白面九尾の復活 上章 其ノ七


──どれくらい時間が経っただろうか。


 既に二周の交代を終え、紅蓮ぐれん凶雲きょううんの組が見張りに付いていた。


「ふぅぁぁ……まだ終わんねぇのか。しっかしあの人間もよく続くな……座ったまま死んでんじゃねぇのか?」


 瘴気しょうきに慣れ、今度は眠気との戦いになる凶雲。


「真面目にやれ! 眠ったら噛み殺すぞ!」

「ひっ、すまねぇ兄貴……おう! お前らも寝るなよ!」


 しかし、他の野狗たちは紅蓮を恐れて誰も寝ていなかった。それに皆、殺生石の恐ろしさは良く知っていたからである。

 殺生石の前で寝る、これ即ち死を意味する。寝たまま長時間毒気を吸い続けると、そのまま死んでしまうのだ。現に殺生石の周りには力尽きた獣の木乃伊みいらがいくつもあった。


 しかし何もしないとまた眠気が襲ってくる。

 そうなる前に、凶雲はとりあえず何か話をすることにした。


「そういえば兄貴、さっきの瀬吐の爺の話なんですが……なんつうか、瀬吐爺は何でそこまで蒼牙の野郎に執着するんですかね?」

「どういう意味だ? 邪頭として当然の働きだろうが」


 普段大した働きをしない凶雲を睨みつける。


「い、いや……そりゃそうなんですが。俺たち兄弟なら親父のかたきだが、瀬吐爺も何か理由があってここまでやってるのかな、と。だってそうでしょ? 偶然が重なってここまでこれたものを、一歩間違えれば大変なことになってやしたぜ?」


 確かに凶雲の言い分も一理ある。

 一連のことがバレれば、人間が大規模な山狩りを行う危険もあったはずだ。


「何だ、お前は知らんのか? まぁいい、皆も聞くが良い」


 紅蓮は野狗たちに瀬吐の過去を打ち明けた。


 昔、瀬吐は紅蓮の父親、当時の頭領の手下に過ぎなかったこと。

 ある日、蒼牙が山に居ない時に大勢の仲間を募り待ち伏せをして取り囲んだこと。

 しかし蒼牙が連れてきた人間にあっけなく負けてしまったこと。

 その人間に頭領が叩きのめされている様を、瀬吐は見ているしかできなかったこと。


……


かしらが今にも殺される、その時誰も助けようとしなかった。人間にビビって動けない者、その場から逃げ出した者も居た。その時は蒼牙が割って入り親父を助けた……屈辱的なことにな。その始終を間近で血を流しながら見ていたのが瀬吐だった、というわけだ」

「親父が死んだ時そんなことがあったのか」


 邪頭四兄弟が生まれる前の話である。当時の頭は命は助かったが間もなくして死んだ。その後邪頭衆は滅亡寸前になったが、例の人間も死んだらしく現在に至る。


「よいか者共! 群を束ねるに必要な物、それは圧倒的な力だ! 力さえ手に入れば強大な組織が作れる!その時こそ、我ら邪頭衆が真に目覚める時なのだ!!」



ボン!! ゴォォォォ────!!!


 その時だ! 紅蓮の声に呼応するかの様に、殺生石の前で炊かれていた炎が凄まじく燃え上がった!


「遂に成功したのか?!」


 皆、急いで殺生石の前に駆け寄る。


 祈祷をしていた人間は燃え上がった炎に水をかける。

 辺りは闇に包まれ、人間はつくばるように倒れ動かなくなった。


「何だぁ?! 失敗か!?」

「いや、あれを見ろ!」


 そう言って殺生石を見上げる紅蓮。


 殺生石が赤く光っている!


 やがて光が弱まると同時に、石の上にぼやりとした青色の影が映った!


「で、で、でた──!!」

「成功したか! おい、瀬吐たちを呼んで来い!」

「へ、へいぃぃ!!!」


 暫くして瀬吐が駆けつける。殺生石の上で漂う影は次第にくっきりとし始め、九本の尾を持つ獣の姿を作り上げていた。


 あれが九尾の狐の姿なのか?!


「人間よ! しっかりしろ! 成功か?!」


 瀬吐は倒れている人間の術者に近づき声をかけた。汗だくになり、奇妙な音を立てながら息をしている。


「わ、私の……できるのは……ここまでだ。後は…媒体となる体が必要……」

「そうか! 礼を言う、大儀であったぞ!」


 術者は力を振り絞って半身を起こすと、すがる様に聞いた。


「私の仕事は終わった! おたき……私の娘は助かったのか?!」

「無論だ。今呼んでやろう」


ワォォォォーン!


 瀬吐は何か合図をするかのように雄叫びを上げる。

 暫くすると二人の案山子かかしの妖怪がむしろを運んで近づいてくる。


「妖怪?! 那須の山狗は妖怪を使役するのか?」


 不思議そうにする人間に構わず、瀬吐は妖怪二人に近づく。


「何があった? 娘を連れてきたんじゃなかったのか?」


 すると妖怪は運んできた物を下ろし、申し訳なさそうにこう言った。


「いやぁ爺さん済まねぇな。言われた通り丁重ていちょうに預かってたんだが、何も食おうとしねぇんだ」

「大人しい癖に強情な娘だったぜ……今朝気付いたら事切れてやがった。いや、誠に申し訳ない!」


 そう言って妖怪は筵をめくる。

 影から出る青白い光に照らされて見えたのは……


「おたき? ……おたきぃぃぃ────!!!」


 紛れもなく術者の娘の変わり果てた顔だった。

 いくら呼んでも死者は答えない。

 やがて自分が騙され、娘を殺されたことにようやく気がつく。


「貴様ら騙したのか……!! ……おたき……よくもおた……」


ドサッ!


 術者はそこで力尽きた。娘がさらわれろくに眠れず、はるばる遠方から那須山へと登り、毒気のたちこもる殺生石の前で一心に祈祷していたのだ。

 心身共々限界を超えていたのであった……。


「……駄目です、くたばりましたぜ。毒気を吸った人間なんぞ喰いたくもねぇ。おい、適当に片付けとけ」

「ぬう、お主ら! よくもやってくれたな……殺す手間が省けたではないか」


 ニヤニヤする瀬吐に一匹の野狗が袋をくわえてやってくる。

 瀬戸が首を振ると、野狗はその袋を妖怪に渡した。


「ご苦労だった、約束の金だ」

「ありがとうござい! こっちまで騙されるかと思いましたぜ」

「今後とも御贔屓ごひいきに。さあ帰るべ、ここは臭くて敵わん」


 言い捨て、妖怪二人は逃げるように去っていった。それをニヤニヤしながら眺める紅連と瀬吐。


「都合よく媒体とやらが手に入ったな」

「ぐふふ、そういうことだ。よし、一同整列しろ!」


 野狗たちは行儀良く一列に座ると、瀬吐はその前に一人出た。


「……おぉ、大妖怪白面金毛九尾の狐様! 玉藻前たまものまえ様! 我らの声を聞き届けたまえー! 今一度長き眠りから覚め、我らの願いを聞き届け給えー……!」


 すると殺生石の上に居た影が動き出し、筵が掛かっていた娘に覆いかぶさった!


カッ!!!


 眩い白い光が一同の視界を襲う!


 そして光が弱まったので目を開けると……


 殺生石の上に紫の炎をまとった何かが居た!!


 それは本体こそ人間の娘の姿であったが、頭から伸びた金色の髪、更にそこから生えた大きな耳、背には半透明で巨大な九本の尾がうねうねと動いていたのだ!


 その圧倒的な存在感に棒立ちになる一同。


 しかし我に返ると「ははぁー」と頭を下げる。


(……やった、遂にやっちまったぞ)

(お、俺は知らんぞ! すぐ逃げれるようにしとかねと)


 一同うやうやしくはしているものの、内心ビビりまくりだ。


 その様子を見ながら、九尾の狐は恐ろしげな声で話し出した!


『長き眠りを妨げる愚者共よ。わらわの目前で下らぬ茶番などしおって。その上、願いを聞けなどとたわけをぬかしおるかえ? 詰らぬ事ならこの山ごと消し去ってくれる』


 復活して早々、機嫌の悪いのを見て慌てる瀬吐。


「ど、どうかお怒りをお静め下され! 此度、貴女様を呼び覚ましたには、ケノ国の妖怪……ひいては貴女様御自身の事に関わる事にござりまする!」


『詳しく申せ』


 すると後ろに下がっていた紅蓮がここぞとばかりに前に出る。


「那須山邪頭衆筆頭、紅蓮でございます! 詳しくは私からご説明差し上げそうろう


……


…………


 紅蓮は瀬吐に代わり、最近のケノ国の妖怪事情、自分たちの目的、九尾の狐を呼び覚ました理由などを説明した。


『ほう、那須野の狛狗が滅亡寸前か。数百年も経てば世も変わるものよ』


「…はい。水倉の狛狗は貴女様を追いやった憎き相手。我々と利害が一致していると存知ますが」


 九尾の狐は少し考えてこう言った。


『そうかも知れぬ。だがその狛狗一匹ごときに苦戦しているお前たちと手を組んで、この妾が利する事は何ぞ?』

「!?」


 これを聞いた紅蓮はサーっと全身の血の気が引いた。


 はっきり言ってそんなものどこにも無い!

 しまった! このままでは全て水の泡となる!


 紅蓮の頭の中が真っ白になりかけたところで、すかさず知恵者が割って入る。


「九尾様が眠りについて数百年、人間の世界は完全に公家くげから武家の支配する所になっておりまする。ケノ国の妖怪もかなり力をつけておりますが、近代は人間もその力に対抗すべく力を持ってきておるのです。いずれ九尾様が進まれる覇道への妨げとなりましょう。我々が常に情報を差し上げ、手となり足となり働くというのは如何でしょうか?」


「!」


 紅蓮は瀬吐のこの言葉に驚き、怒り、内心ほっとした。勝手に仕切り邪頭衆を売るような行為に腹を立てたが、とにかくこの場をしのぐにはそれしかないだろう。


 九尾の狐は少し思案すると着ていた着物のすそを引っ張り、自分の姿をまじまじと見つめた。そして何か思いついたように答える。


『その呼び名は止めよ。そうさな、この娘の名にちなんで『珠妃たまき』とでも名乗るか』


 しっくりきたのかひょいと宙返りすると


『よかろう、その話乗ってやる。以後その者らは妾のしもべとしてはげめ』

「は、ははぁー! 有難き幸せ!」


 他の野狗たちからも安堵の声が漏れた。


『して、褒美は何を所望する? 申してみよ』

「え? 褒美?」

『鈍い奴らよ。この通り妾を復活させた褒美を聞いておるのじゃ。まさか考えていなかったのか? 望めばいかな大病も恐れぬ体をくれてやっても良いのだぞ?』

「そ、そんなことが可能なので?!」

『見くびるな、妾は神をもしのぐ力を持つ九尾の狐なるぞ! …まぁよい、明日くらいまでに考えておけ……ふぁぁ……喋り過ぎたわ……妾は暫くここに留まる、用があるときは呼んでたもれ』


「ははぁー!」


 珠妃の体がすーっと消え、辺りが暗くなった。


「……よし……よし! これで我らの勝利は目前だ!! 一時はどうなるかと思ったが瀬吐、よく機転を利かせてくれたな」

「なぁに、たまたまうまくいったまでの事よ」


「神をも凌ぐ力、か。なぁ死昏兄、俺わからねぇんだが」

「何だ?」

「あんな凄え御方が、何で人間だの狛狗らに負けたんだ?」

「……わからん」


「よし皆の衆、これで一旦お開きとしよう! 明日各幹部は精鋭を引き連れ再び集まって貰う!いよいよ水倉蒼牙とその一党を根絶やしにする時が来た! 各自しっかり休むのだ!」

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