白面九尾の復活 中章 其ノ六


「いやぁぁぁぁああぁああ──!!!」


 イロハの刀が珠妃たまきの脇腹に振り払われた。

 脇腹を斬られ珠妃が悲鳴を上げる!


 しかし何かがおかしい、振り払った刃が途中で止められてしまったのだ!


 ハッと我に返り珠妃の顔を見る。

 すると激痛に苦しむ筈の顔が笑っているではないか!


「ああぁぁぁはははははははっ!! ……なぁんてねぇ」


 珠妃は脇腹に振り払われた刀を素手で掴んでいた。刀をそのまま掴み上げ、イロハの腕をねじり奪い取ってしまった。更に珠妃は宙返りをして距離を置く。


「ふふふ、そんな不意打ちがわらわに通じると思うたか? だまし討ちなんてするんだねぇ。おぉ恐ろしい子」


 そう言いながら今度は奪った刀に噛み付き折ろうとする。しかし、想像以上に硬いイロハの刀。珠妃の力をもってしても折ることができない。


「!!」

「……何て硬さじゃ! 一体何でできておる?」


 まじまじとイロハの刀を見る。今まで珠妃は幾度と無く刀を持った相手と対峙し、何本もの刀を折ってきたがこんなことは初めてである。


(こいつめっ!!)


 母の形見の刀を奪い取られ、怒りに身を任せ珠妃に飛び掛る。

 しかし珠妃はそれを待っていたかのようにひらりとかわす!


「あはは! こっちじゃ」

(このっ!!)

「ほらほら!」

(くそっ!)


 顔を真っ赤にして刀を取り返そうと向かってくるイロハに対し、ひらりひらりと逃げ回る珠妃、後一重というところで逃げられてしまう。傍から見れば娘同士で鬼ごっこをしているかのようだ。

 遂に捕まえる事ができず先にイロハが疲れてしまう。


(ハァ…ハァ…! 舐めやがって…!)

「ふふっ、もう終わりかえ?」


 息が切れ、中腰になっているイロハに正面から近づく珠妃。


(このっ!!!)


 今度こそ捕まえた!!

 そう思った瞬間、珠妃の体がイロハをすり抜けた!


「!?」

「駄目ではないか。大事な物ならしっかり持っておらぬと、な?」


 後ろを振り返るとそこにさやを持った珠妃が?!

 今度は鞘を盗られた!


 取り返そうとイロハが動いた瞬間、珠妃が刀を突き出す!


「!!」


 思わずしりもちをつくイロハ。

 刃の切っ先を目の前に向けられ動けなくなってしまった!


「お前では妾は倒せぬ、今からそれを教えてやろう。よぉく見ておいで……」


 珠妃はイロハの刀をゆっくりと自分の首元へと持っていった。

 そして自らの首に刃をあてがう。


(な、何を?)


 次に珠妃はゆっくりと刃を横に引き始めた……。


(うっ!)


 惨劇を想像し、思わず目を逸らした!


「……ほぅらイロハ、見て御覧」


 言われて悲惨な光景を覚悟するも、ゆっくりと瞑った目を開け珠妃の方を見る。すると珠妃が何事も無かったかのように立っているではないか。首に血はおろか傷さえも付いていない。


(そんな……確かに今!)


 恐怖さえ忘れ、只々驚くイロハ。

 今のは何だったのだろうか?

 幻覚でも見たのだろうか?


 茫然ぼうぜんとするイロハに珠妃は刀を一振りし、鞘に収めて手に握らせてやった。


「わかったかえ? 妾はお前の刀では斬れぬのじゃ」


 そう言いつつ身を屈め、再びイロハに問いかけた。


「先程斬り付けたことは忘れてやろう……イロハよ、もう一度頭を冷やして考え直してはくれまいか? 妾はお前が気に入った、このまま殺してしまいとうは無い。妾は数百年経ち眠りから覚めたばかり、目的は欲しいが心細い。どうかかたわらに居て助けてはくれぬか?」


「……」

「!」


 イロハが横に首を振った。

 それはできない、その意思表示であった。


「……何故じゃ、何がそこまでお前を拒ませる? 一体何が気に入らぬ? お前にしても利のあることばかりではないか!?」


 今度は大きく首を横に振る!

 それを見て珠妃の表情が明らかに変わった!


「……己の立場をわきまえた方が良いぞ? 父がどうなっても良いのか?周りを良く見りゃ!! そこに居る輩と同じ目に遭いたいかぇ!!」


 気が付けばイロハの側に首の無い瀬吐の死骸が転がっていた。辺りを改めて見ると自分で斬った邪頭衆の死骸もたくさんある。このまま珠妃の言うことを拒めば、文字通り犬死にが待っている。蒼牙も殺されてしまうだろう。


ザッ!


 だが、イロハの返答は拒絶であった。立ち上がり珠妃に向かって刀を構えたのだ。お前を倒して父を助ける、お前の言いなりにはならない!


 それがイロハの出した答えだった!


 珠妃が怒りを露にする! 目を吊り上げ、指から鋭い爪を伸ばし、九本ある尻尾の毛を全て逆立て睨み付けた!!


「おのれイロハぁ……あくまで逆らうかぁぁ!!」


 辺りの空気が張り詰め目に見えない何かが包み込む。これが大妖怪の妖気なのか? 直にイロハの肌を通してぴりぴりと伝わってきた。


(…おとう…志乃…みんな…すまねぇ…。おかぁ……今そっちさ行くかんな)


 死を覚悟し全身傷だらけで刀を構えるイロハ。不思議と恐怖はなかった。ある意味開き直りなのかもしれない。それでも遥かに自分より強力な相手に最後まで屈しなかった。せめて尻尾の一本でも冥土に道連れにしたいが、それもできそうに無い。


 最後まで戦おう。

 刺し違える気で挑もう。


 意を決し地面を蹴り上げた。


「っ!」

「!!」


 何かが二人の動きを止めた!

 珠妃は横から飛んできた物を咄嗟に掴む!


「何奴じゃ?」


『よかったわ、間に合えて!』

『は、ハァ、フゥー……死に物狂いで飛ばした甲斐かいがあったわい!』


 遂に八潮の巫女が到着したのだ!

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