幽霊の掛け軸 上章 其ノ四


『おいごら!! まてぇぇい!!』

『そこの駕籠かご止まれぇ!!!』


ドシン!!


「あ痛っ!」


 乱暴に駕籠が止まる。

 

「な、何だおめぇら?!」

「あ? 見て判んねぇのか? こっから先は通行料が必要なんだよ! 持ってる銭みんな出しな! おう、その駕籠も置いてけ!」


 山賊だ!!

 数は五人程、一人は馬に乗っており、かしらなのだろう。いずれも粗末な服に獣の皮をなめした上着を羽織っている。手には錆びた刀、弓、……竹槍?!


「おうおう! 持ってる棒捨てて駕籠から離れろ! 駕籠ん中にいる娘、出て来いや! ぶっ殺すぞ!」

「ぐ……畜生!」


 言われるまま駕籠舁かごかきは構えていた棒杖を捨てる。刀や弓には太刀打ちできない。しかし駕籠舁の一人は勇敢にも引き下がらない。


「お前らなんねぇ! ここで俺らが引き下がったら駕籠屋の名折れだ!」

「んだてめぇ?! 死にてぇんか?! お、お、お?!」

「さっさと戸開けろごら!!」

(…………畜生!)


 だが遂に武器を振り上げる山賊に圧倒され、引き下がってしまった。観念して駕籠の戸を開ける。


(すいやせん…)

(許してくんろ…)


 駕籠の戸が開かれるとスッと佐夜香が出てきた。

 おぉーっと山賊たちから声が漏れる。


「頭! あっしの言ったとおりでしょ? 駕籠の中は娘っ子一人! きっとお大尽だいじんのとこの娘ですぜ!!」

「全く今日は付いてるぜ! さっき捕まえたこの馬といい、おあつらえ向きの駕籠といい、こいつは暫く遊んで暮らせそうだ!」


 そう言ってパンパンと乗っていた馬の首を叩いた。見るとその馬、擦り傷だらけであり乱暴に紐で雁字がんじがらめにされてくつわに見立てられていた。恐らく野生の馬だったが群れ離れ、運悪く山賊のものになってしまったのだろう。


『へっへっへっへへへへへ』


 薄気味悪い声で笑う山賊たち。しかし佐夜香は臆せず、周囲を見ると自ら前に進み出た。


「あぁ、お客人! いけねぇ!」

「この中でお頭の方はどなたでしょうか?」

「俺だ! なんだぁ? お酌でもしてくれんのか?」

「へっへっへ! 頭ぁ、この娘中々の上玉ですぜ! 色町(娼婦街のこと)に売ればいい値がつきそうですぜぇ」


 しかし佐夜香は構わず馬の上にいる男に続ける。


「今日中に織原まで行かなくてはなりません。邪魔をしないで頂けませんか?」

「あんだとこのアマっ子!」


 思わず掴みかかろうとした子分に、山賊の頭が制す。


「おう、やめろ! 傷でもついたら元も子もねぇ。……なぁ嬢ちゃんよ、俺らの里は今年実りが悪そうでよぉ。こうやって稼がなきゃ皆飢え死んじまうんだよ」


 この言葉に佐夜香はキッと睨み食いかかる。


「ご冗談を! 貴方々はお百姓では無いでしょう? お話にならないようですね」


 佐夜香は懐から手裏剣を素早く取り出すと、馬上の山賊頭に向けて投げつけた!

 山賊頭の肩をかすめる!


「っ!? ……この野郎! お前ら構わねぇ、やっちまえ!!」

「てめぇ!?」

「おらぁ!」


 山賊たちが武器を振り上げ佐夜香を捕まえようとした。しかし佐夜香は咄嗟に道の脇にある斜面を駆け上がる。更に追って斜面を登って来た山賊たちへと網を投げつけ、三人程かかる。手に長物を持っていたのが仇となり、狭い山道、三人仲良く絡まりながら斜面を転げていった。

 その様子を見て駕籠舁達も目を丸くする。しかし、次に駕籠舁が見たのは山賊の引き絞った弓矢が放たれる様子だった。


「あ! いけねぇ!!」


ヒュッ!


 その瞬間佐夜香の身体は大きく飛び上がり、太い木の枝を掴む。反動を付け、弓手に向かって飛び蹴りを食らわした。食らった方は堪らない、他の山賊同様斜面を転がっていった。


「な、何者だおめぇ?! クソっ!」

「ヒヒィィィーン!!」


 刀を振りかざし馬で突進してくるかと思いきや、その場で吹き矢を取り出した。


 が、一瞬遅かった!


ジャラッ!


 佐夜香の分銅鎖が山賊頭の首を捉えたのだ!

 首に巻き付く!

 それでも構わない!

 正面にいる佐夜香へと吹き矢を吹こうとしたのだが……


 手が動かないのだ?!


「あ゛……?!」


ググッ……


 巻き付いた鎖に引っ張られ、山賊頭の顔がみるみる真っ赤になる。

 口から矢ではなく泡を吹き出した!


……ドサッ!


 必死にもがこうとするも抵抗虚しく、山賊の頭はあっけなく落馬してしまった。


「ブルル……!」


 馬は背中が軽くなったのを覚え、元来た道を走って逃げて行ってしまう。佐夜香はそれに構わず、落馬した山賊頭に近づいた。駕籠舁たちもはっと我に返り、自分らが何をすべきか悟るのだった。


「…お、おい! 皆!」

「おおう!」

「こんにゃろ!」


 手に棒を持ち山賊頭を取り押さえ、していたたすきで手足を縛るのだった。それを見届けた佐夜香は斜面の下にまだいるであろう、山賊たちに向かって声を発する。


「貴方々の頭は捕らえました! 間もなく全身に毒が回り死ぬでしょう! 毒手裏剣はあと一つあります! 次にこうなりたいのはどなたですか?!」


「え?! お頭?!」

(え? ど、毒手裏剣?!)


 斜面の下で辛うじて上がってこようとする山賊たちも駕籠舁も、この言葉に流石に血の気が引いた。最初に山賊頭へ投げた手裏剣は毒が塗ってあったのである。しのびにとって手裏剣に毒を塗ることは常套じょうとう手段、甲賀の流れを汲む流派なら尚の事であった。


「このまま立ち去るなら良し! 追ってくるなら全員息の根を止めますよ!」


 鬼気迫る佐夜香の気迫! まるで全身から見えない恐ろしげな何かが吹き出しているかの様で、辺りの者全員が戦慄した。

 いや、目に見えないはずのその何かが徐々に姿を作り始め、遂には大きな獣の頭に形を変える!


 獣の頭が今、咆哮ほうこうを上げんとばかり牙を剥いた!


「ぎゃ?! 化けもんだー?!!」

「お、お、お、鬼姫様じゃ!!」

「た、祟じゃ!! 逃げろー!! ぶっ殺される!!」


 山賊たちは打ち付けられた痛みも忘れ、転がるように斜面を下って逃げていった。


「何をそんなに? あ、織姫しきひめ! また勝手に出てきて…あ、待ちなさい!」


 そう、獣の頭の正体は織姫だったのだ。佐夜香が叱ろうとすると、今度はどこかへ飛んでいってしまった。溜息をつく佐夜香だが振り返り、次なる問題が待ち受けている事に気が付く。


『お見逸れ致しました──!!』


(う……)


 駕籠舁たちは一斉に土下座し、佐夜香に向かい平伏していたのである。あんなものを見せられたのだ、無理もない。


「まさかここまで偉い御方をお運びしていたとは! 許してくだせえ!!」

「どうか命だけは助けて下せぇ!!」

「織原までは今日中に着かせますんで!」

「へへぇ──!!」


 さあ困ったことになった。何が困ったか、それは単に佐夜香の素性がバレたことではない。彼らの佐夜香を見る目が全く変わってしまったことにある。

 山賊が現れる先程までは和気わき藹々あいあいとしていた筈が、今では鬼か何かを見て恐れおののいているかの様だ。人の心の変わり具合は山の空模様より酷い。彼らは今こそ口ではこう言っているが、恐らくまともに駕籠は担げまい。道中、目的地の織原まで今日中に着けないと悟れば、気が狂っておかしくなってしまうかもしれない。それならまだしも逆上のあまり佐夜香の敵となったら……。

 考え過ぎのように思えるかもしれないが、現に昔、ケノ国で同様の事件があったのは紛れも無い事実なのである。警戒せずには居られない。


パカパカパカ……


 そこに近づいてくる足跡が。先程の馬が織姫とこちらに戻ってきたではないか。

 不思議な光景であった。普段なら他の生き物と喧嘩をし始める織姫が、何故か馬と打ち解けたように並んでこちらへ来るのだ。織姫が馬を連れてきたかの様に。


「うお?! ……あ、何だ、馬か」


 織姫は佐夜香の肩に乗り、何やら耳打ちを始める。


「……この馬が私を織原まで?!」


 何とこの馬、助けてくれた礼に佐夜香を送っていくと言うのだ! 驚いて馬を再び見ると、逃げもせずしゃんと立っている。不思議なこともあるものだ、しかしこの状況からすれば渡りに船である。


(馬は乗ったことないのですが……よしっ!)


 荷支度を整え、意を決すると、ひらりと飛び上がり馬の背に乗る!


『おおっ?!』


バサッ!


(決まった!)


『…おぉ……』

「?!」


 いざ手綱を持とうとしたが、何と馬の首が無いではないか!


 前後ろ逆に飛び乗ってしまった。

 顔を赤らめ慌てて乗り直す。


「おほん、これより私はこの馬と織原へ参ります。ここまで道中お世話様でした」


 ぽかーんと有様を見ていた駕籠舁たち、思わず顔を見合わせ始める。


「え? あ、あの?! 本気ですかい?!」

「あっしらはどうしたらいいんですか?」

「今捕まえた山賊を番所まで届けてくださいな。何か聞かれたら『駕籠に乗せたのは織原へ帰る天狗であった、邪魔した賊が天狗にやられたので連れてきた』とでもうまく言ってください」

「て、天狗…様?」

「そうそう、手裏剣の毒はしびれ毒です、早く届けないと目を覚ましてしまいますよ。その他のことは他言無用ということで、ではご機嫌あそばせ」


「ヒヒーン!」


 ……行ってしまった。残された駕籠舁たち、とりあえず山賊頭を駕籠に押し込め、来た道を急いで戻る。自分らは狐に馬鹿にされたのか、本当にあの娘は天狗だったのか。少なくとも渡された銭は音を立てるので馬糞の類では無いようだ。もし天狗だったなら駕籠など使わず空を飛んでけばよかったのに、と思うのだった。



 佐夜香を乗せた馬は山道を無視し、走れる所構わず走り抜ける。乗っている方は堪らない。手綱にしがみつき振り落とされないようにするのがやっとだ。

 正直馬を駆るなんてかっこいいもんじゃない。馬に張り付いて堪えていると言った方が良いだろう。くらはおろかあぶみすら付いていないのだ。目さえまともに開くことができない、それだけ馬は疾い!


(ふひぃぃ…!)


 振り落とされたら一巻の終わりだろう。仏教とは縁が遠い佐夜香も思わず心の中で念仏を唱え始める。


(神様仏様…! 六根清浄六根清浄…! 南無阿弥陀仏…!)


 前へ後ろへと自分の体重が傾く。その度手綱を出来るだけ引っ張ったりせず、身体全体でしがみつくようにする。こんな時も佐夜香は「手綱を引っ張ったら馬が痛かろう」などと考えていた。


  ……どのくらい走っていただろう。やっと走る速度が落ち、遂に止まった。

 到着したのだろうか? だがここは山中の高い場所のようだが?


(……止まったぁ、もう少しで落ちるところでした……)


 地に足を付け、無事を実感し屈伸する。手が痺れているがどうやら無事の様だ。


 しかし馬は何故ここで止まったのだろう?

 それは目の前に広がる景色で判った。


(あっ!)


 眼下に里が見えた! 織原の里の目と鼻の先に着いたのである!


「本当に着いてしまうなんて! ありがとうございます!」

「ブルゥ!」


 頭を下げる佐夜香に得意げに首を振るう馬。


「もうここまで来れば大丈夫。この紐は外しますね」


 馬に巻きつけられた紐を外してやると


「ブルルゥゥ!」


 嬉しそうに馬は東の方へと走って行った。自分の帰る場所がわかっているのだろうか? 無事住処へと帰れるといいが。

 馬を見送ると再び眼下に広がる里を見る。


(さて、と……成る程。この事変、少々手強そうですね)


 里の一角、季節にそぐわぬ花『桜』……。

 紛れもなく今回の事変の元凶であった。

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