裂かれた結の章 其ノ四


 「げほ…ごほ…」


 突然の爆風に吹っ飛ばされ、志乃は地に突っ伏していた。一体何が起きたのか、それは志乃にもわからない。ようやく身を起こすと近くに佐夜香の式が、そして佐夜香も山林の上の方から歩いてきた。


 様子がおかしい。

 短刀を抜くとゆっくりと志乃に近づいてくるではないか!


「待って! もう勝負は着いた筈! 私の勝ちよ!」


 だが佐夜香は短刀を納めようとしない。ある程度志乃に近づくと、ようやく話し始めた。


「符を四つ見つけた、そうおっしゃりたいのですか?」

「そうよ! 貴女の仕掛けた罠ごと吹き飛ばしたわ!」

「その符とはこれのことですか?」


 式を呼び寄せ志乃にも見えるように照らす。それは一枚の符だった。


「貴女が吹き飛ばしたあれ、私の作った偽物ですから」

「…なんですって?」


 試合開始直後、佐夜香は符をいち早く見つけ出し、自分が複製した符とすり替え罠を仕掛けた。志乃より符を見つけるのが遅れた理由はこれだったのだ。


「流石に見抜けなかったようですね、先ほど一枚破らせて頂きました。そして、これで私も三枚目」


 持っていた符に火がつき燃え始めた。火に照らされて佐夜香の顔がぼぅっと映し出され、照らされた表情の無い顔が恐ろし気に見える。


「卑怯者、そうののしって貰っても構いません。私、符探しで決着を付けようとは思ってませんから」


 やはり……佐夜香はあくまで志乃と直接戦い決着を付けたいのだ!


「先程の幻術はお見事です。あのような術、今まで見たとこも聞いたこともありませんでした……でもお喋りもここまで。さ、終わりにしましょう」


 佐夜香は身構え今にも飛び掛らん勢いである。

 追い詰められた志乃、もう煙玉は無い!


「……私を甘く見ないことね」


 立ち上がりながら錫杖を構え、戦う意思を固めた。



 丁度同じ頃、ケノ国ではない別の暗い場所で、二人の女が水瓶みずがめの中の鏡面を見ていた。そこには対峙した志乃と佐夜香が映し出されている。

 覗いていた女たちは他でもない、あさぎと花梨かりんだ。花梨は普段と変わらず素浪人の格好に脇差を差していたが、あさぎの方は髪を黒く染め着付け姿である。

 暫く鏡面を覗いていたあさぎは一枚の符を取り出すと、口を開いた。


「これで終わってしまっては面白くありませんわね」

「勝負に水を差すのですか?!」


 爪先で符に文字を描くあさぎに対し、花梨が驚き声を上げる。道場の出でもあり、真剣勝負とか武士道とかそういう言葉に敏感なのだ。

 しかしあさぎは花梨の言葉に構わず、文字を入れた符を水瓶へと放り込んだ。


「妖怪は神出鬼没なものよ」



ガチン!


 佐夜香の苦無くないを受け、錫杖から火花が飛び散る。手に痺れを覚える程の重い一撃、佐夜香は休む暇を与えず次々と攻撃を繰り出す。


ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!


 一瞬後ろに下がり、負けじと錫杖を振るう志乃。


(…いける!)


 木が密集している山林で長い錫杖は不利かと思われたが、思いのほか振り回せている。槍よりも短く苦無より長い、そしてとても軽い志乃の錫杖。佐夜香の方が不利にすら思えてきた。


 思わず志乃の錫杖を受けてしまった時、


キンッ!


 佐夜香の苦無が折れた!

 好機と見て、すかさず一撃を振り下ろす志乃!


 だが佐夜香も素早い身のこなしで後ろに宙返りし、これを避ける。間髪入れずに式の織姫しきひめが割って入り、志乃の行く手を阻んだ。


「織姫、少し離れてて」


 見ると佐夜香は手に棒の様なものを持っていた。


 連接棍である。


 一体いくつ武器を隠し持っているのだろうか? ヒュンヒュンと音を立てながら振り回す。恐らく受けたときの衝撃は苦無の比では無い筈。志乃は一歩退き、佐夜香の出方に注意を払った。


ゴゴゴ……。


(…何?)

(……?)


 その時、地響きが鳴り出し両者は思わず硬直する。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………!!!!


 地響きは止まらず、遂に山全体が揺れ始めた!



ドズ─────────ン!!!!!



「な、何だ何だ?! 地震か?!」


 地響きは山だけでなく観衆のいる草原にまで及んだ。棚が倒れ、灯していた篝火かがりびも倒れる。陣幕に燃え移り、慌てて消火にあたる社人たち。


「くっ! なんたる!」

「あ、あれ! 何かいる!」


 山の方を指差すイロハ。

 そこには巨大な影が!!


『ば、化け物だぁ──!』

『で、でけぇ……!』


「落ち着くのだ、慌ててはいかん! 篝火かがりびを灯せ! 山に入ってはならぬ! 各人ここで食い止めるのだ!」」


 二原山の宮司が落ち着かせようとするが、慌てふためく観衆は、ある者は逃げようとし、ある者は武器を手に取る。


「オラが見てくる!」

「いかん! 下手に山に入らず暫く様子を見るのだ、志乃たちも無理はしまい」

「で、でも!」


 慌てて駆け出そうとしたイロハをさとす小幡、そこに佳枝が口を挟む。


「小幡殿の言う通りじゃ! 山林へ皆で入ったとて何も変わらぬ。ここで妖怪が人里へ入るのを食い止めるのが我らの使命であろう」


 しかし、佳枝は心の中で別のことを考えていた。


(あの山のような影、恐らく並みの妖怪ではあるまい。混乱の最中さなか巫女が死に、佐夜香が妖怪を倒せば我らの名声も上がり良し。…ふふ、最も倒せれば、の話だがな。佐夜香も一緒に死んでくれればその時はその時よ……くくくっ)


 恐ろしいことに自分の娘も含めて算盤そろばんをはじいていた。佳枝にとって佐夜香は実の娘ではない、都合よく芳賀家を動かす為の手駒に過ぎなかった。後々自分の前に立ちはだかり、いずれ進むべく野望への邪魔盾となるのを恐れていたのだ。

 芳賀の立場を使い、幕府の後ろ盾を利用し、ケノ国の陰陽師、武僧兵団を使役する地位を手に入れる。その為なら人命など些細な物に過ぎない。


 これが佳枝という女だった。

 

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