白面九尾の復活 上章 其ノ二


 ケノ国北部の屋根、那須山なすざんは人里に立ちはだかるように、かつ豊かにそびえ立つ。そこは人外の者らによって築かれた城であり、多くの種を育んでいた。人が闇を恐れ集まるように、那須山に住む妖たちも人間との距離を保とうとする。

 そして、その守り手こそが那須山に住まう狛狗こまいぬ一族なのであった。



 那須山の中腹に水倉みなくらの屋敷はあった。人はおろか妖怪すら滅多に寄り付かない場所、ここが狛狗一族の聖域であり住処だったからだ。

 屋敷は人間の住んでいるそれと大して変わらない。むしろ人間のたたずまいより立派にすら感じる。屋敷内は木の匂いで一杯だった。造っている木が削られて尚生きているのである。


 忙しそうに仕えている山狗やまいぬたちが廊下を歩いている。そしてその一番奥の座敷に当主「水倉みなくら 蒼牙そうが」の部屋がある。

 数ヶ月前、蒼牙は病に倒れた。過労というよりは老衰かも知れない。野狗よりかは長いが、それでも狛狗の寿命は短い。何とか一命は取り留めたものの、医師の定期的な検診を必要としていた。


 部屋では少女が全身白い毛に覆われた狛狗の脈をとっている。

 そのすぐ横に同じような顔立ちをした少女がそれを見守っていた。


「……」


 少女らの名は白河しらかわみづち、たつほ。その名の通り双子の姉妹である。彼女らは年中ケノ国内を巡り患者を診て回っている。患者といってもその殆どが人ではなく妖怪、彼女らもまた妖怪であり妖怪の医者なのだ。


「……大丈夫、今のところは、ですね。安静にしていれば問題ないでしょう」

「そうか、それはよかった」


 問題ないと言われ、少し安堵の表情を見せる蒼牙。そして、突拍子の無い事を聞き始めた。


「ところでお主ら人里も回っていると聞いたが……人里は楽しいか?」

「はい?」


 思わず聞き返す妹のたつほ。そんな質問をされたのは初めてだ。


「あ、いや。最近人里で変わったことは無かったかな?」

「変わったこと……姉さんどう?」

「人と妖のいさかいが増えている気がします。病より怪我の患者が多いくらいです、人妖を問わず」

「あ、いや。うむ、そうか」


 蒼牙の聞きたかったのは、人里には何か興味をひくものがあるのか、ということだった。

 何故そんなことを聞いたかというと、やはりイロハのことだろう。


 イロハが帰ってきてからの蒼牙は、あまりイロハと口を利いていない。人里に何の為に下り、何をしてきたのか殆ど聞いていない。勝手に那須山を飛び出した事についてさほど厳しく叱ったつもりも無いのだが、聞こうとしてもまるで避けるかのように屋敷から出て行ってしまう。昔ほど構わなくなっていたのだが、やはり気になっていたのだった。


 愛しい妻の忘れ形見、気にならない訳が無い。


「念の為、お薬出しときます」

葛根湯かっこんとうでも出しときます?」

「拾弐番を出して差し上げて」


 たつほは姉に言われるまま大きな薬箱の引き出しを開けると、漢方薬の様な物を取り出してせんじ始めた。


「いつも済まないね」

「持ちつ持たれつ、ですから」

「はい、どうぞ。具合が悪くなったら飲んでください」


 出来上がった薬を差し出すと姉妹は帰り支度を始めた。

 次の患者が待っているのだろう。


「では冬になる前にまた来ますので」

「ありがとう、母君ははぎみに宜しく伝えてくれ」

「はい、お大事に~」


 妹のたつほは自分の身の丈近くある箱を軽々と背負い、先に部屋を出て行く。

 姉のみづちも出て行こうとして一度振り返り、


「……お酒、控えてくださいね」


 そう言葉を残しふすまを閉めていった。


(ぐ……)


 残された蒼牙は思わず絶句する、医者の目はごまかせない。


『失礼します』

「ん? 何だ」


 入れ替わりに白い毛のやや若いいぬが部屋に入ってきた。この狗の名は月光げっこう、蒼牙のおいでイロハの従兄弟いとこである。蒼牙によく似ているが狛狗の血は薄い。

 数年前まで山狗の哨戒長しょうかいちょう(見回り組の長)を勤めていたが、現在は部下の御影みかげに任せ、蒼牙の身の回りの世話をしていた。


光丸坊こうまるぼう殿が見えました」

「ほう、お通ししろ」

「はい」


 月光は一礼すると部屋を出ていった。

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