裂かれた結の章

裂かれた結の章 其ノ一


 烏頭目宮うずめのみや藩、河内かわちはずれにある草原くさはらで、今まさに討伐祭の特別試合が行われようとしていた。集まった見物人たちは、互いに向き合う少女たちの運命を、固唾かたずを飲んで見守っている。


各々方おのおのがた、多忙の中よくぞ参られた。これより星ノ宮の志乃と芳賀はが佐夜香さよかによる演舞特別試合を行う!」


 二原山宮司の言葉に見物人たちから歓声が上がる。この様子に芳賀佐夜香の義母、芳賀佳枝は眉をひそめた。


(何じゃこれは……まるで決闘と言うより見世物ではないか)


此度こたびの試合は小幡こばた社中、そしてここに居られる芳賀家、佳枝よしえ殿に協力を頂いた。誠に忙しい中、厚く御礼申し上げる」


 呆れた表情をしていた佳枝だが、二原山の言葉を聞くと笑みをつくる。


「他ならぬ高名な二原山殿の頼み、芳賀家も協力を惜しむわけにはいきません。今後ともなにとぞ、よしなに」


 佳枝は二原山と手を組みたいと言っているのだ。露骨な言葉に皆絶句し、見物人の中から囁き声も聞こえる。御免こうむりたい二原山は社交辞令と受け取ることにした。


「……機会があれば。では勝負の説明をする。今から両者には後ろの山に入り、七枚の護符を探して貰う。そして先に四枚の護符を探し、破った方の勝ちとする。これを御覧頂こう」


 そう言って後ろにある木でできた二段棚を見せた。その棚の上には上段に八本の、下段に六本の蝋燭ろうそくが、それぞれ四対四、三対三と間が置かれ立たせてあった。

 更にはその下に『志乃』『佐夜香』と書かれた紙が下がっている。


「一度しか申さぬ、心して聞くがよい! 上段の蝋燭は、護符を破ると破った者の『気』に反応し蝋燭が灯される。先に四本灯した方を勝ち。そして下段、これは佳枝殿に説明して頂こう」

「この勝負、護符破りの競い合いだがそれに付け加え武器を手に戦って貰う。今から我が芳賀家の秘術を両者にかけ、三度まで致命傷を防げるようにする。勝負開始と同時に蝋燭には火が灯され、致命傷を負う度に一本づつ消えていき、全て消えた方がその時点で敗者となるのだ」

「その他の規定として、術返しの法は使用禁止。また、山は我が社中の者が囲んでおり、そこから出た場合は失格。致命傷を避ける秘術が解けた時点で試合は終わるが、それ以上に相手に危害を加えた場合も失格となる。双方よろしいか?」


「はい」

「心得て」


「最後にこれはこの場にいる全員が聞くがよい! 此度の勝負は都合により妖怪討伐も兼ねておる。万が一妖怪が現れた場合、そちらを優先されよ!」


 要約すると今から二人は山へ入り、護符探して四つ破るか相手に三回致命傷を与えれば勝ちとなるのだ。勝負は四半刻後、二人が山に入りドラが鳴った時点で始まる。


 志乃と佐夜香は陣幕から出て山に入る準備をする。

 不意に佐夜香が話しかけてきた!


「志乃さん、今日は勝負を受けて頂いて嬉しいです。確認させて貰いますが、今日はわざと負けたりしませんね?」


 挑発する佐夜香の表情、いつしか見せた優しげな雰囲気は無い。むしろ、殺気をちらつかせた目が『手を抜いたら殺す』と語っていた。


 志乃も負けてはいない。


「もう二度と負けるのは御免よ。悪いけど今日は手を抜くつもりは無いわ」


 錫杖を握り、佐夜香を睨み返した。あわよくば友となれるだろうか、そう願っていた二人の間に火花が飛び散る。これは真剣勝負。情けは迷いを呼び、敗北を招く。


「それを聞いて安心しました。でもこの勝負、貴女に勝てる見込みはありません。今回は私が少し手の内をお見せしましょう」

「なんですって?」


 佐夜香が右手をかざすと、青白い炎の様なものに包まれた!


「紹介しましょう。私の使い『織姫しきひめ』です」


 青白い炎が、耳の長い獣の様な姿をつくった。獣はそのまま佐夜香の手の上で宙に浮いている。遠巻きで二人のやり取りを見ていた典甚てんじんが思わず声を上げた。


しきだ! 並の術者に扱えるモンじゃねぇ!」

「式……あれが人間の使う妖怪なんか!?」


 驚いている周囲に対し、志乃反応は淡泊なものであった。


「成る程ね。占いもその式の力を使っていたのね」

「織姫はとても働き者ですから。当然この子も戦いに加わらせて頂きます。今更降参などなさらないでくださいね」


 力を見せつけ挑発する佐夜香、占い対決にいた時とはまるで別人のようだ。


「……むしろ安心したわ。これで手を抜く理由が無くなったもの」


 ここで両者に向け、山に入れとの合図が鳴った。


「全力でお相手します」

「望むところよ」


 二人は山に向かい歩き出した。


「やられたな。あの娘、まさか手の内を見せてきやがるとは」

「なんでだ? 余裕こいて見せたんじゃねぇのか?」

「甘めぇなイロハ。もしあんな風に手の内を見せられたらどう思う? これから式を使って戦います、そう言ってんのと同じだべ?」

「違うのか?」

「あの娘、事前に式を見せて釘を刺しやがったんだ。もし式以外にもっと強力な手を持ってたらどうなるよ?」

「そっか! 式に気ぃ取られて不意突かれたら……」

「ほだ。志乃がそれに気が付くかどうか、そいつが勝負の鍵だな」

「ほだげど志乃が勝つに決まってら! 志乃は今までずっと戦ってきただ!」


 そう言い放ち、握った手に力がこもる。

 相手が誰であろうと志乃が負ける道理は無い!

 何故なら自分が一番よく知っている!



 陣幕の中では下段の蝋燭に火が灯されようとしていた。


(いよいよ始まる、私はただ祈ることしかできん…志乃……)


 目を閉じ手を合わせる小幡の宮司。それを見た佳枝、口元が緩むのを扇で隠す。


(ふふ、無駄だ。これより日も暮れ闇となる。その時こそ我らが暗殺術の最も冴える時。いくら術に秀でた巫女とて赤子同然よ)


 いよいよ佳枝が秘術で下段の蝋燭に火を灯す。陣幕の外では観衆達が合図の銅鑼どらを鳴らすのを、今か今かと待ち構えていた。

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