幽霊の掛け軸 上章 其ノ八


 部屋に着くと、数本の燭台しょくだい蝋燭ろうそくが立てられ炎を揺らめかせていた。その明かりが一人一人の姿をぼうっと照らし出す。誰もが真剣な面持ちに見え、佐夜香へ緊張感を誘う。


「これで揃いましたな」

「遅れて済みません、何か進展はありましたか?」


 しかし誰も良い顔をしない。


「なーんにも」

「こちらも何も掴めなかった」

「肝心の被害にあった絵皿が捨てられてしまった様なのです。高価な物でもなく危ないからって……」

「危機感に欠けておる話だ。我々に事を解決させる気があるのか無いのか」


 兼井の言うことも一理ある。ここの住職は姿を現して早々、自分の趣味の話を持ち出すような人物だ。


「ま、そこでこの道三殿が仰るには、幽霊が出るのなら呼び出して問い詰めようというわけじゃ」

「過去に何度か降霊こうれいの儀を行った経験が御座います。早速始めようと思うので、この塩を身に付けて下さい。私以外に霊が降りては危険ですからな」

「こちらの部屋を選んだ理由は? 掛け軸の部屋でなくていいんですか?」


 塩を付けながら佐夜香が尋ねる。


「どこでやっても一緒だよ。さよちゃんだってあの掛け軸調べてわかったろ?」

「そういうことじゃよ、かっかっか!」

「では始めますのでご静粛願います……」



 こうして霊媒師、道山による降霊の儀式が始まった。静まり返った部屋に聞こえるのは道三の祈祷きとうと、外で鳴いている虫の声のみ。


「のうまぐさんまんだー……」


 同じ言葉を繰り返し唱える。道三は玉のような汗を流し始め、皆それをじっと見守っていた。


(しっかしあっちいなぁ……)

(…)

(ごくり…)

(……)


「…くっしょぉい!!!」


 今のは厳顔法師のくしゃみである。


『…………』



…………


……


 やはり霊を呼び寄せるなど無理だったのか?

 そもそも幽霊など居なかったのか?


 誰もが諦めかけた時、変化が起きた。


ジジ……


 蝋燭の火が揺れ始めた!

 風もないのにこれは!?

 それに合わせるように道三の声も一層張り上がった。


「のうまぐさんまんだーうーだせんたまかろしあー!」


(…?)


 佐夜香の懐で何かが動く。


「のうまぐさんまんだーっ!!」


……ドサッ!


フッ……


 突然祈祷していた道三が前のめりに倒れ、部屋に灯されていた蝋燭が一斉に消えた。全員突然のことに慌てる!


「ひぃ!?」

「道三殿?! 如何した?!」


 慌てふためく早川とその弟子、安念。

 下手に動いては危険と兼井が叫ぶ!


「全員動くでない! 何が起こるかわからぬ!」

「あっ!」


 闇の中、突然織姫しきひめが佐夜香の意思に反し、表に出てきてしまった。


「ややっ?!」

「で、で、出たー! 妖怪!!」

「ご、御免なさい! 織姫! 今は駄目! 戻りなさい!」


「ふ~!」


 青白い炎を放ちながら宙に浮く織姫。暴れたりはせず、その場でじっと前を睨み静止している。どうやら倒れている道三の方を見ているようだ。

 織姫に照らされ部屋が明るくなったのを見て、虎丸は蝋燭の一つに火を付けた。


「よ、よし! 火は付いたぞ!」

「道三殿はどうなされた?!」


 改めて道三を見ると、座った状態から前のめりに倒れていた。

 死んでしまったのだろうか?


 と、かすかに前に伸びた手が動く!


「おぉ、動いたぞい! 意識はあるのか?」


 火の付いた燭台を手に持ち、皆を静止する虎丸。危険だから下がっていろ、ということだろう。倒れている道三に恐る恐る詰め寄り、問いかけた。


「……おぅ、お前は霊媒師か? それとも寺に出る幽霊か?」


 すると道三の身体は、答える代わりにゆっくりと身を起こす。

 皆に緊張が走った……。


「……道三です。…もう少しのところ、残念ながら失敗してしまいました」

『はぁ~……』


 緊張の糸がほぐれ、安堵と失望の声が漏れた。


「申し訳ありません。私の式が勝手に出てきたせいで……」

「さよちゃんは悪くねぇよ。この爺さんがくしゃみしたせいじゃねぇか?」

「わしのせいじゃと?! 出ちまったもんは仕方なかろう!」


「今後は気を付けて欲しいものですな。先程のような状況が如何に危険か、お分かりだろう?」

「…はい、気を付けます」

「…てっきり妖怪が出たのかと。あれが式神というものなのですね」


 皆が口々に喋っているところに早川が仕切り出した。


「結果は残念でしたがまだ夜は長い。今のところは『何かがこの寺にいる』と分かっただけでもよしとしましょう。……道三殿、大丈夫ですかな? どちらへ?」

「少々疲れました、ちと厠へ」


 道三はふらふらと歩きながら部屋を出ていった。

 一心に祈祷していたのだ、無理もないだろう。


 そこへ入れ替わりに住職が入ってきた。


「おや、皆の衆こちらにいらっしゃったか。夕餉ゆうげの仕度が整ったので是非お越しくだされ」


 膳を運んできた訳では無い様だ。

 まさかまた収集品の自慢だろうか?

 皆、うんざり思いながらもついて行くことにしたのだった。

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