白面九尾の復活 上章 其ノ九


 山道を飛んで行くと、春華はイロハを見つけたので木の影に隠れる。見るとイロハは大勢の野狗たちに囲まれていた。


「物見の言った通りだ! 一人で来やがったぜ!」

「結構強えぇらしいが一斉に飛び掛りゃこっちのもんだ!」

「手柄は俺らのもんだ! 構わねぇ、やっちまえ!」


(ひい、ふう……一杯いるな、卑怯な奴らめ! い、いや……へ、へへーん! ざまーみろ! 助けてなんかやんないよー。春華助けてーって叫んだらどーしよっかなー。助けちゃおっかなー?)


  チラリと周囲を確認するイロハ、相手は二十匹は居るだろう。草むらや木の影からも気配を感じる。


「グワォ!!」


 突然一番近くに居た野狗が飛び掛ってきた。

 それに呼応するように周りの野狗たちも一斉に飛び掛る!


「ギャワン?!」

「ギェ?!」

「ギャン!」


 まるで飛び掛られるのを待っていたかのような一閃!

 イロハは自力で血路を開くとそのまま走っていった!


「野郎待ちやがれ!」

「逃がすか!」


 野狗は草むらや木の影から、次々に姿を現すとイロハを追っていった!


 暫く走ると山林が開け、広大な荒地の斜面に差し掛かった。一面石と岩だらけ。斜面の下は崖になっており、その向こうに隣の山がそびえ立つ。


「居たぞ! 上だ!」


 斜面を駆け登っていくイロハの後姿が見えた!

 次々と野狗が山林を抜け後を追う!


(……来たな!)


 十分引き付けたのを確認すると、イロハは振り返って立ち止まり、足元にある大き目の石を投げ始めた!


ガッ!

ガツッ!


「危ねぇ!」

「ギャッ!」

「おお、押すな?!」


 飛んでくる石をかわそうとするも、大勢で思うように身動きが取れない。石に当たった野狗は雪崩のように転がり、谷底へと落ちていった。


 今度は石に当たらないように散らばり、ジグザグに斜面を駆け上がる!

 それを見るや否や、傍にあった大岩に登るイロハ!


「ギャワン!」


 同じく岩を登ろうとした野狗を切り捨て、隣の岩まで飛ぶ!

 その間、約五間(10メートル)!


 イロハはまるで牛若丸の様に、岩から岩へと飛び移っては斬り捨て、野狗たちを翻弄ほんろうする。飛び移る岩が無くなると大きく跳ね、野狗が固まっていた場所に着地した。


「ぐひぇ!」


 蛙のように踏み潰した野狗に構わず刀を払い、振り下ろす!

 一瞬で五匹の野狗の死体が出来上がった!


「!」


 イロハが飛び下りてきた岩から野狗二匹が、首筋目掛けて噛み付こうと飛び掛ってきたのだ! 視界の外からの攻撃、流石に絶体絶命か?


ヒュッ!


 飛び散る鮮血! 討ち取った! 野狗たちはそう思った。

 しかし次の瞬間、二匹の野狗の頭が上から降ってきた!


ボトッ ゴロゴロゴロ……


 首を失った野狗の体が斜面を滑り落ちていく。イロハは死界からの攻撃を体勢低くかわし、刀を振り上げていたのだった。


 白い髪と顔に野狗の返り血が付く。

 立ち上がり顔に付いた血を拭うイロハの眼を野狗たちは見た!


「ひっ!」

「う…!」


 ほのかに赤く光る眼、それは人間でも狛狗でもなく殺意に満ちた妖怪の眼であった。その姿に十数体まで数を減らした野狗たちは戦慄せんりつを覚え、動かなくなる。


「ば、化け物だ」

「お、俺、紅蓮様に報告してくる!」

「俺も!」


 恐怖した野狗たちは我先へと散り散りに逃げていく。


 襲って来る野狗たちがいなくなると、イロハは刀に付いた血糊ちのりを振り払い、何事も無かったかのように道無き道を登っていった。


(すっげぇ……一人でやっつけちった! ……イロハってあんな強かったのか)


 山林から様子を伺っていた春華が姿を現す。

 荒地にはイロハに斬られた野狗の死体が転がっていた。


「……ばっかだな! あちしと互角に戦えたイロハにお前らが勝てるわけねーだろ! あん時はたまたまだったけど!」


 地面に落ちていた野狗の頭を蹴っ飛ばして谷に落とすと、見失わないようにそっとイロハの後を追った。


 那須野の山岳にとがって構える剣岳、この山は他の山とは違い木は少ない。大地から生えた剣のように天をさして立っている。普段は来る者を拒むかの様に天候が悪く、風も強い。まるで神々の聖域そのものであるかのように。


 その聖域の頂上に男が一人かみしもまとい、来るであろう者を今かと待ち構えていた。


 水倉蒼牙だ!


 病に伏していると月光に嘘を伝えさせたのだ。しかし何故、この場所にいるのだろうか?

 蒼牙はただ、時折吹く強い風を岩陰でしのぎ、じっと麓の方を見つめていた。


 果たして来るだろうか。

 いや、必ず来る。

 あれは自分の娘だ!


 その時、誰か麓の方から歩いて向かっているのが見えた。自然と刀を持つ手に力が入り、立ち上がる。


(来たか! ……いや、イロハではないな? 一体誰だ??)


 木々に見え隠れしながらではあるが、人影がイロハでないことはわかった。こんな場所に何の用事だろうか。蒼牙は継承の儀の妨げになると思い急いで下に下りた。

 近づいてみるとそれは人間の娘であった。道に迷ったのだろうか? とにかく追い返さなくては。淡々とこちらへ向かってくる娘に、脅かさないよう声をかけた。


「娘、ここに何用だ? ここから先は何もない。危ないから里に引き返すのだ」


 歳は十六、七といったところか。辺りにはこの娘以外誰もいない。普通に里の娘が着ているような着物姿、山登りにしてはどう考えても軽装である。

 今考えれば、この時点でおかしいと気付くべきであった。だがイロハのことで頭が一杯であった蒼牙にはそれができなかった。


「水倉蒼牙、だな?」

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