星ノ巫女番外編 駕篭隠し貉


 妖鬼討伐演舞祭の数日後。ケノ国南部、安曇あずみ藩の宿場町で一人の男が酒を飲んでいた。


「お客さん、そろそろ店仕舞ですんで……」

「こっちは客だぞ。金ならいくらでもあるんだ」


 夜も更け男以外に客は居ない。居酒屋の店主はさも迷惑そうに、酒をもう一杯出すのだった。


 この男の客、実は烏森からすもりの里で開かれた演舞祭で、小幡に手裏剣を投げ脅迫した男である。男は昔の仕事柄、手裏剣を投げるのが上手だった。そう、忍びだったのだ。

 忍びでも下忍は普段は別の仕事で稼がなくてはならない。しかし素行が悪く、大酒飲みが祟り、どの仕事も長続きすることは無かった。気付けばヤクザの使い走りまで成り下がり、その日の暮らしがやっとという有様。

 今回はたまたま稼ぎのいい仕事をこなすことができて、今ここで飲んでいるという訳だ。


「その一杯飲んだら出てってくれ、そろそろ見回りが来るよ」

「けっ! あぁわかったよ、出てきゃいいんだろ!!」


 宿場町の見回り組は厳しい。男は御縄になるのも嫌なので、乱暴に金を置くと店を出て行く。外はすっかり暗くなっており街道には誰もいない。始めはいい気分でいた男も大分飲んだようで千鳥足である。

 ふと、前を見ると駕籠舁かごかきらしき男が二人程目に入った。こんな夜遅く何事だろうと不審に思ったが、向こうもこちらに気づいたようで近づいて来る。


「旦那、こんな夜更けに危ないですぜ。良ければ送っていきやすよ」

「あ? いや、お前ら誰かをここで待ってたんじゃねぇのか?」

「それがこの通り、待ちぼうけくらっちまって……酷い客もいたもんでさぁ。人助けと思ってお乗りくださりませんか? 安くしときますんで」

「いい心がけじゃねぇか、気に入った。今晩泊めてくれそうな宿まで頼む」


 気を良くした男は誘われるように駕篭へ乗る。粗末だが結構大きい駕篭で寝そべることができ、快適である。かなりの玄人なのか殆ど駕篭は揺れず、眠くなった男はついうとうとし始めた。


ドスン!


 急に乱暴に駕篭が地に落とされた。何事かと男が目を覚ますと、駕篭舁二人が棒を握りしめ、何かしきりに騒いでいる。


『で、出た! あいつがここいらで噂の妖怪か!』

『捕えれば確か奉行所から金が出たはずだぞ!』


 前を見ると火の玉が怪しく一つ浮いており、目を凝らすと鬼のような顔をした背の低い妖怪がこっちへ向かってきていた。確かに駕篭舁たちが言う通り、ケノ国南部ではここ何年もむじなが出没し、身包みを剥がされるという事件が多発していた。それも駕篭ばかり狙う貉で中々捕まえることができず、専門家も手を焼いていたのだ。

 乱暴に駕篭を降ろされ機嫌の悪かった男は、懐から得意の手裏剣を取り出す。畜生め、もうひと稼ぎしてやる、とばかりに得物を妖怪目掛けて投げつけた。


 見事、妖怪に手裏剣が命中する!


 しかしその瞬間、妖怪は男に向かって凄い速さで駆け寄って来た!



『この無礼者めがっ!!』 

 


 この様子を離れた場所から伺っていた者が二人、ヤクザの若頭とその子分だった。そして二人に近づいて来る、身なりの汚い小男が一人。


「若旦那、済みましたぜ」


 そう言うと小男は手に持った小さな袋を渡す。

 先程の酔っぱらいが持っていた金だ。


「ご苦労だったな、鮮やかなもんだ」


 隣で見ていた子分は呆気に取られている。はたから見れば酔っぱらった男が侍相手に手裏剣を投げ、あっさり返り討ちにあったようにしか見えなかったからだ。若頭は袋の中身を確認すると、小判を数枚小男へと差し出す。


「こいつははなむけだ。とっときな」

「いえいえ、十分頂きましたので。あたしはこれでおいとま致します」

「…そうかい、達者でな」


 小男は不気味な笑みを浮かべると、夜の闇へと消えていった。

 姿が見えなくなると子分は待っていたかのように若頭に尋ねる。


「親分……今のあいつは……?」

「親父からの付き合いでな。おめぇ、『駕篭隠しの貉』って知ってんだろ?」

「ま、まさか今のが?」 


 ケノ国南部で猛威を振るっていた悪名を聞き、思わず聞き返す子分。最近ではその名も聞かなくなったと思っていたが、まさかこんな形で目にすることになるとは!

 ケノ国において、妖怪は全て人間の敵かと言えばそうでもないこともある。何かの縁でこうして互いに利用し合う者たちもいた。大概はこういった悪事に限定されていた訳だが……。


「ここいらでは稼げなくなっちまったから他所へ行くとよ。ま、こっちとしては手が切れて一安心ってわけだ」

「……しかし親分、あんな凄い奴を放っておいていいんですかい? そもそも、あんな酔っぱらいの抜け忍くずれに仕事任せねぇで、あいつに始めから全部させればよかったんじゃねぇですかね?」


 すると子分は返事の代わりに頭を引っ叩かれた。


「馬鹿野郎! だからおめぇはいつまで経っても三下なんだ。妖怪討伐の祭りに妖怪放り込んでどうすんだよっ!」

「いでで……すんません」


 飽きれながら若頭は小袋を懐に仕舞おうとする。ふと、何を思ったか子分に小判の入った小袋を投げて寄越した。


「暫く仕事はねぇからこいつを持ってどっかで遊んでろ」


 そう言うと若頭は大声で笑いながら歩いて行ってしまった。

 子分は首を傾げるも、臨時で入った給金にホクホク顔である。


 喜び勇んで小袋を開けるなりギョッとする。

 中は小判ではなく、小石や獣の骨が入っていた。


星ノ巫女番外編  ─駕篭隠し貉─  完

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