星ノ巫女番外編 雷獣と三途河婆の話
夏の日の夕暮れ、志乃は
特に志乃の住んでいている神社は『
「おう、志乃帰ったか」
「流石にこんな雷の中で妖怪は出ないでしょ」
先にトラが帰って来て
…しかし、時折鳴る雷の音や
「……あぁもうっ!」
「なんだ、寝付けんのか」
トラの方こそよくこんな状況で寝付けるものだ。
ふと、志乃はこんなことを口にした。
「ねぇ、何かお話して。なんでもいいから」
トラはイロハが寝付けない時に、志乃が話を聞かせているのを知っていた。それを口にしようとしたトラは気を利かせて思い止まる。
「……話、か。大した話はできんぞ」
そう言いながらもトラは、自分が昔体験したことを話し始める。
「あれはもう大分昔、
……
(ええいクソ!
丁度、具合よく岩陰に隠れることができたトラは、苛立ちながらも降りしきる雨と雷を眺めていた。深い山の中を歩き疲れ、下手をするとここで朝を迎えることになるかもしれない。過去に慣れない土地で妖怪に襲われた経験のあるトラは、これがどんなに危険なことか十分に理解していた。
ふと、前を見ると人影らしきものが見える。……いやいや見間違えだろう、こんな山奥に人間がいる筈が無い。そう思っていたトラだったが……。
(人間だと……?)
間違いない、人間だ。しかも白い着物を着た老婆だ。どういう訳か一人で空を見上げながら雨に打たれている。昔、年老いた人間を山に捨てる風習はあったが、今は幕府の将軍の命により禁止されている筈。ではなぜここに老婆が?
ゴロゴロゴロ……。
相変わらず空は荒れ模様。それでも動かず老婆は天を見上げている。
(一体なにをしとるんだ?)
そう思った時、老婆はこちらを振り向いた。トラを見るなり、ニタァと笑うと口が耳まで裂け、丸く大きい金色の目がギラリと光る。
これは人間では無い!
トラが身をかがめた瞬間、光と爆音が辺り一帯を襲った!
雷が落ちたのだ、しかもすぐ傍の木に。流石にあの老婆も無事では済むまい。
そう思い恐る恐る目を開けると、トラの目に信じられない光景が映った。
(あっ!?)
目の前に老婆はいなかった。代わりに着物を着た若い女が一人、何か光る蛇のようなものを取り押さえようとしていたのだ。やがて女は暴れる蛇を丸め込むと、それは一匹の獣となり甲高い声で
その間、トラは身動き一つとれなかった。夢幻と疑うも、雷で裂けた木や逆立った自分の毛を目の当たりにし、ようやく事態を飲み込めたのだった。
……
「その女の人、雷を捕まえたの?」
志乃がそう尋ねた瞬間、とてつもない轟音が鳴り響く。星ノ宮神社に雷が落ちたのだが、志乃の張った結界に阻まれ稲妻は上空で消滅した。
「恐らく
「山姥……那珂の里にもいたのね」
「那珂の里の山姥は、あの世で三途の川の番もしていると聞く。里の者が死んだ時、あの婆の機嫌をとらねば川を渡れず川の中へと放り込まれるそうだ。だから逆らう者は誰もおらん……ふん、業突く張りで忌々しい婆だ」
「トラも逆らえない?」
「また会うことがあれば捻り潰してくれるわ」
大袈裟に前足をぶるんと振るうトラに、志乃は笑みを浮かべた。
「……ねぇトラ。山姥ってね、元々は修験者とか巫女なんだって。私も年をとったら山姥になるのかしら」
「滅多なことを言うな! 話は終わりだ、もう寝ろ!」
「はいはい、おやすみトラ」
トラの頭を撫でると礼を言い、志乃は再び
いつしか轟音は止み、遠くで稲光だけが光っていた。
星ノ巫女番外編 ─
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