星ノ巫女番外編 妖娘の井戸端会議


 人間に国があり町があるように、妖怪たちにも妖怪だけの町がある。

 その名も『宵闇よいやみ町』、どこにあるか誰も知らないが、畏怖いふすべき偉大なる先輩の言葉を借りれば『あるさ、お前の家の傍』なのだろうか。


 今夜は宵闇町の店「赤提灯」にて二人の妖怪、天狗の『徳次郎とくじら茜』と山背やませの精霊『春華』が人ならぬ妖を待っていた。既に瓶子へいじ(酒の入れ物)を五本も空けながら。


『おまたせ~』


 閉められた障子をすり抜けてようやく現れたのはさくらだった。

 これから三人は掛軸の一件を終えた打ち上げをするのだという、計画を立ち上げたさくらの奢りだ。女だけ、居酒屋での井戸端会議。現代で言えば妖怪の女子会と言ったところか。


「あ、やっときた」

「さくらおそーい!」


「ごめんねぇ、お友達を探してたら遅くなっちゃったの」


 ブーたれている春華に事情を説明する。なんでも人間の娘に掛け軸を見せてもらう約束をしたのだが見失ってしまったそうだ。


「姉さん、その人間って……陰陽師の……?」

「佐夜香ちゃんよ。そうそう、聞いたわよ茜ちゃん。さよちゃんにちょっかい出したでしょう? 駄目よそんなことしちゃ、いけない子!」

「え!? 何で知ってるの!?」

「やーい、怒られた~」


 春華を見るとニヤニヤしている。犯人は分かった、こいつが告げ口したのだ。


「おまえなぁ……!」

「さっきは天狗に怒られた~、今日は二回も怒られた~。ギャハッハーッ!」

「この餓鬼んちょっ!!」

「ほら駄目よ、暴れちゃ」


『ちょっとお客さん、煩いよ!』


 ガラリと部屋の障子が開けられ、入ってきたのは一つ目娘だった。

 一つ目娘の名は「あららぎ」、この店の看板娘である。


「またあんたなの、徳次郎! いい加減にしないと摘まみ出すよ!」

「あー、らんちゃんったら客にそんなこと言っていいのかなー?」

「あんたねぇ……今度暴れたら出禁だって、この店の主が言ってたんだからね!」

「あーもう、わーったわーった」


 適当に注文すると蘭を追い出す。去り際に尻を撫でようとしたところ「親父臭い」と、でかい眼で睨まれた。


「あぁそうだ。姉さん掛軸が見たいなら今度見せてあげるよ、贋作がんさくじゃない本物。あたしさ、絵を一度だけ二枚に複製できるんだ。だからあの幽霊の絵も複製しといたって訳」

「まぁすごい! ……でもこれから二原へ行かないといけないんでしょう?」

「……言わないでよぉ」


 力無く茜は突っ伏した。

 そう、茜は師からの言いつけで二原の東光坊天狗のところへ行かねばならないのだ。師からの戒め半分、前々から東光坊に目を掛けられていたのが半分だ。


「なんでそんなとこ態々行くんだ?」

「……そりゃ、あたしが優秀だからだよ。最近はさ、海の向こうからも頻繁に妖怪が来るだろう? 『有事に備え、異国の言葉も憶えるべきだ』って二原の天狗様が言うんだと。だから私はその講師として行くわけ」


 茜は少し尾鰭おひれをつけた。二原の東光坊といえば厳格で知られている。師である天元斎てんげんさいからはあくまで「行儀見習い」として行くように言われたのだが……。


「茜ちゃん異国の言葉が話せるの!? 凄いじゃない!」

「なんだそれ!? あちしにも教えろ!」


 興味を示した春華を見て、内心ニヤリとする茜。

 何を思ったか鼻を摘まみだした。


「いいか? 異人ってのは鼻が高いだろ? あいつら小さい子供の時は鼻を摘まんで話すから高いんだ。大人の異人や天狗は鼻が高いからその必要はない。だから初心者はこうして鼻を摘まみながら『プリーズ』と言う」


「なんだそれ!? 馬鹿みたい!」

「いいから言え、プリーズだ」


「ぷりぃーず」


 その様子を見てさくらは呆気にとられている。さくらも異人についてはよくわからない。茜は吹き出しそうになるのを堪えて続ける。


「よしよし、いいぞ。次はちょっと難しいぞ『アイムアンイディオット』だ」

「?? 何て意味だ?」

「私は偉い日ノ本の妖怪です、だ」

「よーし! アイムアンイディオット! アイムアンイディオットだ!」


 得意気に鼻を摘まみながらそう叫ぶ春華に、とうとう茜は堪え切れず嚙み殺しながら笑い出す。隣で見ていたさくらも真似しようと、鼻を摘まみ出した。


「こうすればいいの? アイムアン……」

「あ、姉さんはしなくていいよ。嘘だから」


ガッシャーン!


 騙されたと知った春華が顔を真っ赤にして飛び掛ってきた。


「やっぱり騙したなっ!! さっき何て言わせたっ!?」

「はっはっは! やめろって! これでお相子だろ? 」

「うるせぇっ!!」


『うるせぇのはおまえらだっ!!』


 とうとう他の客から苦情が飛び、障子紙を突き破って茶碗や瓶子が投げ込まれる。幽体のさくらは免れたが、茜と春華は頭に直撃した。

 こうなってしまっては乱闘騒ぎである。怒り狂った春華が風を起こし、滅茶苦茶に暴れたので店内は酷い有様となってしまった。


 三人は店から出禁を言い渡された。



星ノ巫女番外編 ─あやかしむすめの井戸端会議─  完

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