人攫い事変の章 其ノ四


 二人は洞穴どうけつの入口に近づいた。茂みに隠れるようにあったその穴は、まるで全てを吸い込んでしまうかような不気味さを出している。


ズザザッ!


「うわっ!」


 イロハが穴に吸い込まれた! …のではなく穴の口は思ったより低い位置にあり、下へ落ちたのだった。


「大丈夫?」

「ってぇ! こんな低くなってたんけ!?」


「この穴はお百姓ひゃくしょうさんが、田に引く水がちゃんと山の中を流れて来ているのか見る穴だったみたいね。今が春ならずぶ濡れだったわ」

「……人間のやることはよぐわがんね」


 後から志乃も降りてきた。入り口の広さは人がやっと立てるくらいだったが、少し歩くと天井が高くなり、横幅よこはばも広がってきた。


「普通、人間はここまでこないわ。田植えが始まればここは水で一杯になるからね」


 志乃の出した幻火まぼろしのひを頼りに歩いていく。ひんやりとした洞穴どうけつに二人の足音だけが響いた。両脇の壁は赤茶けており、所々見慣れない植物が生えている。時折足元にかにや小魚の死骸しがいが落ちていたので踏まないようにした。

 一体穴はどこまで続いているのだろう? もし天井が崩れて帰る道が無くなれば、死を覚悟しなければいけない。


 しばらく行くと今度は道が二手に分かれていた。


「水の音がする」


 片方の穴の奥から僅かにする水音をイロハが聴いた。この先は川へと繋がっているらしく、奥から吹く風も心なしか湿気を帯びている。


「参ったわね。こんなとこに妖怪が? それとも妖怪の正体は河童かっぱ?」

「空飛んで水ん中さ住んでる、大陸から来た妖怪とか?」


 志乃がため息をつく。


「私も色んな妖怪は知ってるけど、そんなの思い浮かばない……」

「うーん…んー……ん?!」


 イロハは吹いてきた僅かな風の中に、外で嗅ぎつけたものと同じ匂いを感じた!


「また花の匂い! こっち!」


 ここまで来たのだ、今はどんな手がかりでも欲しい! 志乃はわずかな望みをたくし、イロハの指す方へあかりを送った。そこで見たものは……。


「なにこれ……木の根? 門?」


 そこには壁一面に巨大な木の根が張り巡らされていて、明らかにあやしい雰囲気ふんいきただよわせていた。木の根は何かを大事に包むように丸くれて伸びている。いや、根というより太いつたのようにも見える。そこから僅かだが風が吹き、まるで春の花々や草木を思わせる匂いがしているのだ。


「ははぁ、わかったぞ。ここが妖怪の住処だな!」


 イロハは刀を構えると、おもむろに斬りかかった!


 ところが! 


 ガバ!っと木の根がイロハの刀を避ける! 

 そして左右に開いたかと思うとまばゆい光が辺りを包んだ!


「うわぁ!!?」

「くっ!!」


 目のくらむような金色こんじきの光に二人は動けず立ち尽くす。木の根はしばらく光を放つと開いた口をゆっくりと閉じ、再び動かなくなった。


 光が止むと二人の姿はどこにもなかった……。

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