幽霊の掛け軸 上章 其ノ三


 織原おはらの里へと向かう佐夜香の一行。日も傾き始めた頃、ようやく烏頭目宮うずめのみやを抜けた場所にいた。日差しが強く風通しの良い木陰で休憩をとっている。


「うえぇ…暑い暑い」


 佐夜香の他に男が四人、駕籠を担ぐ駕籠舁かごかきたちだ。烏頭目宮から離れた里の宿場で駕籠屋をしているのだが、倍の手間賃を出すと聞き名乗り出た。その代わり宿場を二つほど飛ばし、やや遠出になるという条件で。

 客を見ると娘が一人、織原までになるという。少々距離はあるが容易たやすいことだと考えていたのだが……。


 汗を手拭いで拭きながら、駕籠から降りた佐夜香をちらりと見る。


 何て重い娘だ! ヘタすれば普通の大人より重い! 荷物はさほど多くないようだがどういうわけだろうか? おかげで大分遅れている、今日中に織原まで行き着けるだろうか?


(肩がどうかなっちまいそうだ……交代がいなかったら途中でくたばってたな……)


 横で座っている相棒は口をあけて空を見上げている。

 大分辛そうだ。

 時折妙な声を出して息をついていた。


 そんなことはどこ吹く風、佐夜香はじっと立ち一方を見ていた。


(遅い、何かあったのかしら)


 偵察に出した織姫しきひめの戻りが遅いのである。無理にまで追うなとは言っておいたのだが、もう三刻(約六時間)は経っただろうか。

 式は呼び出して一定時間経つと、力を使い果たし消えてしまう。そうなると再度呼び出す時に前回のことは忘れていたりと、少々面倒なことになってしまうのだが。


(最悪、私が探りを入れたことが相手に知れたら……。無理に追わせなくてもよかったかしら)


 落ち着き無く右の袖の下をジャラジャラと動かす。

 珍しく佐夜香は焦っていた。


「あのう、時にお客人」


 そんな中、駕籠舁はふと佐夜香に声をかける。若い娘が一人というのも退屈だったろうと気を利かせてのことだったが、これがいけなかった。考え事をしていたところ、急に声を掛けられてビクリとする。


「はいっ?!」


ジャラララ……!


「ひぇ?!!」


 佐夜香の右の袖から分銅鎖ぶんどうぐさりが落ちた。慌てて拾おうとする佐夜香は、鎖を腕に巻きつけるため袖をたぐる。痣と傷が無数にある腕が露となり、駕籠舁の目に堂々と焼き付いた。駕籠舁は開いた口が塞がらない。


「失礼しました……何でしょうか?」

「え? あ、いやぁ、えー」


 なにやら止事無やんごとなき御方を乗せているとは聞いていたが、どえらい人を客にしてしまったな、と駕籠舁は思った。ずいぶん重たいんですが何か持ってるんですか、などと声を掛けたが、今ので聞かない方が良さそうだと悟った。触らぬ神に祟りなし…。


「あー……あん、そろそろ出立しようかと。織原の里はまだまだ先でござんすから。あの空模様だと雨になるんじゃないかと」


 そう言って北の空を指差すと、確かに雲が掛かっている。


「本日占いました処、北部は降る心配はありません。でも急がないと今日中に着けませんね」

「占い、ですかい?」

「はい」

「ふーむ……しかし今日中はちと無理なんじゃござんせんかねぇ? どこかの宿場で一晩休んだほうが」

「いえ、急ぎなのでこのままお願いします。そろそろ参りましょう」

「ですかい? …おぉい! もう行くべと!」


 無茶を言う客だと思いつつも、駕篭仲間に声を掛ける。一人は寝転がったまま微動だにしないが大丈夫だろうか。


「ほれ、後追うぞ」

「あ、んん」


 くたばっている相棒を起こし、駕籠の後を追う二人であった。



 雑木林に挟まれた道を駕籠が走る。

 これから秋に入れば、ここいらは紅葉もすぐだろう。


ヒュッ


 その時、駕籠の中に何かが飛び込んできた。ようやく織姫が帰還したのだ。


(遅かったのね。 何かわかった?)


 式神が戻ってきて一安心、直様織姫の報告を聞く。他人に聞こえない声と、織姫が見てきた事柄を頭の中に映し出す佐夜香。

 織姫が言うにはあの後、すぐ黒尽くめを見つけて追ったが途中ですぐ見失ってしまったらしい。しかし、しつこく探したところ人気の無い場所で再び発見したという。その時はもう一人見かけない大男と居たそうな。


(見たこと無い人ね……よくわからないけど、とても背の高い……この人、人間? それからどうなったの?)

(ウゥー…)


 どうやら見つかってしまいここまでのようだ。佐夜香は考えをまとめる事にする。

 始めに芳賀の屋敷から出てきた黒尽くめ、早朝に現れた。声は女性の様だったが顔まではわからない、南蛮銃を持っていた。


(お義母様が雇った人間……よね。昨晩の声と同じ人と思って間違い無さそう……昨晩の声?)


 ここであることを思い出す。そうだ、昨日の声一人だけではなかった!


(男の声も昨日聞こえた! ではあの大男も芳賀の屋敷に昨晩居た……? でも出てきたのは一人だけ……まさか!?)


 ここで一つの仮説に至る。朝の黒尽くめは先に外の様子を見て、安全に屋敷から出られるかどうか見計らっていた。そして佐夜香の目を引きつけている間に大男を逃がした、というのは……?


(人目に付くとまずいことでも……あるわね。得体の知れない輩が出入りしていると知られたら、シッポウサマの評判に関わるもの。いずれにしても義母上は危険な者達を複数雇った、そういうことになりますね)


 だがそれが何のためなのかが不明である。


──俺は依頼を邪魔する者がいれば消せと言われている


 余程重要なことなのだろう、だからこそ佐夜香は不安で仕方が無かった。


「ご苦労様、暫く休んでいてね」


 佐夜香がそう言うと織姫は消えてしまった。と、それと同時に駕籠も止まり、地に降りてしまった。駕籠屋に言った訳ではなかったのだが、声が高かっただろうか?


 何やら駕籠舁同士で言い合っているようだ、何かあったのだろうか。

 とりあえず外に出てみることにした。


「何かあったんですか?」


 どうやらこの先道が二手に分かれているようで、一方は山を回り込む道、もう一方は山を上り突っ切る道の様だ。回り込めば安全だがその分遠回り、山を突っ切れば早いが道は険しい。それに獣や妖怪が出る恐れもある。


「近い山道をお願いします、駕籠が重ければ私降りますけど……あ、何でしたら私が担ぎましょうか? こう見えても結構力には自信あるんです」

「ぶっ! おめえ様今なんつった? ははははは! そうだごとされたら俺らおまんまの食い上げだ!」

「わかったわかった、山突っ切るべ! なぁに心配いらねぇ、こわくなったら交代しながら行くべ」


 佐夜香の冗談がこうそうしたのか、駕籠舁たちが活気づき、駕籠は山道を走り出す。


 が……。


(ぬぬぬ…)


 予想以上に道は険しく駕籠が斜めになる。駕籠の中でひっくり返らぬよう紐を掴み耐える。普通駕籠はこんな山道を通らない。殿様にでもなれば馬に乗り換えるのだが、当然馬は連れていない。始めから馬に乗ってくればよかったのだが、生憎佐夜香は乗馬の心得が無い。陰陽装束の娘が馬に乗って目立つのは避けたかった。


 駕籠舁も始めは二人で担いでいたが、終いには四人で駕篭を担ぎ始めた。

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