白面九尾の復活 中章

白面九尾の復活 中章 其ノ一


 神無月かみなづき初日の星ノ宮神社。


「あーもう、風が出てきちゃった! 折角集めたのに……」


 仕事の依頼をこなし、ようやく暇のできた志乃は手が付けられなかった神社の掃き掃除をしていた。赤く色付き始めた葉がそこらじゅうに散らばっている。


「どうせまた散らかるのだから無駄じゃろ」


 退屈そうに眺めていたトラが欠伸あくびをする。


「駄目、いつ誰が来るか判らないじゃない!」

「自然体が一番だと思うがの」


 彼ら猫から見れば自然の摂理に逆らい面倒なことをする人間が不思議なのだろう。人が頻繁に訪れる訳でも無いのに、と尚更なおさらトラは怪訝けげんに思った。


──志乃 上から来る 気を付けて


ビョォォォォォォーーー!!


「何?! うわっ!」

「むっ!」


 星ノ宮神社に突風が吹く!

 集めた落ち葉は跡形も無く吹き飛んだ。


 そして風と共に空から何か落ちてくる!


べちっ!


『むぎ! って~~~!』


「な、何事?!」

「なんじゃぁ、お主は?」


 春華が着地に失敗し、境内の真ん中に墜落したのだ。


「っも~~! 何だこれ! 飛べないじゃん! ……はっ! そうだ! 巫女どこだ?!」


 めり込んだ体を起こし顔を上げる。

 目の前には春華を覗き込むトラの顔。


「う、うお?! 何だお前! 巫女が猫になった! でっけぇ!!」

「巫女は向こうだ」

「え?……あ、いた! 人間の巫女だ!」


「私…? って、あんた! 姑獲鳥うぶめの洞窟にいた精霊! また退治されたいの?!」


 しもがらの洞窟にあった異空間で戦った相手!

 志乃はすかさず持っていた箒を構える!


「違ーう! イロハが大変! 殺されちゃうんだって!!」

「はぁ?!」

「何だと?!」

「早く一緒に助けに行こう! 突っ立ってないで急げ!!」


 じたばたする春華に訳がわからない二人は顔を見合わせる。春華は動かない志乃のすそを掴むとひっぱる。


「ちょちょっと! 落ち着いて話してみなさいよ! 殺されるだけじゃわかんないでしょ!」

茶臼岳ちゃうすだけの毒岩妖怪が復活しちゃったんだよ! 野狗も大勢居て、イロハだけじゃやられちゃうよ!」


「毒岩妖怪だと?」

「毒岩……? まさか九尾の狐……?」

「それ! 狐!」


 春華が嘘を言っている様には見えない。数百年前に石になった筈の九尾の狐が何故今頃? しかもイロハが危ない?!

 志乃は本殿に駆け上がり、那須野へ向かう準備を始める。

 するとどこからともなく、志乃にしか聞こえない声が聞こえはじめる。


──九尾の狐 恐ろしく強い 行っては駄目


(そんなことわかってる! でも問題は九尾の狐よりイロハよ!)


「しかし、ここから那須山まで大分遠いぞ?」

「あちしが風でふっ飛ばしてやる!……ってあれ? えい! この!」


 風を起こそうとするが、うまくできない春華。ここは志乃の張った結界の中、空を飛ぶことすらままならない。


──九尾の狐 まともに戦っては駄目


(九尾の狐の弱点は何?)


──九尾の狐 大昔の人間 兵八万もの大群 それでも苦戦した


(まともに戦おうなんて思ってないから! 追っ払えそうな苦手な物とか無いの?!)


──九尾の狐 とても賢い 弱点あっても隠す


(……あーもう! 全部持ってくわ!)


 小分けしていた妖怪討伐用の道具を大袋に入れ、扉に鍵をかけると赤いお守りを引っ掛けた。妖怪討伐の為神社を空けるという印だ。このお守りは小幡こばた神社のお守りであり、青、緑、赤の三色がある。

 そのうちの赤は緊急時を意味し、万が一の場合救援を要するという知らせだ。尋ねてきた小幡の使いが一目でわかるように予め決めてある。


「これでよし! さ、行くわよ! トラ、留守番お願い」

「今回はワシも行くぞ! 蒼牙には借りがあるからな!」

「ちょっと待って、飛べな……わ!」


 春華の手を引っ張るとそのまま石段を駆け下りる!


「もー! 結界張ったのが仇になるなんて! ねぇ! どんなとこが飛ばしやすいの?!」

「えと、なるべく高いとこ!」


 志乃は石段を駆け下りると、段々畑のある丘を目指し道を駆け上がっていった。

まだ秋だというのに冬支度で大袋と錫杖しゃくじょうを担ぎ、後ろからトラがついて来るという異質な様である。


 運悪く仕事中の老婆に見つかってしまった。


「あんれ志乃ちゃん、そぉだかっこして何処さ行ぐ?」

「おばあちゃん、私今から那須へ行くの! 誰か私に用だったら宜しく伝えて頂戴」

茄子なす? 茄子は焼いてもいいけど茄子汁もうんめぇで。今が旬だし後でもってぐね~」

「ありがとう! お願いね~」


 そんなこんなで何とか丘の上までやってきた。段々畑の横は崖のようになっている。

 ちゃんちゃんこを脱ぎ、たすきを手に取るとおもむろにしゃがんだ。


「さ、トラ。背中に負ぶさって」

「!?」


 トラが乗っかると慣れた手つきでちゃんちゃんこを羽織り、襷でトラと自分を縛り付けた。


「苦しくない?」

「う、うむ……久しぶりに人間に負ぶさったわ」

「よし、ここなら結界の外だしいけるわ。いつでも来い!」


 大袋と錫杖をしっかり掴み身構える!

 それを見て春華は志乃の後ろへ下がる。


「おりゃ~~~~~~!!」


げし!!


「ぎゃ!」


 春華が思い切り助走をつけ、志乃の尻目掛けて蹴りを入れた!


 堪らず体をくの字に曲げて崖から転落する志乃!

 このままだと地面に激突する!

 そう思った瞬間、強力な風が下から吹き、志乃の体を高く吹き上げた!

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