぬので殺してやったわ」

「狗が貴女を呼び覚ました……ふぅん、それだけかしら?」

「どういう意味じゃ?」


 志乃は挑発するかのように、まるで珠妃が嘘を言っているかのような態度をとる。


(志乃?! だめだ!こいつを怒らしちゃ!)

(ここは志乃に任せよう。何か考えてるのかも知れぬ)


 焦るイロハにトラは小声で囁く。


「貴女、人間を喰らったわね? その姿が何よりの証! 縄張りを増やしたかったのは貴女の方じゃないの?」

「……」


 妖怪は喰らった人間の姿に変えることがある。事実とは異なったが、珠妃はあえて否定しなかった。


「人間を殺せば人間が動く! 起こされても大人しく石に戻れば良かったものをっ! お前はまた罪を重ねてしまったのよ!」

「……賢しいな小娘、妾を怒らせて楽しいかえ? お前も同じように生きたままはらわたむさぼられたいか?!」

「やって御覧なさいよ! 私を殺せばケノ国中の社中が動く、寺社奉行や幕府も黙っていないわ! 九尾の狐討伐に日ノ本中の人間があんたを殺しに来る! ……それにね、さっき風の精を使いに寄越したの。時期にここへ他の妖怪が集まってくる! お前の負けよ!」


 錫杖しゃくじょうを突きつけ、まくし立てる志乃!

 立場で珠妃に優位に立った!

 

 すると眉間にしわを寄せ、睨みつけていた珠妃が不意に笑い出す。


「ふ、あははははは!!」

「何かおかしい?」

「あははは! ……威勢がよいのぅ娘。口は達者じゃが手は震えておるぞ?」

「っ!」


 珠妃の言う通り志乃の錫杖を持つ手は震え、冷や汗をかいていた。


「虚勢を張っても死ぬのは怖かろう? 恐ろしかろう? ・・・まあよい、今度は妾からそちに聞こうぞ……。何故なにゆえ人間が我ら妖に関わる? 妾はイロハと話をしておったのじゃ」

「何が言いたいの?」

「先程も言った通り、妾は顕界けんかい(この世のこと)で生きていく目的が欲しい。そこでイロハに妾の片腕になるよう話しておったのじゃ。だが継承の儀とやらで一言も喋らぬ、そちからも言ってはくれぬか?」

「継承の儀?」


 イロハは黙って刀を構えている。イロハの中で継承の儀はまだ続いていた。終わるまで、継承の証である刀を手にするまで喋らない。傷だらけの背中がそう語っており、その言葉をトラがんだ。


「様子がおかしいと思ったらそういうことだったか。だが残念だったな九尾の狐とやらよ! 水倉みなくらの狛狗は貴様などに手は貸さん! 大人しく眠りに着くがいい!」

「どやつも話にならぬ。ならば骸となり聞かせるまでじゃ!」


 珠妃の体がゆっくりと宙に浮く。

 ゆらゆらと九本の尻尾を揺らめかせながら逆五方星の印を切った!


「ここまでみたいね、私はやれるとこまでやるつもり! 二人は逃げて頂戴」

「お主が逃げぬならワシも逃げぬわ!」

(……)


 三人は逃げず、戦いの構えを見せる。


「……今一度蘇れ愚者共……皆仲良く死ぬが良い!」


 珠妃の切った印が光の珠となり、地面に散らばった!

 すると転がっていた野狗の死体が立ち上がり始めたではないか!


グルルルゥゥゥ…

グゥワゥ……


 口から涎を垂らし赤い目を光らせながら、ある者は斬られた腹から臓物を垂らしながら一斉に志乃たちの方を向く!


(ぐっ…!)

「二人とも下がって、試したい術があるの」


 志乃は護符の束を取り出すと、念を込め始めた。


「ふふ、やれ!」


ガァァァァァ!!!


 十数匹の邪頭衆の死体が志乃の方へ飛び掛っていった!

 それを見て志乃が護符を投げる!

 投げられた護符は宙に浮き静止した!


「怨霊封印!」


 叫んだかと思うと一人でに護符が野狗たち目掛けて飛んでいった!

 まるで生きているかの如く、護符は一匹一匹に張り付く。

 走ってきた野狗たちの動きが止まった!


「浄化!」


シャン!


バタッ! ドサッ!


 一斉にその場に倒れ始める。

 邪頭衆は再び動かない屍となった。


「よし、我ながらうまくできたわ」


 見さらし入道の一件以来、志乃は死霊や怨霊との戦いを研究していたのだった。

典甚てんじんから参考になりそうな書物を借り、自分なりの術を編み出していたわけだったが実戦で使用したのはこれが初めてだ。


「志乃!!」


 トラが叫んだ頃にはイロハが飛び上がっていた!


ズバッ! ボトッ


 落ちてきたのは野狗の首!

 首を刎ねられた瀬吐が宙を舞い志乃を狙っていたのだった。


「ありがと、イロハ」


 礼を言う志乃に無言で答えるイロハ。離れ離れになっていた二人の時間が

戦いを通し再び動き始めた。


 そうだ、どんなに辛い戦いでも今は仲間が居る。

 心強い友が居る!


 その様子を見て珠妃が嫉妬の様なものを覚える。


「……ならばこれはどうじゃ?!」


 大きく後ろに飛び、石化した邪頭兄弟の後ろへ下がる。

 なんと石となった邪頭兄弟が目を赤く光らせ動き出したではないか!


ゴリ ゴリ ゴリ……


「石像が?! あいつ何でも動かせるの?!」

(くそっ! あれじゃ刀でも斬れねぇ!)


シャン! シャン! シャン!


 志乃は錫杖を鳴らし動きを封じようとする。

 しかしまるで効果が無い!

 その様子を斜面の上のほうから眺めニヤニヤする珠妃。


「無駄じゃ! そんなものこけおどしにもならぬわ! それともその小槍にある笛でも吹いて試してみるかぇ?」

「?!」


 志乃は内心飛び上がるほど驚いた!

 自分の錫杖の仕込みを知っている?!


 いや、そんな筈は無い。では錫杖を一目見て見抜いたとでも言うのか? もしそうだとしたら恐ろしいまでの洞察力である!


「吹かれたらワシが敵わぬ。ここは任せておけ」


 トラは前に出ると二本足で立ち、迫ってくる邪頭兄弟を迎えた。


ドゴ!ドゴ!ドゴ!


 斜面を走ってくる三体の石狗!

 先頭の紅蓮ぐれんが牙を剥いた!


「せいっ!」


 トラが前足の鉄拳を落とす!

 紅蓮はそれを受け横倒しになるが、残りの二体が肩に噛み付いた!


「ぐぁぁぁ! ぬぉぉぉぉぉ!!!」

「!!」

「トラ!!」


「せぃやぁっ!!」


 一体を振り払うと、何とトラはもう一体の凶雲きょううんを高々と持ち上げたのだ!

 そして死昏しぐれに投げつける!


バカッ!!!


 ぶつかった二体は粉々に砕け散った!

 どうやら一度倒れるとなかなか起き上がれないようだ。すかさず起き上がろうとしていた紅蓮を捕まえる。そして再び持ち上げると、珠妃目掛けてぶん投げた!!


「そぉぉらぁぁ! 釣銭だ!」


キン!


 石となった紅蓮が珠妃の目の前で止まる。まるで見えない壁にさえぎられたかのように静止すると、バラバラとなり地面に落ちた!


ゴトゴトッ!

ゴトッ ゴトッ……!


「凄まじい怪力振りよ猫又。どこぞの山の主か?」

那珂なか邪々虎じゃじゃとらとはワシのことよ! 見知りおけ!」


(す、すげぇ!)

「大丈夫!?」

「なぁにかすり傷よ」


 噛み付かれた傷を叩いて見せたトラが心強く思えた。


(もしかしたら、この三人なら勝てんじゃ……)


 そう思いかけて考えを振り払うイロハ。


 余計なことは考えるな!

 今は目の前のことだけに集中しろ!

 ともかく今は、志乃の考えに賭けるしかない!

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