裂かれた結の章 其ノ五

 

 山の頂上から聞こえてくる恐ろしげな雄たけび、対峙していた二人だが思わず目を向けた。そこには月明かりに照らされた巨大な影!


「ウゥゥ…」


 佐夜香の式も険しい表情をして低く唸る。


「…あれはまさか」

「…みざらし入道」


 みざらし入道。

『がしゃどくろ』とも呼ばれる怨霊によって生まれた巨大な髑髏どくろの妖怪である。しかし遥か昔、とある陰陽師の手によって退治された筈であった。そもそも西の妖怪であった筈のみざらし入道が、何故今ここにいるのだろうか。


「志乃さん、ここはあいつを!」

「わかったわ、一時休戦ね」


 二人は山林に生えている木よりも大きい相手に挑むべく、走っていった。佐夜香にしてみれば不本意な決断であっただろう。後一太刀浴びせればそこで志乃との勝負に勝てたのだ。

 だが妖怪が現れたからにはそちらが優先となる決まり。あえて自分から休戦を提案することで玄人としての意地を見せた。


キーン……


 走りながら耳鳴りの様な感覚を二人は感じる。突然の妖怪の出現に、山を囲んでいた僧兵たちが結界を張ったのだ。万が一妖怪が現れた場合山から出すな、そう言われていた。流石に各地の僧兵たちとは違い、闇雲に矢を放つような真似はしない。

 討伐は二人の少女にゆだねられた!


(本当にあんなに大きな妖怪が存在するなんて! 手は抜けない、織姫しきひめ!)


 走りながら織姫を呼び寄せる。一瞬佐夜香の体がまばゆく光ると、次の瞬間信じられない速さで駆け出した。飛び上がり、木の間を稲妻のように蹴りあがっていく。


(…! 式を憑依ひょういさせて自分の力を高めたのね)


 木の高さより高く飛び上がる佐夜香!

 丁度正面には、みざらし入道の頭が見えた!

 まだこちらに気付いていない!

 懐から符を取り出すと九字に印を切った。


りょうびゃくじゅんないしょすいげん! ──怨霊退散!』


 九字に切った線が光の矢となり、みざらし入道目掛けて飛んでいく!


ガァァ!!


 みざらし入道は片手で矢を防ごうとした。だが光の矢はそこで止まらず、そのまま腕ごと頭骸骨を貫いたのだ!


 片腕と頭蓋骨を砕かれ、その場に崩れる巨大な髑髏!

 巨体が倒れ、周りの木も巻き添えを食らう!


「やった?!」


 折れた木が倒れてこないか注意しながら志乃が駆け寄る。倒れた骸骨は大きな岩のように動かない。だが佐夜香は符を握ると巨体を睨んでいる。


 すると、急にみざらし入道が動き出した。


ズズ──ッ! ガラガラッ!


カラカラカラカラカラ……


 驚いたことに失った片腕と頭が、あっという間に再生し始めたではないか!


「やはり一筋縄ではいかないようですね」

「炎で一気に焼き払えればよいのだけれど」

「山火事になると厄介です。どこかに弱点があれば……」


 弱点、そんな物あるのだろうか? 頭蓋骨を打ち砕かれても再生し、尚も立ち上がろうと動き出すのだ。


「させない!」


 志乃が錫杖で立ち上がろうとする足を狙う!


ガラッ!


 意外にもろく足の骨は切断できた。しかし片足を失ったまま立ち上がろうとした為、みざらし入道は体勢を大きく崩す!!


「危ない!!」

「!!」


ズウウウウウウウウン!!!!


 間一発! 佐夜香が志乃をかばい下敷きになるのを免れた。もし下敷きになれば秘術で復活できたかどうかわからない。佐夜香は式を憑依させた金色の目のまま志乃の顔を覗き込む。


「大丈夫?!」

「え、ええ。助か……っ!」


 志乃は倒れたみざらし入道の顔がこちらを向いているのに気が付いた。再生途中の頭蓋骨のあごが開く……。


シャン!


 慌てて佐夜香を突き放すと前に出て錫杖を鳴らす。

 そして次の瞬間、恐れていたことが起こったのだ。



ゴォォォォォォォォォォ─────!!!!


 みざらし入道が口から炎を噴出したのだ! 


 懸命に錫杖を握り結界を張る志乃。だが炎は辺りに燃え移り、瞬く間に青白い火の海に包まれていた。


『山火事だー!』

『そのまま維持しろー!』


 遠くから山を囲っていた僧兵たちの声が聞こえる。結界を維持しつつも辛い表情の志乃、玉となった汗が頬を伝う。佐夜香との戦いで心身ともに限界に近かった。


「ざ、残念だけど…こいつを倒す術を知らないの……。貴女なら……、こいつを倒せた陰陽師なら倒せるかもしれない!」

「…志乃さん!」

「私なら暫く大丈夫!……今のうちに何とか弱点を見つけて!……貴女の力を信じるわ、佐夜香!」

「……わかりました」


 佐夜香は懸命に炎を防いでいる志乃を見て意を決すると、あろう事か結界から出て炎の海へ飛び込んだ。


(熱っ!)


 瞬く間に身体が青白い炎に包まれる!


パン!


 乾いた音がすると佐夜香を包んでいた炎が飛び散った。急いで火が回っていない方へ逃げ延びると、辺りを見渡せる位置を探す。みざらし入道は佐夜香に気をとられ、炎を弱めた。


『早駆け!』


 素早く自分の足に符を張るとその場から離れる志乃。流石に木の入り組んだ山林、体中あちこちをぶつけるが、痛がってもいられない。


『閃光・散!』


 志乃が作り出した光の玉が眩く輝き、宙に舞い上がる。そして木より高くあがると玉は散らばり、山林は真昼の様な明かりに照らされた。


『グゥゥゥッ!』


 みざらし入道は立ち上がるも二人の姿を見失い、眩い光におののく。佐夜香はその巨体の後ろにある木の上へと回り込んでいた。うまく木が倒れており山林の全体が見渡せる。


(凄い光……これならよく見える! 一体弱点はどこに…)


 しかし光に映し出された醜い髑髏の巨体が見えるだけである。佐夜香は落ち着き、昔父から教わったことを思い出していた……。


『お前は今後、正体がわからぬ相手と幾度と無く戦いを余儀なくされることだろう。だが案ずる事は無い、我ら芳賀家の陰陽師は妖を見抜く術を身に付けているからだ。そして佐夜、お前はその資質が極めて高い。見る前にもう見抜いている筈だ』


「見る前に見抜いている……」


 そして今一度全体を見渡すようにすると、あることに気が付いた。


(身体が半分透けている……見つけたわ、そこね!)


 再び九字を切る!


りんびょうとうしゃかいちんれつざいぜん! ──破魔光印!」


 妖怪は佐夜香に気が付き振り返るが、時既に遅し!

 九字の印が光の帯となり、みざらし入道の足元目掛けて降り注がれた!


オォォォ……


 力無い声を上げたかと思うと、巨大な髑髏の姿は消えていった。暗い山林と大きな体に気を取られていたが、みざらし入道の弱点は影にあったのだ。


「やったのね!」

「志乃さんのおかげです!」


 志乃も戻ってきて喜び合う二人。ふと、みざらし入道のいた場所に何か光るものを見つけた。よく見ると符のようで緑色の光を放ち、ぴくぴくと動いている。光は文字のように見えたが読めそうに無い。


「符だわ。まさか誰かの式神だったというの!?」

「今なら術返しができるかもしれない!」


 もしこの符が式なら、気を辿り術者の居場所がわかる。あわよくば術者に術をかけることもできるのだ。

 佐夜香が符に手をやろうとした瞬間に勢いよく燃え、消えてしまった!


「自滅?!」

「恐ろしく用心深い術者、かなりの力の持ち主でしょうね……」


 一体誰が何の目的で……? しかもこんな強力な妖怪を呼び出す術を使ってくるとは何者だろうか? 考えても今の二人に知る術は無かった。


「見て……山が……」


 違和感に気が付き、周りを見渡す二人。炎はいつの間にか消えており、荒らされて倒された筈の木々が見当たらない。今まで何事も無かったかのように、山林は元の静けさを取り戻していたのだ。


 何もかも全て幻だったのだ……。

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