星ノ巫女番外編 歌詠み幽霊 下
ここ汐鎌神社でも見事な桜を咲かせており、時折参拝客が足を止めては花を愛でているのだった。本殿に向かう途中で
挨拶もそこそこに、志乃は早速始めることにした。人払いをした本殿に四方
四半刻(30分)ほど待っただろうか。
一本の蝋燭の火が、ボッと音を立てて消えた!
(来た! 向こうね!)
暗がりの中、
息を殺し、扉に近づいてゆっくりと外を伺った。
すると桜の木の下に、うっすらとした人影があるのを見つけた!
(あれが幽霊の正体……?)
人影は木を見上げるように立っており、振袖を着た若い女性のように見えた。じっとして動かない様子だが、耳を澄ませると唄のようなものが聞こえてくる。
志乃は意を決し、相手を驚かせないよう静かに本殿を出た。境内を歩くと敷き詰められた砂利が音を立てる。
(……どうか見つかりませんように)
だが流石に幽霊は気がついたようで、一瞬近づいてくる志乃の方を向いた。
幽霊の顔を間近で見た志乃は、思わず驚き足を止めてしまった。
──なんて綺麗な女性なのだろう。
背中まで延びた長い黒髪に透き通るような肌をしたその顔は、息を呑むような美人だったのだ。振袖姿が上品な古風さを漂わせ、落ち着いた雰囲気がまるで大和撫子そのもの。どこか遠くを見つめるような危うさが桜の木と一体となり、まるで一枚の絵から飛び出したかような情景であった。
一瞬ちらりと志乃を見た幽霊だが、まるで興味が無かったかのように、また桜の木を見上げる。
(……)
この時志乃は人外と対峙し初めて迷いが出る。たとえ幽霊でも桜を鑑賞してる者に「出て行け!」といきなり怒鳴りつけるのも無粋な話ではなかろうか。死霊に話しかけ命をとられた、という話も何処かで聞いたような気もするが……。
戸惑っている志乃を知ってか知らずか、幽霊は桜を見上げなから口を開いた。
『御魂をば 無くし彷徨い 八重桜……』
(!?)
幽霊が歌を
だが続きを詠もうとせず、途中で止めてしまった。もしかしてこれは続きは作れということだろうか? 志乃は思案したが中々思い浮かば無い。幽霊の立場になって歌を考えろ、など無理な話だ。
「…み、」
『……』
「御魂をば 無くし彷徨い八重桜
愛でる心は 死せど忘れじ……」
幽霊を見ていてパッと心に浮かんだ言葉を口に出した。
(……だ、駄目かしら?)
志乃の歌を聞いた幽霊は目を見開き、ハッと志乃の方を向く。
まるで初めて気がついたかように。
まじまじと見られ、顔を赤らめる志乃。幽霊は嬉しそうな表情を見せると傍に来て満面の笑みを見せた。まるで桜が開花したような、ほんわりした笑顔であった。
二人は境内にあった大石に腰掛けると暫し談笑する。聞けばこの幽霊は自分が何で死んで、どうしてここにいるのかわからないらしい。己の死に場所が見つかれば成仏できると考え、日ノ本中を旅しているうちにケノ国へと迷い込み、出られなくなったのだという。
「ケノ国の周りに結界が? そんなの初耳だわ!」
「間違いないわ、出られないの。私、結界破り得意なのだけど…」
さらりと凄い事を言う幽霊だが、ケノ国の結界の話も気になる。この国だけ妖怪が活発なことと何か関係があるのだろうか?
「さて、そろそろお
箱を手渡すと幽霊の姿は消えてゆく。また旅を続けるというのだ。
「待って! 貴女の名前聞いてない!」
「さくらと申します。また会いましょう、志乃ちゃん」
微笑むと幽霊は、風に舞う桜の花弁へ隠れるように消えた。
「また会いましょう……ね」
手渡された箱を見つめそう呟く。
結局、あの幽霊は何者だったのだろう?
吹く風が心地よく感じる
春の夜の不思議な出来事であった。
星ノ巫女番外編 ─歌詠み幽霊─ 完
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