白面九尾の復活 上章 其ノ八
神無月初日、早朝。水倉の屋敷では当主継承の儀を受ける者を見送るべく、
大勢の山狗が集まっていた。
そして継承の儀を受ける者、それは……。
イロハだった。
『お姫さん、御武運を!』
『姫さん、必ず帰ってきてくだせぇ!』
口々にイロハの無事を祈る身内の間を真剣な面持ちで歩いていくイロハ。
そして門の前には月光とおかよが待っていた。
父の蒼牙の姿はなかった。
「イロハさんしっかりな! 母上様もきっと見守ってます!」
「うん……父上は?」
「叔父御は昨晩、体調を崩されて今も起き上がれぬ」
「えっ?!」
昨日父の部屋の側を通った時、月光と父が何か話しているのが聞こえた。継承の儀を前に呼び出されるものと思っていたのだが何も無く、結局昨日は一度も父と会わなかった。
「だって昨日……」
「継承の儀を前に弱ったところを見せたくないのだろう。叔父御の気持ち、
「……」
出迎えの時には顔を見せるだろうと思っていた父がいない。
複雑な心境であったが、ここで止めるわけにもいかない。
「叔父御に代わり、改めてお前に話す。今からお前は
イロハは黙って頷き、屋敷の門をくぐる。
背中から声が聞こえるが振り向かずに。
「無事戻って下せぇー!」
「お待ちしてますぞー!」
「…あぁ、神様仏様どうか……」
目を閉じ一心に祈るおかよ。
月光は一人屋敷に入っていった。
(イロハ……! ……済まぬ叔父御! 俺は……!)
半刻後、所変わって殺生石の側。
そこには神を祭った小さな社「温泉神社」があった。神主はおらず、麓の人間が他の社を兼ねて神主をしており普段誰もいない。だがここの神社は地元ではかなり親しまれており、人間、妖怪から多くの信仰を集めていたのである。
入山が禁じられる神無月に入る前から収穫された作物が供えられ、社も綺麗に掃除されている。
……筈だった。
ゴォォォォォォォー!!!
ガコン! バキッ! ゴトッ!
何処からとも無く強風が吹き、石つぶてが飛んできて神社を襲った。たちまち社は当たったつぶてが食い込み無残な姿となる。
今度は威勢のいい声と泥団子が飛んできた!
「よぉーし! 者共かかれ──!!」
べちょ! ぐちゃ!
神社はボロボロの上、泥だらけになってしまった。
一体誰がこんなことを?!
「あっはっは! 思い知ったか! あちしらの勝利だ!!」
罰当たりの正体、それはあの風の精の子「春華」だった。付近から連れてきたのだろう、小さな地霊がちょこちょこと春華の後から付いてきた。
めちゃめちゃにした神社を満足そうに見回すと、どっかりと賽銭箱に座り、事もあろうかお供え物を物色し始める。
「者共よくやった! 褒美をとらす!」
地霊たちはお互い顔を見合わせたが、春華がうまそうに小豆飯を食べ始めたのを見て、隣に供えてあった白玉をかじりはじめた。
「んん! うめぇな! ……ありゃ、食ったらみんな無くなっちゃったぞ?」
何思ったか落ちていた泥とつぶてをかき集め団子を作り始めた。そして小豆飯が乗っていた皿に盛り付けると神社に供えた。地霊たちはぽかーんとそれを見ている。
「これはあちしからの日頃の気持ちだ!
得意げになると神社の屋根に上り、ごろんと横になった。木々に囲まれた神社の空、雲に囲まれていたがぽっかりと青空が見えた。気持ち良さ気に春華はぐぐっと背伸びをする。
「いいことすると気分がいいなー。何か面白いこと起きないかなー」
横になりながら神社の下にある賽の河原を見下ろした。すると河原の下にある道を誰か歩いているではないか。よくよく見ると、それはいつか見た春華の見知りの者であった。
「あれ?! あいつもしかして? ……むふ、いいこと思いついちったぞ!」
春華は連れてきた地霊たちを放って、山の方へと飛んでいってしまった。
大分歩いてきた、ここまで来れば目的地まで目と鼻の先だ。
だがイロハは歩きながら時折物思いに
それはやはり顔を見せなかった父、蒼牙のことだった。月光は蒼牙の病状が悪化したと言っていたが、一瞬目を逸らした表情を見逃さなかった。あれは嘘を言っている顔だ。長年一緒に暮らしてきた仲だ、表情の変化くらいはわかる。
では何故嘘を言ったのだろう?
そもそも父は屋敷にいたのだろうか?
考え事をしながら山を登っていたイロハの目の前に、何かが突然飛び出してきた!
「待て待て! イロハ待てー!!」
「?!」
突然飛び出してきた子供の姿にびくっとなる。
「へっへー、驚いたか! ここで会ったが……えーと、半年ぶりくらいだ!」
(春華?)
久しぶりに見たやかましい風の精を見て驚き、そして顔が
今まで何処に居た? 何してた? そう言おうとして表情を曇らせ口を閉ざした。
春華を見なかったことにして先に進もうとする。
「お、おい! 何処さ行く?! あちしのこと忘れたのか? こら!」
無視して先に進もうとしたイロハを、回り込むようにして通せんぼ。
「態度悪いぞお前! せっかく」
ヒュ!
「!!」
イロハは刀を抜くと春華の目の前に突きつけた!
「……」
「な、なんだ!? やるってのか!?」
(……ごめん)
悲しそうな目を見せ、刀をしまうと山道を急いで登っていってしまった。
「……な、なんだあいつー?! 折角一緒に遊んでやろうとしたのに!! ばーか!! ばーか!! もう怒った! 谷底へ突き落としてやる!!」
春華は顔を真っ赤にして怒ると、イロハの後を追いかけて行った。
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