幽霊の掛け軸 上章 其ノ六


 法願ほうがん和尚が出て行った後、哲寛てっかんは皆の前に座り、改めて説明し始めた。


「……申し訳ありません、説明の途中で。先程和尚様が言われた通り、皆様をお呼びしたのは幽霊を退治して頂く為なのです。この掛け軸と関係があるかは不明ですが、物が壊されたりしているのは本当です。……夜に奇妙な声が聞こえたり」

「奇妙な声? 一体何と?」

「はっきりとは聞き取れませんでしたが『まだか』とか『口惜しい』とか…」

「うむう! 正しくそれはこの掛け軸の幽霊の仕業!」


  バシっと膝と叩いたかと思うと、虎丸は立ち上がり、手早くたすきをかける。


「よし、この俺がふん縛ってやる! 哲寛殿もお手伝い下され!」

「本当ですか?! して、私は何をすれば?」

「掛け軸の幽霊を追い出して下され! ささっ! 早う早う!」


ズコッ


(一休禅師……古い…)


「あ、いや。私にそのような真似は……」

「はっはっは! 相分かった! わしに任せろ! 出てこい!」

「あっあっ! お止めください! 住職が大事にしてる物なので!」


 悪乗りして掛け軸に掴みかかろうとする厳顔げんがんを慌てて制止した。


 と、まぁ冗談はここまでとして、早速七人は考えを練る事にしたのである。


「困りましたな、まさか掛け軸とは。てっきり外の桜の方に幽霊が出るのかと」

「外の桜の木と共に火にくべては?」

「いやいや! 滅相もない! 掛け軸はともかく外の桜は織原おはら藩、いや、日ノ本の重宝! うっかり傷でも付ければ我々はコレですぞ」


 早川和尚は『首を撥ねられるぞ』の手振りをする。

 それを見て弟子の安念は青くなる。


(あぁ、……こんなことなら付いてくるんじゃなかった)


「おさよちゃんはどう思う? ってどうかしたか?」


 見ると佐夜香は先程の掛け軸の前で、手をかざしたり符を近づけたりしていた。


「掛け軸なのですが何と言いますか、悪霊が取り憑いている気配がありませんね」

「……俺もなんかそんな気がしたんだよなぁ」

「すると原因は他に?」

「誰かの悪戯ではないでしょうか?」

「じゃが安念、外の桜はどう説明する? どう見ても人の仕業ではないぞ?」

「え……う、うーん」

「やはり外の桜がどうしても気になってしまいますな」

「物ありすぎんだよこの寺! こうなったら片っ端っから当るしかねぇかぁ?」


 どうにも話がまとまらない。

 当然だ、話し合うには情報が少なすぎる。

 あーでも無い、こーでも無いと話していると哲寛が茶を運んできた。


「皆様、ひと段落着きましたらお部屋を御案内させます。長旅だった方もいらっしゃるでしょうし、まだ日も落ちていませんので」


 すると厳顔は閃いたかのように相槌を打った。


「よし、ならばこうしよう! 幽霊が現れるのは夜と相場が決まっておる! それまで各自、休むも良し、寺を調べるも良しというのは?」

「何か見つけたり良い案が浮かんだ者がいれば、また集まることにしますか」


 異議あるものはおらず、寺の坊主に連れられ部屋を出て行く。佐夜香の部屋は本堂から離れた場所にあるらしく、哲寛に案内され外に出た。


「ご不便をおかけします」

「いえ、でも何故私だけ離れへ?」

「大した理由では無いのですが。僧侶という者は各々考えがあるものでして……」


 歯に衣着せるような言い方だが、佐夜香は何となく察しが付いた。


「女人禁制、ですか?」


 女人禁制、寺に女は無用という古い考えである。理由は様々だが仏法の教えに反する、女は霊や物の怪が憑き易い、寺が汚れるなどがある。しかしこの教えは間違いであるという考えが有力であり、各地で少なくなってきているものの、地域によっては根強く残っている場所もあった。


「いえいえ、当家にはそういった教えはありませんのでご安心を。ただ他の方の考えというのは分かり兼ねますので念の為です。ご理解頂けると助かります」

「お気配り痛み入ります。哲寛様はよくお気づきになるのですね」

「いえ、神経質なだけなのかもしれません」


 哲寛は思わず照れ臭くなり顔を赤らめた。


 石畳いしだたみを歩き、例の桜の横に来る。

 相変わらず桜は満開の花びらを留まることなく散らしていた。


「そういえば、この寺の御住職は哲寛様のお父上様なのですか?」

「はい、そうです」

「随分と収集に熱を入れてらっしゃる様ですね。楽しそうにお話して下さいました」


 すると、哲寛は急に顔が険しくなり始めた。


「……昔は父もあんな風ではありませんでした。昔から骨董品に興味があったのですが嗜む程度でしたし。……ある事件を切欠きっかけに人が変わってしまったのです」


 改めて哲寛の顔を見ると、下を向き寂しそうな表情をしていた。


「それまでは誰にも親しまれ、他の寺の友人や有識者の方々もよくこの寺に訪れていました。しかし私が僧侶としての修行を終え、この寺に帰ってみると父はまるで別人になってしまっていた……。他人に収集品を自慢するようになり、時には妬み、より良いものを手元に置こうと、そればかり考えるようになってしまった……」


「哲寛様……」


 ……佐夜香は何と声を掛けるべきなのかわからなかった。


「私にはわかり兼ねますが、父には父の考えがあるのでしょう。例えどうあろうと、私にとって父は一人しか居りません」

「そうですね。私は早くから父も母も亡くしましたが家族というものは替えが効きませんし」

「なんと、それはそれは……! 済みません、気分を害されたらお許しを」

「いえ……。ふふ、哲寛様先程から謝ってばかり」

「え? ……あははは、これは参りました」


 再び顔を赤らめ、照れながら毛の無い頭をかく哲寛。

 それを見て佐夜香は「よかった」と思うのだった。


 例の巨大草履が飾ってあった堂の更に奥、そこに小さな小屋があった。昔は茶室として使用されていたが今は使っていないという。


「中に布団を御用意させて頂きました。かわやはそちらを右に行った所に御座います。もし何か不便がありましたらお申し付け下さい。私は暫く本堂の方に居りますので。……あ、もし調べ物がしたい場合、寺男が番をしていない場所ならご自由にお立ち入り下さいませ」

「何から何までありがとうございます。ではまた後ほど」


 哲寛と別れ小屋に入る佐夜香。中は薄暗く狭かったが、横になる分には問題無かった。持ち物を整理し、体から武具を外すと布団の上に横になった。

 横になった途端、どっと疲れが押し寄せてくるようだった。


(今日は本当に色々なことがあった。仕事はこれからだというのに……)


 朝に会った侵入者。


 峠での山賊との戦い。


 助けた馬に連れられて着いたものの、全く相手のわからない今回の事件。


 考えを整理しようにも疲れた体がそうはさせてくれず、いつの間にか深い眠りに落ちていた。

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