白面九尾の復活 上章 其ノ三


 暫くすると足音を立て、一人の大柄な男がやってきた。


「息災か蒼牙よ! 病に伏せたと聞いておったが」

「大事無い。寝ている訳にもいかぬからな」

「それは結構なことだ」


 部屋に入るなりどかりと座ったこの男、彼も人間ではない。修験者しゅげんじゃの格好をし、背中には黒い羽が生え、真っ赤な顔には高い鼻が生えていた。


 大天狗だ。


 狛狗の縄張りが那須山ならば、彼らはケノ国の空が縄張りである。地上と上空から妖怪や人間の様子を知る為に、時折情報交換に立ち寄っているのだ。


 もっともそれは建前で……


「まぁ一杯やろう」


 そう言って持ってきた徳利を叩く。


「ん…、先程医者に止められたばかりだ」

「わっはっはっ! 白河んとこの娘らか! 今おったわ。そいつは睨まれると怖いが『薬より養生』とも言うだろう?」

「ふっ違いない」


 光丸坊に目配せされると、観念したかのように蒼牙はひょいとその場で宙返りをする。


 すると狛狗から初老の人の姿に変わった!

 そして引き戸から杯と干し肉を出すと二人で飲み始めた。


「そういや娘と言えば、お主の娘の『イロハ』だったか。帰ってきたと聞いたが」

「あのじゃじゃ馬なら知らぬ。大方刀でも振っているのだろう。月光とおかよが頼まなければ会わぬつもりで居た」


 それを聞いてか聞かぬか、光丸坊はずずぃと蒼牙に顔を近づける。


「のう、イロハを弟子にくれぬか? わしが立派な天…狛狗に育ててやるが」

「よせよせ! あれは誰にもなつかぬ! 後から突っ返されたら私の立場が無い」


 慌てて押し戻す蒼牙。

 またその話か…。


 天狗社会では弟子を見つけては天狗として育てるらしい。

 その為に種族は問わず、様々な天狗が居た。


 獣、鳥、虫、妖怪……そして人間。


 光丸坊は以前からイロハに目をつけていて、再三蒼牙に迫っていたのだ。

 再び断られてがっかりする光丸坊。


「ぬう、残念無念。弟子にするならやはり男子かのぅ……」

「前に弟子が居ただろう、逃げられたか? 昔イロハとも会わせた気がするが」


 慌てて話題をらそうとする。

 すると天狗は苦虫を潰したような顔で手を振った。


「いかんいかん! あれこそ駄目だ! 大して修行もせず酒の飲み方ばかり覚えおって、たまらん馬鹿弟子だ!」


 そう言って杯を一気に空ける。


「左様か……ところで麓でいろいろと起こっているようだな」

「何を暢気のんきな! 今やどこも人間と妖怪のいさかいが絶えぬ有様だ! 烏頭目宮うずめのみやなぞ『みさらし入道』が現れたと聞くぞ。人里にイロハをやっていたのに聞いておらんのか?」

「何?!」


 天狗の情報収集能力は凄まじい。妖怪の住処はおろか人里の情報まで集めてくる。

 一方の蒼牙、こちらは何も知らない。イロハに関しては適当に人里で遊びまわっているうちに、痛い目に遭って帰ってきたと軽く考えていた。


「何も聞いておらんのか? その前にはお主のよく知っている那珂なかの里に妖怪が…」

「何時の話だ?! 里はどうなったのだ?!」


 流石にこれには食いつく蒼牙。

 慌てて光丸坊は口をつぐんだ。


 もしかして本当に何も聞いていないのだろうか? だとしたらこれ以上話すのはまずいと悟った。イロハが妖怪軍団相手に戦ったなどと聞いたら、泡を吹いて倒れてしまうかもしれない。


「えぇい! そんな大事なことを何故誰も教えぬ!」


 苛立ちが頂点に達し、まさに光丸坊顔負けの顔色となる。


「落ち着け、体に障るぞ。わしも後から聞いた話だ。事態は人間が解決したらしい。全て数日のうちに済んでおるわ」

「人間が?」


 ようやく蒼牙が落ち着いたので続ける。


「そうだ。最近人里に優れた力の持ち主が現れたらしい。何でも年端もいかぬ神社の娘だそうだ」

「……?」


 この時、蒼牙の脳裏に一人の人間の姿がぎった。


──優れた力の持ち主、神社の娘。


 似ている。いや、もしかすると……。


(いや……そんな筈が無い、考え過ぎだ)


「だが、わしらの心配するところはそこではない。確証が無いので話すつもりは無かったが、最近のいざこざは全て何らかの関連があるとわしは見ている」

「妖怪が団結して争いの種を蒔いているのか?」

「最近密かに噂になっているのだが、ケノ国の外から来た妖怪が各地を転々としているらしい。争いの種もそれが原因ではないか、とな」

「ケノ国以外にも妖怪がいるだと!?」


 ありえない、もしそうなら噂は瞬く間に広まる筈。かつてこの那須山は他所から来た大妖怪によって荒らしに荒らされた。ケノ国の妖怪たちは他所者に関してとにかく目ざといのだ。各地にいる神々、地霊も黙ってはいないだろう。

 

「当然、わしもその妖怪が現れたと思わしき場所をあたったよ。だが誰もその妖怪の姿を見た者はおらんと言うのだ。記憶が曖昧あいまいであったり、何も話そうとしない者ばかりだ」

「一体どういうことだ? この国で何が起きているというのだ……」


 考え込むも情報が少なすぎる。

 実体の無い大きな影が徐々にケノ国全土を飲み込もうとしているのか。


「一つだけ言えるのは、このままではいかんということだけだ。これからわしはもとへ向かう。来月この件を八百万の神々で協議して頂き、神託を得る為だ」

「是非頼む」


 蒼牙に酒を注ごうとしたが断った。光丸坊は何か言いたそうにしていたが、ついに決心し、下を向いたまま話し始めた。


「……これはわしが口を出すまでもないことだがな。当主を下り、次の当主を決めるそうだな」

「そうだ」

「今この国はこんな調子だ。病にせっているところ酷を言うが『邪頭』の件についても早期に決着をつけて貰いたい」

「無論だ。が、何時何時とはっきりは言えぬ。当主継承の件は来月早期に済ますつもりだ……その時念の為近隣の山には誰も入らぬように触れ回って欲しい」

「ふむ、心得た。して次の当主は? イロハか?」

「今は何とも言えぬ」

「そうか、相分かった」


 そう言って立ち上がる光丸坊。


「ならばもう何も聞くまい。わしはもう行く。次会う時位まではお主が生きているよう、神々に頼んでおこう」

「恩に着る、まだまだ死ねぬようだな」


 冗談を言い合い二人は別れた。


 屋敷を出ると甥の月光が出向かえをする。光丸坊は月光にこれからも尽くすよう言うと、空高く飛び去っていった。

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