裂かれた結の章 其ノ三


パン!!



 乾いた音が鳴り響き、志乃の体が飛ばされた!


 志乃は佐夜香の待ち伏せに遭い、後ろから刃物で刺されたのだ。もし秘術が無かったら確実に志乃は死んでいたのである。

 佐夜香も秘術が解けた衝撃で思わず後ずさりした。


(芳賀の秘術、解けるとかなりの衝撃を産むのね……。できれば距離をとって手裏剣か苦無くない(忍びなどが使う短刀)で仕留めたいところ)


 一度だけ命を救うこの秘術、佐夜香は話に聞いてはいたものの使ったことは無い。何故ならこの術は秘術であることの他に、使うと死への恐怖が薄れる為だ。常に死と隣り合わせでいることが最良の修行、それが教えであった。


 跳ね飛ばされた衝撃で地に突っ伏した志乃。佐夜香から攻撃を受けたことに気付き、立ち上がって逃げようとする。


ジャラ!


 しかし佐夜香は好機を逃さない。分銅鎖ぶんどうぐさりを志乃目掛けて投げた。


(あっ!)


ドサッ!


 走ろうとした志乃の脚に鎖が絡みつき、また倒れ込む。

 尚も追い討ちを掛けようと佐夜香が手裏剣を投げた!


 当たった!


 そう佐夜香が確信した瞬間、辺りは煙に包まれ志乃の姿が完全に見えなくなった。


(煙玉!?)


 慌てて鎖を引っ張るが手ごたえが無い。鎖は何かで分断されていたのだ。逃げられたか? 慌てて辺りを探すとかなり離れた場所に志乃の後姿が!


織姫しきひめ! 追って!」


 志乃は先程の符の場所へと向かっているようだ。慌てて式をけしかけた。


 志乃は山林の上へと駆け上っていく。目指すは先程符を見つけた大木の場所。追いかける佐夜香とその式神だが、鍛えている佐夜香ですらなかなか追いつけない。


(この傾斜をものともしないなんて!)


 やがて符のあった木にたどり着き、志乃はそこで立ち止まった。

 先に追いついた式が飛び掛かる!


ス……


「…な!」


 佐夜香は目を疑った。突進した織姫が志乃の体をすり抜け、前にあった木に激突したのだ。その瞬間、志乃の姿がスゥッと消える。


(幻影の術?! はかられた! あんなにはっきりと見えるなんて!)


 術の精巧さに驚くも、慌てて身構え本物の志乃を探す。神経を尖らして探すが辺りに人の気配は感じられない。まさか志乃は先程の倒れた場所から一歩も動いてはいないのではないか?

 慌てて引き返そうとした時、頭上から何か降ってきた!


パンッ!


 避けきれずこれをまともに受ける佐夜香。倒れることは無かったが体勢を崩す。振り向くとそこには短刀を手にした志乃が立っていた。自らの幻影をおとりにし、自分は木の上の符を破っていたのだ。

 先ほどのお返しだ、そう言わんばかりに余裕気な志乃。


(このっ!)


 佐夜香はカッとなり素早く手裏剣を投げつけた!


「……嘘…」


 消える志乃、そして当たったはずの手裏剣だけが木に刺さる。

 上から襲ってきた志乃もまた幻影に過ぎなかったのだ。



(これで三つ! 後一つ!)


 闇の中気配を殺しながら志乃は走る。辺りを照らす術は使えない、佐夜香に見つかってしまうから。最後の一枚を探しながらひたすら山林を巡る。


(こっちは佐夜香が来た方向。符が残ってるとは思えないけど……)


 思わず足を止めてしまう。幻影を二体動かし、気を抑えながら暗闇を走ったりと、肉体的にも精神的にもかなり消耗している。志乃は考えた。符が残っているとしたらもっと山林の上の方だろうか。そうなると佐夜香との遭遇は避けられないが。


(……落ち着いて考えろ。全部で符は七枚、私が知らない四箇所。ある程度符は一枚一枚離れて貼られている筈……)


 まだ回っていない場所は沢山ある。山林は結構広い、麓の方にまだ一箇所あってもいい筈。もしかすると自分も佐夜香も見つけていない場所があるかもしれない。そう考え再び足を進めた。


 すると符の気配が!


(あった!!)


 少し離れた場所、符は茂みの中に隠されている様だった。だがおかしい、この場所なら佐夜香が見つけていてもおかしくない。もしかすると佐夜香は符の気を読めないのだろうか。それとも、あえて取らなかった理由があるのだろうか?

 気は進まなかったが、志乃は念を込め小さい幻の火を灯した。そして符がある辺りを照らさせる。火が符に近づいたところで何か光った。


(やっぱり! これは罠だ!)


 先行させた幻の火に目を凝らす。光ったものの正体は、符の周りに張り巡らされた細い糸だった。試しに木の枝を拾い糸を叩くと、枝は真っ二つに切れた……。


 鉄線だ!


 流石に青くなる志乃。もし気が付かずに進んだらと思うとゾッとした。


(……いずれにしてもこれで終わり!)


 精神を集中させ印を結ぶ!


焼炎しょうえん!』


 志乃の前に火の玉が並ぶ。手をかざすと火の玉は符のある茂みへ飛んでいった。

 近づけないなら茂みごと燃やすまで!


 その瞬間、山中にとてつもない爆音が鳴り響いた!



『何だ今の音は?!』

『妖怪か?! 山の方からしたど!』


 蝋燭に目を凝らしていた観衆が急いで幕の外に出る。その時イロハが蝋燭を指差し叫んだ。


「ああ! 志乃の火が!」


「志乃」と書かれたすぐ上の段、つまり一段目の蝋燭が一本消えた!



現在の状況


           志乃      佐夜香

上段(取得符)    三本      一本


下段(残り秘術)   一本      二本



「残り一枚で油断しちまったか」

「そだごどねぇ!」


 志乃の状況が悪くなり、歯軋はぎしりするイロハ。


「ふふ、まだ勝負はわからぬ」


 佳枝が言い終わらないうちにまた蝋燭が。今度は佐夜香の取得符が増え、二本になった。


「追い仕留めるか、逃げ惑い符を探すか。どちらが難しいかのう?」


 お互い後一手なのには変わりない。しかし佐夜香の方は確実にその差を縮め始めている。追い詰められる志乃、逃げながら出口を探すのは精神的にも辛い。

 暗くなり篝火かがりびかれた陣営は、目に見えない緊迫した状況に支配されていた。


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