妖鬼討伐演舞祭の章 其ノ三


 演舞祭前日、志乃と典甚てんじん、そしてイロハの三人は烏森からすもりの里にて宿をとっていた。


 そう、特別にイロハも連れて行って貰えることになったのだ。だだをこねたわけでは無く、典甚が快く許してくれた。妖気を隠せるお守りまで渡す気の配りよう、まるでイロハが行きたいと言うのがわかっていたかのようだ。

 それにしてもこのお守りはどこから手に入れた物なのだろう? 典甚は時折、便利だが普段何に使うのかわからないような物を持ってくることがあった。入手方法を尋ねても「長く生きてりゃなんでも知ってるもんだ」と、教えてはくれなかったが。


「明日、向こう着いたらはぐれんじゃねぇぞ。妖怪に色々いるように人間にも色々いっからな」



 その晩、演舞祭の役の一人である小幡こばたの宮司は準備のため先に会場へと来ていた。打ち合わせが終わるとケノ国中から集まった寺社関係者たちは、どこでは誰が出るなどの話で持ち切りとなる。当然のように小幡も皆につかまり、最年少で出場する星ノ宮の巫女について、根掘り葉掘りと聞かれるのだった。

 そんな小幡の宮司を見かねてか、二原山にはらやま神社の宮司が小幡を連れ出そうとする。ケノ国でも権威のある二原の里の二原山神社は、小幡神社とも縁の深い寺社だ。


「凄い人気ぶりだな星ノ宮の巫女は。今度出るのは二代目だそうだな? 八潮はよく戦巫女いくさみこに恵まれるものだ」

「二代目の巫女は偶然にございます。先代の方は御存じの通り素行が悪かったため、志乃……二代目にまで世間から悪評がつくのではないか、と心配でなりません」

「はっはっは! わしは気に入っておったぞ、あの巫女をな。なんともゆかしく気のよい娘だったではないか。……少々気の強すぎる娘ではあったがな」


 実は以前、先代の星ノ宮の巫女も演舞祭に出場したことがあった。剣技の部で見事決勝まで進んだが、相手が密かに技ではなく術を使ったことに腹を立て、仕舞いには乱闘騒ぎを起こし、以後は出場停止処分にされたのだった。


 小幡と二原山、二人の宮司は昔の演舞祭について歓談し、いつの間にか話す内容は今のケノ国のことへと移っていた。


「……今、この国が、他所よそから何と呼ばれているか知っておるか?」

「化け物がわす国、『ノ国』でございましょう」

「そうだ。幕府の財を食い潰す、悪名高き『化ノ国』だ。いかに他所の国々で飢饉ききんが出ようと富士の山が噴火しようと、この国で人が苦しんでいることに変わりはない。日ノ本の悲鳴にかき消されたケノ国の叫びが、わしには聞こえるかのようだ」


 二原山の宮司はまるでおのれが国主でもあるかのようにこう言った。実際にケノ国の寺社は国内の藩主より権威を持ち、その中でも二原山は国内寺社指折りの力を持っていた訳なのだが……。


「…此度こたびの演舞祭、何としても成功させねばならぬ。すさんでしまった民の心、諸事情により地位について間もない藩主たち……。ケノ国の皆を救うことがケノ国寺社のこころざしであることを、我々が再び確認し合うためにもな」

「皆々も全く同じ思いでございましょう」


 明日の祭り会場から少し離れた暗く寂しい場所で、二人の宮司は夜空を見上げた。空には大小いくつもの星々が互いにきらめき合っているのが見える。


「ところで小幡殿、星ノ宮の巫女はどの種目に出られるのだったかな?」

「確か『占いの部』だったかと。剣技の部でなく安心しております」


 にこやかな小幡とは対照的に、二原山の宮司はあごに手をやり、なにか言おうかと考え込んでいる様子だった。そして決心したのか、辺りに誰も居ないことを確認すると小声で小幡に話し始めた。


「実は巫女が出る種目が決まった途端、種目を合わせてきた者がおったのだ」

「……そういう者も中にはいるかもしれませんな。それが何か?」

葦鹿あしかの里、芳賀はが家だ! あの陰陽家おんみょうけの!」

「!!」


 近代に入り、幕府は全国の陰陽師おんみょうじを束ね強大な組織を作ろうとしていた。その意図は不明だが諸説あり、全国内の思想統一のためと言われていたり、各地の外様とざま大名(幕府徳川家と繋がりの薄い大名)の動きを監視、牽制けんせいするためとも言われていた。またこれも噂に過ぎないが、万が一何かのきっかけでケノ国から妖怪があふれ出て来た場合に対応するため、などともまことしやかに言われていたのだ。

 そしてケノ国にも陰陽師一族の末裔が居た。その末裔の一つが芳賀家一派である。芳賀家一派の総領そうりょうだった先代芳賀家当主は既に死去したとされているが、問題なのは後妻となった女の方である。

 総領が死ぬ数年前に再婚した後妻は野心家で知られ、一族内からも煙たがられていた。先代はこの妻によって暗殺されてのでは無いか、という噂がささやかれた程だ。


「今の芳賀家当主は若い娘と聞いております」

「左様、そして今回出るのがその娘だ。先代当主と若くして死去した先妻の娘で一族からの支持も厚いと聞く。わざわざ種目を星ノ宮の巫女と合わせてきたのは、悪風の払拭ふっしょくと芳賀家の力の誇示こじが狙いなのだろう」


 参加を断られかねない芳賀家が今回演舞祭に出られるのは、葦鹿藩藩主とその他寺社の推薦があったからなのだ。そして悪風とは勿論、野心家の後妻のことである。芳賀家一派を利用する為にとつぎ、先代総領を殺害したという噂だけでなく、後妻の出がかなり如何いかがわしいのだという。


 乱破らっぱ(暗殺者、忍びのこと)の出ではないかと……。


「なぜそのようなところへ葦鹿の藩主や寺社の推薦があったのでしょうか?」

「……これは聞いた話で確証は無いが、芳賀家が根回しをしたらしい。そして今回の演舞祭、幕府からの支援だけでは本来開けなかったそうだ。葦鹿藩の藩主から多額の出資があり、ようやく開けたものなのだ」

「まさか! 葦鹿藩はできたばかり、どこにそんな金を出せる余裕がありましょう? ……もしや芳賀家と藩主が癒着ゆちゃくを!?」

「しっ、声が高い! ……よいか、他言無用だぞ」

「……はい」


 辺りに人がいないことを再び確認する二原山宮司。


「……わしは此度の演舞祭が何者かの陰謀で開かれたものとは思いたくない。皆もきっと同じ思いだろう。だが用心はしておいたほうがよい、気を付けられよ」

「……はい、心して。他言無用な話をされてまでの御気遣い、感謝します」


 そして、二人は何事も無かったようにその場を去った。


 一人になると小幡は、こんなことになるなら志乃を出さなければ良かったと、自分のしたことを悔いるのだった。前までは志乃を妖怪退治に行かせるだけでも肝を冷やしたものだ、それが今度は同じ人間から目をつけられてしまうとは……。


(……志乃)


 祈る様に見上げた十六夜月のそばを、一筋の線が流れた。

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