幽霊の掛け軸 上章 其ノ五


 里に着くと活気のある店並みから食べ物の匂いがしてくる。だが脇目も振らず目的の寺へと歩みを進める佐夜香。織姫しきひめに何かされては敵わない、下手に自分が気を止めれば反応して出てきてしまうだろう。


 そして、問題の寺『法願寺ほうがんじ』へようやく到着したのだった。


 この寺は良くも悪くも織原おはらで三本の指に入るほど有名な寺だった。規模はさほど大きくはないが、日ノ本の重宝である桜の木が植えてあったり、重要な宝物を保持していたりと莫大な財を所有していた。

 だが和尚は欲深く見栄っ張りで、里での評判は良くは無かったのだ。


 着いて早々何やら騒がしく、入口に集まりができて騒いでいる。どうやら桜を傍で見ようと集まった里人のようだ。普段は一般公開の筈なのだが、今回事変勃発ということで立入禁止状態なのだろう。寺の者とおぼしき男が必死に怒鳴っている。


「外から十分見れるだろう! たたりがあるから駄目だ! 駄目だっ!」


『祟られる寺だとよ! 桜見せんのも惜しいか! よくよく罰当たり寺だぁ!』

『祟られてんのは寺の方じゃないかい?!』


「あんだとぉ?!」


「あのぉー……」


 人混みをかき分け、荷物から書物を取り出し寺男に見せた。


「今回の事変解決の依頼を受けて参りました、芳賀はが佐夜香と申しますが…」


 貰った書状を見る寺男。

 と、その時、門が少し空き、中から坊主頭がぬっと出る。

 そして佐夜香の顔を見るなり親しげに話しかけてきたのだ。


「おぉ! 芳賀の御当主殿ではないか」

「はい? え、あのぉ?」

「ささ早く参られよ。早う早う」


 そう言って門の中から手招きする坊主頭の男。まぁこのままでも埒があかないので、佐夜香は素早く門の中へと逃れた。佐夜香が入ると素早く門を閉める。


『おう! 何で今の女っ子は入れんだ?! ずりぃぞ!』


 門の外では先程から大騒ぎである。


「かぁ~! これだから田舎者は。桜なぞ春になりゃ呆れる位見れるってのに」

「助かりました。……失礼ですが貴方は?」


 佐夜香は頭の中が「???」になる。


「ん? 俺か? あー…忘れられてたか。俺は虎丸、貴殿と同じ理由で招かれたのだ。ほら、先月だったか模範演舞の占いで一緒に箱の中身を当てっこしたろう?」

「あっ…あーあの時の」


と言いかけた佐夜香だが


(……記憶に無いわ、こんな人いたかしら?)


 完全に忘れていた。志乃以外は眼中に無かったので、一々誰々と戦ったなどと憶えていなかったのである。知らぬと言うのも何か気が引けたので、適当に愛想笑いして合わせることにし、石畳いしだたみを歩き始めるのだった。


「……俺の法力を見破る者が居るとは思わなんだ! 芳賀家の術も見事だったが云々……いやぁしかし御当主殿自ら遠方から赴くとは云々……」

「佐夜香、とお呼び下さいませ。お互いかしこまると気疲れしてしまいますよ」

「お、そうか? なら俺も虎丸と呼んでくれ。宜しくな、おさよちゃん!」

(お、おさよちゃん……)


 そんなことを話している間に大きな木の前についた。外から見えた例の桜の木である。数本並んだその木は、どれも見事な花を満開に咲かせていたのである。かすかな夏の風に乗って花弁が揺れ落ち、ここだけ春が帰ってきたかように錯覚する。


 二人は足を止め、暫しその桜を見入った。


「これが外から見えた桜なのですね。秋桜あきざくらでは無いのでしょう?」

「うん。こういうのも何だが見事なもんだ。大昔高名な法師がこの寺に植えていったんだとさ。時におさよちゃんよ、こいつを見て気付いたかい?」


 上を見上げたまま虎丸は尋ねた。


「見事な桜、ですが禍々しいです。近くで見ると花が黒く見えます」

「流石だな、その通りだ。どうやら俺ら以外には普通の花にしか見えぬようだ。つまり、人外の者の仕業と考えていいだろう」


 見鬼の才を持つ佐夜香は一目で桜を見抜いた。虎丸も修行を積んでいるのでそれがわかるのである。しかし一体何のために、何者の仕業なのだろうか?


「この寺は曰付いわくつきのものが結構あってな。例えばそっちのお堂、中に巨大草履ぞうりが飾ってあるんだ」

「草履?」

「覗いてみるかい?」


 言われるままに傍にあった堂まで行き、そっと戸の隙間から覗いたみた。

 そこには壁にわらで編んだ巨大な何かが吊る下がっていた。


「草履だよ。でかいだろう? 天狗が履くんだと!」

「天狗ってこんなに大きいのですか?!」

「ははははっ! 俺もはっきり見たことはないから知らん! ここいらの人間は信心深くてな、天狗もまつってあるんだ。大昔大火から里を救っただの、温泉を見つけただのなんだの。自分は天狗の末裔だと信じてる奴も居るとか居ないとか」

「そうなんですか」


 そう言えばここに来る途中「天狗の仕業にしろ」などと言ってしまった佐夜香。

 天狗といえば強力な妖怪でもある……少し不安になってきた。


「話に尾鰭おひれ付いてると思うぜ。ここの住職は変わり者なんだ。収集癖もあって寺ん中にも色々置いてあったぜ」


 虎丸に連れられ本堂へと向かう。応対の小坊主に話を済ませると堂の中へ。

 すると虎丸の言った通り、廊下に色々な物が飾られていた。


「これはまた何とも……。この壺とか『魂』と描かれてますが、魂が入っているのでしょうか」

「うんにゃ、節分の時の豆が入ってた」

(覗いたんだ…)


 ずかずかと廊下の真ん中を歩く虎丸について行くと、一角の部屋に着いた。


「皆々衆! 葦鹿あしかの里から芳賀家の姫君が参られたぞ~! 控え控え~!」


 恐る恐る部屋を覗くと高年の男達が四人、若い小僧が一人、円になり座っていた。佐夜香の姿が見えると一斉に振り向き、逆に圧倒される。同じ位の歳の者はいない、まぁ当然といえば当然だろう。


「芳賀佐夜香と申します」

「ま、ま、男ばっかりでむさいが座ってくれ」


 言われるままに佐夜香が座ると自己紹介が始まった。


厳顔げんがん、那須野から参った」

兼井かねいと申す」

道三どうざん、霊媒師をしておる」

早川はやかわです、乾坦寺かんたんじから。これは弟子の安念あんねん

「安念です。宜しくお願いします」


 見た感じ僧侶が殆どだが、妖怪と戦ったことはあるのだろうか。むしろ妖怪に食われた後の始末係な印象が強いが。


「あーところで、この中に妖怪と対峙された経験者はどれだけおられるか?」

「はい」


 さっと手を上げる佐夜香。

 そして「おぉ」と一同から驚きの声が上がる。


 誰も他に手を挙げず、虎丸はガクリと首を曲げた。


「……おぃおぃ皆様方。我々は正体不明の物の怪をとっちめるのですぞ?」

「ん! あるぞ! 一度だけならわしも。いつだったかのぅ……だいぶ昔で」


 腕組みを始める厳顔。


「我々は事が大きくなる前に大概終わしてしまいますからな。実際に取っ組み合いのようなことはしたことはありません」

「左用、早川殿の言う通りそういう事は僧兵の仕事。今回も大事にならぬのでは?」

「まぁそうかも知れんが……って。兼井殿、何を根拠にそんなことを?」

「何も聞いておらぬのか? 今日我々が呼ばれたのは……」


 兼井がそう言いかけると部屋に誰か入ってきた。一同話を止め一斉に体を向ける。入ってきたのはこの寺の僧侶の一人であった。歳はまだ若く三十路前だろう。一同を見るなり手を合わせ頭を下げる。物腰の丁寧さからしてこの寺の住職の後継あとつぎの様だ。一通りの修業を終え、しっかりした顔立ちからたくましさえ感じられた。


「この寺の僧、哲寛てっかんです。本日は皆様お集まり頂き、御礼申し上げます。これより本家住職からの説明が御座います」


 そう言い終わると同時に


「おぃ哲寛」

「はい」


 ひょいと首を出した老人に呼ばれる。あれがこの寺の住職、法願和尚なのだろう。部屋の入り口で何やら小声で話し始めた。


(なんじゃ、あれで全員なのか? 二十人近く呼んだ筈だぞ?)

(急に来れなくなった方もおりまして、あれで全員お揃いです)

(……なんじゃい全く)


 どうやらもっと人が集まるとみていたようだ。少しがっかりした様子を見せたが、急にニコニコしながら部屋に入ってきた。


「オホン……。本日は方々からよくぞ参られましたな。私がこの法願寺の住職です。して、如何でしたかな? この寺の様子は」


『???』


 一体何を言っているのだろう? 皆がお互い不思議そうに顔を見せ合い、道山が何気なく訪ねる。

 

「寺の様子? 外の桜のことかな? これまた見事な」

「あ、いやいや。そうではなくて本堂の廊下に置いてあった品々です」


「『魂』と描かれていた壺などでしょうか?」


 これがいけなかった! 佐夜香が口を開いた途端、待ってましたとばかりに和尚はまくし立てたのである!


「おぉ! あれに目が留まりましたか! あの壺こそは先代から伝わる云々…」


 和尚の話は暫く続いた……。

 始めは何事かと聞いていたが次第に皆呆れてきた。

 しかもこれまた目を輝かせて嬉しそうに話すので誰も止められない。


 ……もしや収集品を自慢する為に皆を集めたのではなかろうか?

 流石にこれ以上はまずいと思った哲寛は……。


「和尚様、そろそろ本題に入られては? 刻を争う事態でもありますので」

「口を挟むな! 物事は順序というものがある! 全く最近の若造は……ええぃ! どこまで話したかな……あぁ、いいやもう!」


 そう言うと部屋の隅へ歩いて行き、何やら布が貼られている物の前に立った。


「では本日の要件を御説明致しましょうぞ。これよりお見せするのは当家でも宝物ほうもつ中の宝物! とくと御覧あれ!」


 そう言って後ろを向き、数珠を取り出して念仏を唱え始める。それが済むと哲寛に手伝って貰い布を外し始めた。布が取り払われると掛け軸が姿を現し、奇妙な水墨画が描かれている。


「どうです? 恐ろしげでしょう? これが当家に伝わる幽霊の図でございます」


 皆、始めは何の図かよく分からなかったが、言われて「あぁ成る程」と思った。

 乱れた長い髪、目はこぶで隠れ、歯黒を塗った口から赤い舌が垂れていた。全身は白い破れた着物で覆われ、足が途切れていたのである。宙に浮いているのは火の玉だろうか?


「……で、この掛け軸と我々を呼んだ理由とはどういった関係がお在りか?」


 すると法願和尚は神妙な顔付きになり話し始めた。


「実は少し前からこの寺で奇妙なことが起こり始めましてな。本来あった物が消えていたり壊されていたり……あぁ、そうそう、外にある桜の木が花を咲かせたり! そして先々日の晩、遂に寺の中で奇妙な人影を見たのです! 気になった私は後を付けたところ、その影はこの絵の前でふっと消えてしまったのです! 正しく、この絵に憑く悪霊の仕業ではないかと!」


 その時、誰かが笑う声がした!


「だ、誰じゃ! 人が真剣な話をしているのに!?」


 一同一斉に裏を向く。


『きゃっきゃ!』


ダッダッダッ……


 この寺の小坊主らだろうか、廊下を駆ける足音が聞こえた。


「あんの小坊主共っ!! ……とっ、とりあえず宜しく頼みましたぞ!」


 法願和尚は顔を真っ赤にしながら足早に出て行ってしまった。

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