妖鬼討伐演舞祭の章 其ノ四


 そして遂に演舞祭当日の朝を迎えた。会場には紅白幕が敷かれ、あふれんばかりの人でごった返している。いつも一人でいる志乃にとって、大勢の人間の目は苦手だ。そして人間に不慣れなイロハは何故か顔が真っ青である。


「うー…ああうぅ……」

「どした、胸張って歩けや。人を見たら大根だと思え」

「斬ってもいいの?」

「今日はやめとけ」


 何とか待合所に付くと一息入れる三人。待合所は西と東で別れており、志乃は西方である。まだ開始まで時間があるので、典甚は二人に桜餅を買いに行った。



 そして遂に妖鬼討伐演舞祭「占い対決の部」開始時間となった。


「これより! 演舞祭『占い対決の部』を始めるっっ!!!」


 審判が開催を宣言し、辺りは歓声に巻き込まれる。出場者以外は立ち入り無用となった為、イロハと典甚てんじんは観戦席での応援となった。


「いやうるせぇなやおい。……おめぇ耳四つもあっけどだいじけ?」

「ん、ダイジだ!」


 少し辛そうだがとても嬉しそうなイロハ。ほとんど人間の居ない場所で育った彼女だったが、大衆と一体となり酔いしれることを覚える。集団の中へと飲まれていく感覚を、次第に心地よく受け入れ始めていた。


「では勝負説明をする!」


 勝負方法はふたをした箱の中身を言い当てた方が勝ち。この方法は平安時代の陰陽師「安部清明あべのせいめい」と「蘆屋道満あしやどうまん」が、お互いの優劣を決する為に行った勝負方法であり、それにあやかっている。

 しかし、そんなこと普通出来るわけが無いので、箱が出された時に助言が聞ける。相手と同じ占い結果が出た場合「同じ」と言えば引き分けとすることが出来るなど、結構甘い規定も設けられていた。


「では早速とり行う! 西の方、東の方、双方でられませぃ!」


 西から志乃が登場する。観客の多さに圧倒されるが、顔をキッと締め、落ち着いて用意された座布団に座った。きっと大根だと思ったのだろう。

 一方、東から登場したのは若い男であった。安部清明よろしくいかにも陰陽師の様な格好をしており、余裕そうな表情。手には占いに使うのか筮竹ぜいちくが握られている。観客の多さに満足したのか、ニヤリとすると、志乃の対面にあった座布団に座った。


「西の方、志乃! 東の方、三嶋道兼みしまどうけん!」


「ふ、我が陰陽術の真髄しんずい、とくとお見せしましょう」

「宜しくお願いします」


「志乃ー! がんばれー!」

「これ、落ち着け」


「では静粛に!! これより勝負開始!!」


 すると今まで騒がしかった会場が、途端にしんと静かになった。占いの最中は勝負の邪魔にならないよう、観客は音を立ててはならない決まりがある。それでも騒がしい者がいた場合、見張りの男たちにつまみ出されるのであった。


 会場が静まり返ると一人の男が白い箱を持って現れ、志乃と道兼の間に置いた。


(ん?)


 箱が置かれた時、道兼は僅かに違和感を感じた。きっと中身は重い物に違いない。あえて冷静を装いジャラジャラと筮竹を混ぜ始める。


「では占いが終わり次第、西方から答え願おう! おぉ、忘れるところだった。中身についての助言は……」


 と、審判が言いかけた時、志乃がすっと右手を上げた!


「箱の中はすずりが入っています」

「?!」


 少し観客がどよめき、道兼も思わずギョッとする。


「せっ、静粛に! 西の方の答えは『硯』! して東の方、答えは如何に?!」

「うー…むぅぅぅ……」


 目を閉じてジャラジャラと筮竹を混ぜ合わせる道兼。……実はこの男、名前は少し知られていたものの、全くのインチキ占い師。適当に占い例え外れても、言い逃れをするのだけはうまかった。やがて混ぜていた筮竹のその一本を取り出す。


「うむ! 出ました! 同じく箱の中身は硯でございます!」


 箱を持ってきた男が箱を開ける。中から出てきたのは紛れも無く硯であった。観客にも見えるように硯が高く掲げられると、会場から大きな歓声が上がる!


「うわぁ志乃すっげぇ!! ……でもこれ、後から答えた方ずるくねぇけ?」

「ひゃっはっは! 確かに『同じ』って言ってりゃ負けねぇもんな! だきと次で答える順が代わる。相手がインチキなら次で鍍金めっきさ剥がれるべな」


「ふっふっふ、なかなかやりますね」


 そういいつつも道兼は内心冷や汗をかいている。

 一方の志乃はどこ吹く風。時折自分の足をさすっていた。


(……足が痺れる前に終わしたい)


「静粛に! では次の御題参られい!」


 再び会場が静まり返り、男が箱を持ってきた。箱は置かれたが、特に何の違和感も無かった。きっと先程の硯より軽い物なのだろう。


「今回の御題、助言は無し! では始められい!」

「な!? 助言無しですと!? それは酷いでしょう! 何故なの!?」

口説くどい! 今回は東の方から答えて頂く!」


 道兼は仕方なく筮竹を混ぜながら考え始めた。助言が無いと言うのだから簡単な物なのかもしれない。硯より軽くて簡単なもの……一体中は何だと言うのだろうか? ジャラジャラと筮竹を鳴らしながら、道兼は焦りから冷や汗をかき始めた。


ジャラジャラジャラ……


「……エヘン…………答えは、如何に?」

「う、うむ……箱の中身は…筆……いや、紙! 紙が入っています!」

「東の方の答えは紙! して西の方、回答は如何に?!」


「箱には何も入っておりません」


「?!?!」


 道兼が呆気に取られている中、箱の蓋が開けられる。そして何も入っていない箱が高々と観客に向けて見せられた。


わああああああぁぁぁぁぁ!!


「勝者、志乃! 以上で試合終了とする!」


「やったぁ! 志乃の勝ちー!!」


 イロハは思わず立ち上がってはしゃぐ。

 志乃は一礼するとスタスタと待合所に帰って行ってしまった。

 それに引き換え、納得のいかない道兼は審判に食って掛かる。


「ちょっとちょっと!! 中身を当てろ、と言っておきながら空とは何事よ! こんなものが御題とは認めないっ!!」

「口説い! 結果はくつがえらぬ。それに申したではないか、助言は『無し』と」

「え……あ!! ……そ、そんなのって……」


 思わずヘナヘナとその場に崩れそうになるも、ようやく諦めがついたのか、がっかりした表情で帰っていった。


(うむ……改めておっかねぇまでの実力だ。……志乃、この国にお前ほどの実力者はおるめぇよ、やはり俺が見込んだ通りだ。もしかすると先代以上の力を持つ巫女、いや、それ以上のとんでもねぇ術者になるかも知れねぇな)


 典甚は腕を組み、しみじみと余韻よいんに浸るのだった。


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