白面九尾の復活 中章 其ノ二


 どれくらい吹き上げられただろうか? 体が浮く感じがして風が穏やかになった。志乃が目を開け、足元を見ると遥か下の雲間から人里が見える。人里はゆっくりと南へ移動しているように見えた。


「……私、飛んでるの?」

「うまく気流に乗れた、後はうまく飛んで!」

「さっきは何考えてんのよ! ってか、うまくってどうやんのよ! 」


 目の前に現れた春華は、志乃を見てやれやれといった表情。


「そんなこともわかんねーのか、これだから人間は…。空を飛ぶ時は体で感じて後は慣れ、気持ちの良し悪しと五感で飛ぶもんだ!……って姑獲鳥うぶめが言ってた」

「何を訳わかんないことを。大体羽はえてる鳥じゃないんだから……。あ! トラ、無事? 生きてる?!」


 すると問いかけに反応し、ちゃんちゃんこから顔を出す。


「うむ、何とかな……ここは何処だ?」

「天国かしらね、本当に死んでないことを願うわ。!! トラ見て! あれ凄い!!」


 ふと右を見た志乃は声を上げる。


 限りなく続く青空の果て。

 東の空で志乃が見つけた物は、限りなく遠く続く雲海であった。


「……これは」


 トラの脳裏にいつかの記憶が蘇る。それは幼い日、人間の娘と早朝山へ登った日のことであった。


『どう? 凄いだろ? なかなか拝めないんだぞ』


『あの雲のどこかに神様は住んでんのかな。でも私は神様なんて信じない。肝心な時に助けてくれたり、くれなかったり。そんなの居なくても変わらないじゃないか』


『あの雲みたいにどこまでも続く池があるんだ、海って言うんだぞ。いつか見てみたいな』



 雲海は高く上がった日に照らされまぶしく輝いていた。

 その光をしっかりと目に焼き付ける。


(海か、見せてやりたかった……生きていれば、な)


「神様の居られる高天原たかあまはらはあそこにあるのかしら」

「さてな」

「へん! そんなのあるわけないだろ!」


 神様、という言葉を聞くなり機嫌が悪くなる春華。


「罰当たりな妖怪ね。神様がいないというの?」

「今は神無月かみなづき、神なんかいないもんねー。それにあんな奴らずっと居ない方がいいんだ! いっつもあちしの遊びの邪魔して!」


 何かあったのだろうか?

 とはいってもおおよその想像は付く気もする。


「見えてきたよ、あの山越えれば剣岳つるぎだけだ! 下りるから準備しろ!」


 気が付かなかったが、志乃たちは大分山に近づいていたのだ。眼下に高い山々が見て取れる。紅葉が色づき始め、見るからに鮮やかな景色であった。

 だがそれを堪能している暇は無い。


「一応聞くけど、どうやって下りるの?」

「……?……さあ?」

「馬鹿ー!! 落ちたら死ぬでしょ! 風吹かせてうまく調節しなさいよ!」

「あーもう面倒くさいな! えーと…こうして……」


 春華は素早く志乃の行く手に回り込み、逆風を吹かせた!

 しかし志乃はなかなか止まらない!

 このままでは山林に墜落する!


「もっと強く!!」

「こんにゃろー!」


 ぶわっ!!


 墜落すると思った瞬間、再び下から強力な逆風が!

 今度は逆に高く体が浮き上がる!

 空中で志乃の動きが止まった!


「……一か八か!!」


 志乃は山林の木目掛けて分解した錫杖を投げた。葉に隠れて見えないが、うまく木の枝に引っかかったようで鋼の縄がピンと張る。手元に残った錫杖を握る手が引っ張られ、重心が掛かった。


「っ! も少し弱く! 何回か!」


 志乃がそう叫ぶと風が吹き上がるように数回吹く。

 しかしそのまま志乃は山林へと落ちていった。


 ガサガサガサ! ベキバキ!


「痛!」

「ぐぇ!」


 錫杖の先がうまくどこかに引っかかり辺りの木に絡まったようだ。手に持っている錫杖にグンと引っ張られる感じを覚え、それを放すまじと両手に渾身の力を込めた。

 山林の木の枝も手伝って、ようやく志乃の動きが止まった。



「……生きてる……奇跡だわ。トラ、無事?」

「うぉぉ、腰……。これではイロハに会う前に死んじまう」

「生きてるだけマシよ。それよりここからどうしたものかしら」

「ふむ、どれ」


 見ると錫杖に掴まっている志乃から地面まで五間(約10m)ある。どうやら鋼の綱を高い木の枝に複雑に絡めてしまったようだ。今錫杖は両手で掴んでいる、荷物は何処かへやってしまった。このままだと力尽きて地面に叩きつけられてしまう。


「よし、志乃、まずワシを離せ」

「そんなことして大丈夫なの?」

「いい考えがある」

「わかったわ。今ほどくから落ちないでよ」


 志乃は言われた通り、トラを縛っていたたすきを解いた。


 その瞬間トラは別の木の枝に飛び移り、木から木へと飛び移りながら下へ降りていく。


(いいわねぇ身軽で)


 さて自分はどうやって降りようか。トラの様な真似は流石にできない。体を振って木にしがみつき降りる事も考えたが、志乃は木登りの経験が無く自信が無かった。


 と、暫くすると下の方からトラの声。


『よし、いいぞ! 手を離して落ちろ』


「冗談でしょ!?」


『大丈夫だ! しっかり受け止めるぞ!』


(受け止める?)


 思わず声のする下を覗き込むも、木の枝が邪魔してうまく見えない。


(ええい! ままよ!)


 志乃は意を決し、錫杖を掴んでいた手を離した。


ガサガサガサ!


バッ!


 不意に下から大きな影が飛び出し志乃の体を掴む!

 着地すると志乃は地面に降ろされた。


「トラ?! 何でその姿に?!」


 志乃を掴んだ影は、大きく変化したトラだった!


「うむ、ここに来て妖気が高いことに気が付いてな。この通り夜でなくてもこの姿になれるようだ。流石は霊山と名高い那須の山よ」


 そう言うと妖気の流れてくる山頂の方角へと目を移す。

 志乃もそれには気が付いていた。

 この山の上に強力な何かが居る、それが九尾の狐なのだろうか?


 果たしてイロハは……。


「おーい巫女ー! どこだー? 生きてるかー?」


 春華が志乃を見つけ下りて来た。

 手に無くした志乃の荷物を持っている。


「ついでに木に絡まってる錫杖取ってきて貰える?」

「妖怪使いが荒いなー!」


 文句を言いながらも木にぶら下がっていた錫杖を取ってくる。分解され縄が伸びていた錫杖に志乃が念を込めると、生き物のようにしゅるしゅると元に収まる。


「うお! すげぇ!」

「よし、急ぎましょ! こうしている間にもイロハが危ない!」

「うむ! 背中に乗れ!」

「案内するよ! こっち!」


 春華の案内でトラの背中に乗った志乃は剣岳の山頂を目指す!


(イロハ……まだ死んでないわよね? 無事でいて!)



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